【亀蔵 meets】③「幕末土佐の天才絵師 絵金」展 その3-「とにかく『盛り込んだ』絵ですよね。独特のカオスな感じが面白いよね」と亀蔵さん

「幕末土佐の天才絵師 絵金」展の展示を見る亀蔵さん。高知独特の「絵馬台」には興味津々だ

大阪・天王寺のあべのハルカス美術館で開催中の「幕末土佐の天才絵師 絵金」展を訪れた歌舞伎役者の片岡亀蔵さん。「血みどろ絵」として有名な絵金だが、会場を展覧すると意外なぐらい「血みどろ絵」は少ない。独特の色遣い、奇抜な構図で「おどろおどろしさ」を感じるのは確かだが――。江戸とも上方とも違う、個性の強い「芝居絵」を観て、ホラー好き、アート好きの亀蔵さんは何を感じたのか。最後は忌憚ない意見で締めてもらおう。

(事業局専門委員 田中聡)

展示されている絵金の《菅原伝授手習鑑 寺子屋(よだれくり)》(二曲一隻屏風、香南市赤岡町横町二区、前期展示)を観る亀蔵さん(右)

「とにかく『盛り込んでいる』絵に見えますね」

ナゾの絵師、絵金が描いた芝居絵屏風の数々。会場を一覧した亀蔵さんが持った印象だ。「サービス精神が旺盛というのか、『これもあれも描きたい』という気持ちが強いのか。一枚の絵にたくさんの要素が盛り込まれているんですよ」。下の《芦屋道満大内鑑 葛の葉子別れ》にも、その特徴は現れている。

《芦屋道満大内鑑 葛の葉子別れ》は、陰陽師として有名な安倍晴明の生誕秘話を扱う、現在でもよく上演される一幕だ。
婚約者を亡くし、意気消沈していた安部保名は、婚約者の妹の「葛の葉姫」と夫婦となり、子を成し、幸せに暮らしていた。ある日、その保名のもとに婚約者の父親だった信田庄司が訪れる。同行したのは、「葛の葉姫」。同じ名前、同じ顔の姫がふたり。これはどういうことなのか……。実は保名と暮らしていた「姫」は、彼に命を助けられたキツネで、その恩に報いるために姿を変えていたのである。正体が露見したキツネは保名のもとから去って行く。そして、残された子供は、保名とホンモノの姫の間で育てられることになる――

画面の左側に描かれているのが、姫に化けたキツネ。泣きながらその場を去ろうとしているが、シッポが見えており、神通力が切れかかっているようだ。中央には、母を慕う幼き日の晴明、追いかけようとするのをホンモノの姫と保名が止めようとしている。その後ろにいる信田庄司。そばにある障子には、キツネが残した和歌一首が残されている。

展示されている絵金の《芦屋道満大内鑑 葛の葉子別れ》(二曲一隻屏風、香南市赤岡町本町一区、前期展示)だ

「こういう場面は実際には、この芝居にはない」と亀蔵さんは話す。「いくつかの印象的なシーンを組み合わせて、イメージで作り上げた構図なんですよ」。この芝居の大きな見どころは、葛の葉/キツネを演じる女方役者が障子に和歌を書き記すところ。

恋しくばたずねきてみよ いずみなる信田の森の うらみ葛の葉

子供をあやしながら、左手に筆を持ち、口に筆をくわえて、文字を記していくのである。この一首を残して葛の葉は姿を消す。だから絵のような愁嘆場は本来、芝居にはない。つまりこれは「イメージ」の絵なのである。

展示されている絵金の《伽羅先代萩 御殿》 (二曲一隻屏風、香南市赤岡町本町二区、前期展示)

「ひとつの場面の中に、別の場面も同時に入れ込んでいますよね」と亀蔵さんはいう。上の《伽羅先代萩 御殿》。「飯(まま)炊き」の異名で有名な芝居だが、左奥にはその後の「床下」の場面が描かれている。ネズミに化けていた仁木弾正が正体を現し、その場を悠々と立ち去っていく、というものだ。複数の画面を一つに入れ込むこういう画面構成を「異時同図法」という。

