【亀蔵 meets】③「幕末土佐の天才絵師 絵金」展 その1-土佐の夏、祭りを彩る「血みどろ絵」、「どういう受け止められ方をしているのだろう」と亀蔵さん

あべのハルカス美術館で開催中の「幕末土佐の天才絵師 絵金」展を訪れた片岡亀蔵さん。「絵馬台」の独特の雰囲気に感心

歌舞伎役者・片岡亀蔵さんが様々なアートの現場を訪れる「亀蔵 meets」の3回目。亀蔵さんが訪れたのは、大阪・天王寺のあべのハルカス美術館で開催中の「幕末土佐の天才絵師 絵金」展である。様々な歌舞伎狂言を題材にした「芝居絵」の数々は、直截的な残虐描写で知られ、「血みどろ絵」として20世紀後半に人気となった。高知県以外の美術館では約半世紀ぶりの大規模展となるという今回の展覧会、ホラー好き、アート好きの亀蔵さんはどのように見たのか。まずは会場のレポートから――。

(事業局専門委員 田中聡)

あべのハルカス美術館の上席学芸員・藤村忠範さん(右)から展示の説明を受ける亀蔵さん

ゴールデンウィーク明けの5月10日、この日は姫路城三の丸広場内の特設劇場で開催されている「平成中村座 姫路城公演」の休演日だった。25日間の長丁場で2日だけの完全休養日、それを利用して亀蔵さんには「絵金」展を観覧してもらったのである。1966年に雑誌『太陽』で特集されたのをきっかけに小説・舞台・映画になるなど一躍ブームになった「絵金」。テレビドラマ「必殺仕事人」シリーズのタイトルバックにその絵が使われたことでも有名である。ただ、その作品を一堂に会した大規模展は、高知以外では約半世紀も行われていなかったため、21世紀の今は、その名を知る人は多くはない。「ウチは、『太陽』を購読していたので、作品に触れているはずなんですけど、あまり記憶には残っていませんでした」と亀蔵さんはいう。絵金と関連の「絵金派」の絵師の作品、約100点を展示するこの展覧会は、「幕末土佐の天才絵師」を世に再び知らしめるきっかけになるかもしれない。

最初に展示されるのは、絵金の《浮世柄比翼稲妻 鈴ヶ森》(二曲一隻屏風、香南市赤岡町本町一区、前期展示)だ

展覧会は「第1章 絵金の芝居絵屏風」「第2章 高知の夏祭り」「第3章 絵金と周辺の絵師たち」の3章構成。絵金といえば、二曲一隻の「芝居絵屏風」。数々の芝居をモチーフにした極彩色の屏風が数多く残されており、第1章ではそれが特集されている。「(香南市にある絵金作品専門の美術館の)絵金蔵には、23隻の芝居絵屏風があるのですが、そのうち21隻を貸していただくことができました」。こう話すのは、あべのハルカス美術館の上席学芸員・藤村忠範さんだ。ちなみに、あとの2点は「絵金蔵で展示中です」だそうだ。一覧した亀蔵さん、「思ったほど、『血みどろ』ではないですね」と感想を漏らす。

「実は『血みどろ絵』は、絵金の作品の中ではそんなに多くない」。藤村さん(右)の話を亀蔵さんは興味深く聞く

「そうなんですよ」と藤村さんは応える。「『絵金=血みどろ』というイメージがありますが、実際にはそうでない絵の方が多い。芝居の内容を事細かく描いたものが多いんです」。屏風の絵面はほぼ正方形。「これは絵本の造りを意識しているのだと思います」と藤村さんは続ける。「絵の中には丸窓が多く描かれていますが、こういう所などで『絵入根本えいりねほん』との類似を指摘する研究者もいます」ともいう。絵入根本とは、歌舞伎脚本に絵を添えて出版された刊本。18世紀後半から19世紀後半にかけて京大阪で人気を集めたものだ。江戸時代の土佐の人々は、芝居好きも多かったのだろう。「実際、地芝居の公演記録も数多く残されています」と藤村さんは説明する。そういう人たちのニーズに応えて描かれたのが芝居絵屏風で、その一部には「血みどろ絵」もあったということか。会場を展覧しながら、亀蔵さんはいう。

