【レビュー】「ワールド・クラスルーム:現代アートの国語・算数・理科・社会」森美術館で9月24日まで アートが先生!思考を刺激しながら見知らぬ世界や歴史を体感

梅津庸一「黄昏の街」(部分)2019-2021年 森美術館蔵

現代アートの国際性豊かな展覧会を数多く開催してきた森美術館(東京・六本木)が、開館20周年を迎えました。記念展の第一弾である「ワールド・クラスルーム:現代アートの国語・算数・理科・社会」が、9月24日(日)まで開催されます。

小学生のときの時間割表にあった科目が並ぶ、変わったタイトルの展覧会だなというのが第一印象でしたが、そのココロは? 同館によると、本展は「学校で習う教科を現代アートの入口とし、見たことのない、知らなかった世界に多様な観点から出会う試み」であるとのことです。世界各国からユニークな「アートの先生」が集合した「教室」に入って行くような感覚で、本展を体験してみました。

裏切られたフロイトに勇気づけられる

拡大された文字の写真が面白そうで、近づいてみると、米田知子さんの「見えるものと見えないもののあいだ」というシリーズでした。精神分析学者のジークムント・フロイトや小説家の谷崎潤一郎など歴史に影響を与えた近現代の知識人が実際に使用していた眼鏡と、彼らに縁のある文章や写真、楽譜などを組み合わせてモノクロ写真に収めたものだそうです。

米田知子「見えるものと見えないもののあいだ」シリーズ 展示風景 森美術館蔵

なかでも、「フロイトの眼鏡」という作品にひかれました。フロイトの弟子でありながら後に決別したユングのテキストを、フロイトのメガネを通して写したものです。テキストの内容は、ユングがフロイトの「リビドー論」を批判したものとのこと。言われてみると、フロイトの眼鏡に涙がポタポタと落ちて文字がぼやけているように見えてきました。ちょっと同情。同時に、「フロイトのようなカリスマ的偉人でも弟子に裏切られることがある」という事実を知り、万が一、自分が同じような経験をしたとしても、「あのフロイトでも裏切られたのだ」と思い出したら乗り越えられそうな気がしました。

何気ない風景に隠された過酷な歴史

一見すると普通の田舎の風景写真だからこそ、かえって目立っていたのがこちらの作品です。

ヴァンディー・ラッタナ「爆弾の池」シリーズ 2009年 展示風景 森美術館蔵

作者のヴァンディー・ラッタナさんは、カンボジアのプノンペン生まれ。カンボジアの農地に点在する円形のへこみや湖に気がついて、写真に収めるようになったそうです。やがてラッタナさんは、それらがベトナム戦争中に米軍が行った絨毯爆撃によって形成されたもので、地元の人々に「爆弾の池」と呼ばれていることを知ります。

ちなみに、ベトナムとカンボジアの国境付近には、このような爆弾クレーターが約2万か所存在するそう。のどかに見える田園風景の裏には、過酷な歴史があったのですね。ベトナム戦争で落とされた無数の爆弾によって破壊された農村や人々の生活についての思いが頭の中に湧き上がってきました。教科書でしか知らなかった「ベトナム戦争」が、ここではにわかに生々しいものになりました。また、この「爆弾の池」シリーズが、時を経て風化してしまう歴史的事実を象徴しているようにも思えて、記憶に強く刻まれました。

哲学のコーナーで刺激された思考

引きで見た状態。宮島達男《Innumerable Life/BuddhaCCIƆƆ-01》2018年  森美術館蔵

日本の義務教育にはない「哲学」のコーナーには、宮島達男《Innumerable Life/BuddhaCCIƆƆ-01》が展示されていました。約2m50cm四方の正方形の中には1万個のLEDが配列されていて、それぞれ異なったスピードで9から1へとカウントを繰り返しながら赤く光ります。一つ一つのLEDは生命を象徴。0(ゼロ)は表示されずに暗転し、「死」を意味します。つまりこの作品は、生と死が繰り返されることを表現しているのです。「哲学」のコーナーに展示されているのは、「明滅するLEDのカウンターによって仏教的な死生観をあらわしている」からだそう。

近づいて見た状態。宮島達男《Innumerable Life/BuddhaCCIƆƆ-01》2018年 森美術館蔵

近くで見ると、暗かったところにポッと数字が生まれて、周りの数字とともに色々な数字に変化していく様子がよくわかります。たくさんの数字がチカチカとまたたいて賑やかなのですが、たまに近くの数字が何の前触れもなく消えて、寂しさを感じます。

遠くから見ると、赤い大地に黒が点在する地図のよう。少子高齢化が進む日本は、だんだん黒い部分が多くなってきているのでしょうか? 人口が急増するインドはどんな感じになるのかしら? などと、思考が刺激されていくのを実感します。

アーティストも科学者だ!

