【レビュー】高橋龍太郎コレクション「ART de チャチャチャ ー日本現代アートのDNAを探るー」展 WHAT MUSEUMで8月27日まで 日本の現代アートのDNAは「粋」!その凄みを高橋龍太郎コレクションが世界に発信

桑田卓郎「茶垸」2010年 © Takuro Kuwata, Courtesy of KOSAKU KANECHIKA

精神科医・高橋龍太郎さんが1997年から蒐集しゅうしゅうを始めた日本の現代アートのコレクションは、今や3,000点を超え、1990年代以降の日本の現代アートシーンを語るうえで欠かせないとも言われています。その高橋さんのコレクションから、33作家の40点をセレクトした展覧会・高橋龍太郎コレクション「ART de チャチャチャ ー日本現代アートのDNAを探るー」展が、WHAT MUSEUM(ワットミュージアム)で8月27日(日)まで開催されています。

日本の現代アートを世界に

本展は、現代の作家たちが日本の文化や芸術、価値観をどのように継承しながら自らの表現へと昇華させたのかを探ることができる作品を厳選して展示。

高橋さんによると、以前は世界的なアートフェアを訪れると、出展している日本のギャラリーは数軒と非常に少なかったそうです。なぜなら、日本の現代アートを扱ったギャラリーは、大抵の場合「ドメスティックだ」と断られてしまうからです。要するに、欧米の価値観を土台とした美術の文脈に沿っていないので、どうやって扱って良いかわからないということなのでしょう。

ところが、ガラパゴス的にユニークだからこそ、国際的に発信する価値を持っているのが日本の現代アートです。それを世界に向けて発信したいという思いで、高橋さんは本展の企画に協力したそうです。

キーワードは「粋」

内覧会で語る高橋龍太郎さん

過去から現在を通じて脈々と流れる日本のアートのDNAとは、一体どのようなものでしょう。

重要なキーワードとして、高橋さんは「粋」を挙げています。九鬼周造くきしゅうぞう『「いき」の構造』を引用しつつ、「垢抜けして張りのある色っぽさ」を日本独特の「粋」の本質と語る高橋さん。日本の現代アートも、そのおしゃれな「粋」につながっているそうです。

今回は、その「粋」を感じた作品を中心に紹介します。

空間が粋な「SPACE1」

まずは1階の展示会場「SPACE1」から。電灯などなかった頃の夜の武蔵野の原野を思わせるような、薄暗いスペースに足を踏み入れていくと、白っぽい色をしたモノたちが浮かび上がって見えてきました。奥の方には、大きな獣のような姿が見えます。無数のウロコを持ったこの獣たちは、岡村桂三郎さんが分厚い木の屏風に彫った白象や獅子でした。一見すると怖そうですが、攻撃性は感じられず、一緒に地球上に生きる仲間であり、神聖な存在であるように感じられます。

岡村桂三郎《獅子08-1》2008年(写真奥)、《白象03-1》2003年(写真手前)

杉本博司さんの写真からは陰翳礼讃のゆらめく光が静かに感じられ、見上げると月が! 空からこうこうと私たちを照らす月は、井上有一さんの書でした。文字の「月」が、これほどまでにあの丸い月に見えたのは初めてです。湿度高めながら穏やかな日本独特の夏の夜の「粋」に包まれました。

井上有一《月》1978年 ©UNAC TOKYO

「醤油画」とは?

小沢剛 ≪岡本三太郎「醤油画(尾形光琳)」≫ 2007年 ©Tsuyoshi Ozawa

際立ってユニークな存在感を放っていたのが、こちらの屏風です。絵柄を見てピンと来る方もいらっしゃるのでは? そう、国宝にもなっている尾形光琳の「紅白梅図屏風」です。ところが、ずいぶん渋い色をしています。実はこの作品、小沢剛さんが本物の醤油で描いたものなのです。タイトルは「醤油画」。確かに醤油は、日本の食文化の基本となっている調味料ですが、伝統的な画材だったかしら?

調べてみると、香川県には小沢さんが館長を務める「讃岐醤油画資料館」があり、そのホームページにこんな説明がありました。

醤油は平安時代、弘法大師により中国から日本に伝来したと言われていますが、まもなく画材として優れているという発見があり、弘法大師あるいはその弟子たちにより醤油画の歴史が始まったとされています。

引用:讃岐醤油画資料館HP

こんなに由緒ある歴史を見落としていたのかな?と不思議に思っていたところ……、醤油画は小沢さんが「捏造」した概念であることが判明。小沢さんは、生真面目にふざけて、日本美術史上の有名作品に基づく醤油画を多数制作しているそうです。この「生真面目にふざけている」ところが小沢アートの粋。同時に、一風変わった「粋」を心底理解して、コレクションに加えてしまう高橋さんがまた粋ですね。

桑田卓郎「茶垸」2010年 © Takuro Kuwata, Courtesy of KOSAKU KANECHIKA

そして、岡本三太郎「醤油画(尾形光琳)」を背景に鎮座する桑田卓郎の茶碗が、また絶妙に呼応してかっこいいことに気がつきました。志野茶碗の梅華皮かいらぎ(陶土と釉薬の収縮率が異なることによりできるひび割れ)という伝統技法と美意識を応用してますが、かなりアバンギャルドな姿です。

2人のアーティストによって伝統美術から現代アートに生まれ変わった屏風と茶碗が、お互いしっくり馴染むところに、日本の美術がつちかってきたDNAを感じました。

書が「木」に!

本展は、展示作品のうち約半数が高橋龍太郎コレクションの初出展となる貴重な機会でもあります。中でも「ぜひ体感してほしい」と高橋さんが話していたのが、書家である華雪かせつさんのインスタレーション作品です。

華雪「木」 2021年 © kasetsu

最初は書だということを意識せずに分け入ったのですが、徐々に木々の間を歩いているような気分になりました。そしてふと、天井から吊るされた縦長の紙に書かれた文字が、デフォルメされてはいるものの、「木」という漢字であることが分かりました。青々とした葉が茂ったみずみずしい木というよりは、立ち枯れているような雰囲気です。

何とも不思議な体験です。最初に紹介した、井上有一の「月」の書から感じた体験と似ているかもしれません。

さらにゆっくり歩いてみると、木々の間から華雪さんの言葉がポエムのように見えてきました。その言葉によると、ここに書かれた「木」には葉っぱは1枚もなく、生きているのか枯れているのかわからないそうです。

漢字とともに長年暮らしてきた日本だからこそ生まれた現代アート。しかしながら、この書のインスタレーションは、漢字を持たない国の人々が散策しても、「木」だとわかるのではないかと、直感しました。

世界に類を見ない日本現代アートのDNAをバリバリ感じて、誇らしく思える展覧会です。まずはみなさんも、体験してみてください。

(ライター・菊池麻衣子)

高橋龍太郎コレクション「ART de チャチャチャー日本現代アートのDNAを探るー」展
会期:4月28日(金)~8月27日(日)
会場:WHAT MUSEUM(東京都品川区東品川2-6-10 G号)
開館時間:11:00~18:00 (最終入館 17:00)
観覧料:一般1,500円 大学生800円 中高生以下無料
休館日:月曜日(月曜祝の場合は開館、翌火曜休館)
アクセス:東京モノレール 天王洲アイル駅 徒歩5分
東京臨海高速鉄道りんかい線 天王洲アイル駅B出口 徒歩4分
JR品川駅 港南口 徒歩15分
詳しくは同館の展覧会HPへ。