「『葛の葉』や『鈴ヶ森』など、今でも数多く上演される作品も描かれていますが、僕たちが見ても、どんな話か分からない芝居を題材にしたものも多いですね」

21世紀の江戸の役者」と「19世紀の土佐の人々」では、なじみの芝居が随分と違うようである。

第一章の展示風景

「絵金」は「絵師・金蔵」の略。通称であり、本人が名乗ったことはない。文化9(1812)年、高知城下の新市町(現在のはりまや町)の髪結いの子として生まれたと言われる絵金は、幼い時から画才があったといい、18歳の時に江戸に出て、狩野派の絵師、前村洞和のもとで3年間修業した。ちなみに洞和は、歌川国芳の門下を離れた少年時代の河鍋暁斎が弟子入りした人物である。帰郷後、土佐藩家老・桐間家の御用絵師となり、林洞意を名乗るが33歳の頃に林姓と御用絵師の身分を剥奪され、城下を追放される。一説には贋作事件に巻き込まれたという。以降、町絵師として赤岡(現在の香南市赤岡町)などを拠点に多数の作品を残したが、確かな史料がなく詳細は不明。「ナゾの絵師」なのである。明治9(1876)年没、享年65。

展覧会場には、拝殿風の「手長足長絵馬台」が再現されている

「芝居絵屏風」など絵金の作品は、どんなふうに人々に親しまれていたのか。「第2章」では、それが再現されている。朝倉神社などの夏祭りでは、芝居絵屏風は「絵馬台」に乗せて飾られる。その「絵馬台」も、展覧会場では組み立てられている。

「ああ、こんな所に、手長・足長がいますねぇ」

香美市の八王子宮の絵馬台には、中国の古典『山海経』に登場する「2人でひとり」の妖怪(?)が組み込まれている。手長足長は、江戸時代にはメジャーな存在であったようで、多くの浮世絵にも描かれているのだ。それがここにもいる、ということは、中央の文化と土佐の文化は、やはりつながっていたのだろう。夏祭りの雰囲気を出すために、絵馬台にある提灯の明かりは一定間隔で点いたり消えたりする。「これは、芝居絵屏風が出来る前からあったモノだと言われています」と藤村さんが指すのは、芝居の場面を描いた「絵馬提灯」。おなじみ忠臣蔵の世界を描いた『図太平記実録代忠臣蔵』と、石川五右衛門を主人公にした『釜淵双級巴』の連作が展示されている。「五右衛門のこの芝居も、ボクは観たことがないですねえ」と亀蔵さん。

第二章の展示風景。『釜淵双級巴』の「絵馬提灯」が並んで展示されている様子は壮観

第三章では神社に納められた絵馬や商家に頼まれて描いた幟などが展示されている。「これを見ると『狩野派を学んだ』ということがよく分かります」と亀蔵さん。町絵師となった絵金は赤岡をはじめとする街の人々に支えられ、その街の空気を感じながら生きたのだろう。「そう考えると、絵金の絵は、街の人々のニーズに応えるものだったのかもしれません。『血みどろ』の表現も、ある種のサービスだったのでしょうか」

『仮名手本忠臣蔵』の「絵馬提灯」を鑑賞する亀蔵さん

第二章の展示に戻る。「本来、祭りとは『ハレの場』であり、明るい雰囲気のものであるはず。だけど、絵金の作品は『血みどろ』ばかりではないにしても、おどろおどろしい雰囲気のものが多い。どういうふうに飾られて、どんなふうに人々が接してきたのか。とても興味があります」と亀蔵さんはいう。実際に《浮世柄比翼稲妻 鈴ヶ森》などの作品は、刺激が強いので「妊婦や子どもには見せない方がいい」と言われてきたそうだ。

「この展覧会を見ていると、毎年夏に行われている『絵金祭』がどんなものなのか。行ってみたくなりますね」

新たな興味が、亀蔵さんの中に芽生えたようだ。

(つづく)

高知市の朝倉神社の夏祭りの様子。闇の中、ちょうちんの灯りに照らされる芝居絵屏風が幻想的だ(藤村さん撮影)

幕末土佐の天才絵師 絵金
会場:あべのハルカス美術館(大阪市阿倍野区阿倍野筋1-1-43 あべのハルカス16F)
会期:2023年4月22日(土)~6月18日(日)
休館日:5月22日
アクセス:近鉄「大阪阿部野橋」駅 西改札、JR「天王寺」駅中央改札、地下鉄御堂筋線「天王寺」駅西改札、地下鉄谷町線「天王寺」駅南西/南東改札、阪堺上町線「天王寺駅前」駅からすぐ
観覧料:一般1600円、高校生・大学生1200円、小・中学生500円(その他割引あり)
※前期(~5月21日)、後期(5月23日~)で展示替えあり
※詳細情報は公式サイト(https://www.ktv.jp/event/ekin/)、美術館HP(https://www.aham.jp/exhibition/future/ekin/)で確認を