素材や表現方法を試行錯誤して新しい作品を作り続けるアーティストと、実験を繰り返して研究を続ける科学者の姿が重なっているように感じることは、これまでにもありました。「理科」のコーナーではより科学者に近いアーティストの作品に多く出会えます。中でも強く印象に残った作品は2点です。

サム・フォールズ 「無題」 2021年 森アートコレクション蔵

1点目は、原寸大の森をそのままキャンバスに写しとってきたような作品です。シダのような下草から背の高い木、そして森特有の清々しい空気と湿気までそっくりそのまま引っ越してきたような感じがして、不思議でした。その秘密は、制作方法にあったようです。

サム・フォールズ 「無題」(部分) 2021年 森アートコレクション蔵

なんとこの作品は、「地面に置いたキャンバスの上に草花や枝などの植物と染料を一緒に配して一晩放置し、その後植物を取り除くという過程を経て制作された」というのです。作者のサム・フォールズさんは、ロサンゼルス在住。なんとかして、今自分を取り囲んでいる森そのものを作品にしたいと考えて試行錯誤した末に実現したのかもしれません。

梅津庸一「黄昏の街」(部分)2019-2021年 森美術館蔵

2点目は、梅津庸一さんの「黄昏の街」です。「つい最近まで生命体がいて賑わっていたけど廃墟になってしまった場所」を連想させる、オブジェの集合体です。どのオブジェも、形が崩れ始めた有機物のようでオドロオドロしいのですが、色がパステルカラーでふんわりしているので妙にかわいい。このコワカワイイ廃墟感をたたえた街は、梅津さんが実験を重ねて独自に開発した釉薬や焼成方法を駆使して完成したそうです。

梅津庸一「黄昏の街」(部分)2019-2021年 森美術館蔵

解説パネルによると、レンコンのような穴の空いた円形は、梅津さんが幼少期に観たアニメ『宇宙戦艦ヤマト』に登場する惑星「ガミラス星」に着想を得ているのだとか。ほかにも、真珠湾攻撃で戦死した大叔父に関連する日本軍の航空母艦「加賀」の部品など、個人的な記憶や家族史などが作品にちりばめてあることがわかりました。そして今までの梅津さんの取り組みと照らし合わせると、このインスタレーションは「自画像」と解釈できるとのこと。

「こ、これが自画像!」。自画像の「発明」という新しいサイエンスに出会い、固定観念の打破にうっとりとした瞬間でした。

本展では、教科書やニュースなどで事実として知っていても心に刻まれていなかった事柄が、アートを通して「体感」に変化するのを実感できました。
さらに、本展の出展作品の半数以上が森美術館のコレクション作品であったということも、嬉しい驚きです。世界の近現代を映し出す選りすぐりのアートコレクションが、日本国内に所蔵されているというのはなんとも心強いことです。ぜひ、この機会に訪れてみてください。

(ライター・菊池麻衣子)

森美術館開館20周年記念展
ワールド・クラスルーム:現代アートの国語・算数・理科・社会
会場:森美術館(六本木ヒルズ森タワー53階)
会期:2023年4月19日(水)- 9月24日(日)
※会期中無休
開館時間:10:00-22:00
(火曜日のみ17:00まで)※ただし5月2日(火)、8月15日(水)は22:00まで
※入館は閉館時間の30分前まで
入館料:【平日】一般2000円、学生1400円、子供800円、シニア1700円(当日窓口)【土・日・休日】一般2200円、学生1500円、子供900円、シニア1900円(当日窓口)など
主催:森美術館
企画:片岡真実(森美術館館長)、熊倉晴子(森美術館アシスタント・キュレーター)、ほか
同美術館公式サイト(https://www.mori.art.museum/jp/