「『葛の葉』の絵などでは、本来そんなに重要ではない子供のおもちゃなども、丁寧に描いてあります。絵金の作品は、そんな感じで『情報量』がとても多いんです」と亀蔵さんは続ける。「葛の葉」の子どもは、日本画でいう「唐子」のような姿をしており、「御殿」で右側の衝立に描かれている鷹は狩野派そのものだ。女性たちの顔は、典型的な江戸後期の浮世絵の女性の顔に見える。「《菅原伝授手習鑑 寺子屋(よだれくり)》の絵屏風では、ユーモラスな人物の姿も描かれています。『血みどろ』だけでなく『滑稽』な要素もあり、時々、日本画の『本格』もある。いろいろな要素が『ないまぜ』になっており、独特のカオスな感じを作り上げています」と亀蔵さん。《図太平記実録代忠臣蔵 第六 六段目 身売り》の絵は、「忠臣蔵」の「六段目」、勘平の女房、お軽の身売りの場面を描いているが、「妓楼の主人が真ん中にいて、こちらが主人公のように見えますね。ちょっと泥臭いユーモア。こういうのも、絵金の作品のひとつの要素のように見えます」ともいう。

絵金が描いた絵馬提灯《図太平記実録代忠臣蔵 第六 六段目 身売り》を観る亀蔵さん
絵金《伊達競阿国戯場 累》 二曲一隻屏風 香南市赤岡町本町二区 後期展示

絵金が活躍した江戸末期。花の都江戸で、頭角を現した浮世絵師に歌川国芳門下の落合芳幾や月岡芳年がいる。この2人は、《英名二十八衆句》の競作で「血みどろ絵」の作者として名を上げた。「ただ、絵金とこの2人は、絵の描き方が違うような気がします」と亀蔵さんはいう。「芳幾や芳年は、シンプルに画面を構成して、緊迫感のある絵を創っている。さっきも言いましたけど、絵金はとにかく色々な要素を絵に『盛り込む』。そのために、ちょっとアンバランスな構図になったりもする。でも、そのアンバランスさが強いインパクトを鑑賞者に与えることにもなっています。繰り返しになりますが、独特のカオスな感じ。それが、絵金の魅力にもなっているような気がします」

絵金《花衣いろは縁起 鷲》 二曲一隻屏風 香南市赤岡町本町二区 後期展示

くわえて、「色彩感覚が面白いよね」という。「緑色が効果的なような気がします」とも。「赤」の絵の具も効果的に使った鮮烈な色遣い。それが目立つからこそ、「血みどろ」の印象が強くなったのだろうか。

絵金が注文を受けて神社に納められた絵馬《八艘飛び図》(八坂神社)、《宝袋図》(椙本神社)を観る亀蔵さん

歌舞伎を題材にした絵金の作品だが、歌舞伎俳優のブロマイド的な「役者絵」ではなく、芝居の一場面やストーリーを描写する「芝居絵」が多い。「あまり特定の役者をイメージした作品にはなっていないようですね」と亀蔵さん。「どれだけその作品の実際の舞台を理解して描いているかはよく分からないですね」とも話す。地芝居が盛んだったという当時の土佐だが、「とはいっても、江戸や大坂で実際の舞台を観たことがある人は多くはないでしょう」ともいう。

「どのくらいの芝居の知識を観る人に想定していたのか。それを考えると、とにかく『盛り込む』手法の意味も分かるような気がします。街の人たちに楽しんでもらおうと描いた『芝居絵』。そこには絵金の『サービス精神』があるような気がします」

土佐・赤岡で愛され続ける絵金の芝居絵屏風。そこからは、街と一体となった絵師の姿が透けて見える。

(おわり)

展示風景

幕末土佐の天才絵師 絵金
会場:あべのハルカス美術館(大阪市阿倍野区阿倍野筋1-1-43 あべのハルカス16F)
会期:2023年4月22日(土)~6月18日(日)
休館日:5月22日
アクセス:近鉄「大阪阿部野橋」駅 西改札、JR「天王寺」駅中央改札、地下鉄御堂筋線「天王寺」駅西改札、地下鉄谷町線「天王寺」駅南西/南東改札、阪堺上町線「天王寺駅前」駅からすぐ
観覧料:一般1600円、高校生・大学生1200円、小・中学生500円(その他割引あり)
※前期(~5月21日)、後期(5月23日~)で展示替えあり
※詳細情報は公式サイト(https://www.ktv.jp/event/ekin/)、美術館HP(https://www.aham.jp/exhibition/future/ekin/)で確認を