【探訪】「どうする家康」展から見える等身大の家康像 小説家・永井紗耶子

徳川家康といえば、天下統一を成し遂げた三傑の一人。どんと構えた戦国武将…というのは、ちょっと昔のイメージになりつつあるのかもしれません。

現在放送中の大河ドラマ「どうする家康」では、数多の分かれ道において「どうする⁉」と決断を迫られながら、迷い苦しみつつ前進していく等身大の若者の姿として描かれています。

そもそも、人である以上、迷って当然。揺るがざる傑物なんて、後から作られたイメージであることが多いのかもしれません。

東京の三井記念美術館で開催されている今回の展覧会では、人間としての家康のこだわりや魅力を楽しむと共に、彼が迎えた幾つものターニングポイントや、「東照大権現」として神格化されていく過程までもが、象徴的な品々と共に紹介されています。

 

私人・家康

 

今回は、家康の愛用の品や家族に宛てた文なども多数あり、「戦国武将」や「天下人」といったものとは少し違う家康の顔が見られるのも大きな魅力の一つではないでしょうか。

私人としての家康は、健康に気を遣い、薬についても詳しかったというのは広く知られていると思います。

その証の一つが、愛用の専門書である「朝鮮版 和剤局方」。ここには朝鮮から伝わった薬剤の処方集。晩年は自らこの書を読み解いて、薬草を調合して自ら服用するのはもちろん、家臣たちにも与えたとか。

その調合に使われたのが、「青磁鉢 附 乳棒」。薬剤を混ぜ合わせるにも、明時代の青磁の鉢を使用していたというから、何だかその薬を与えられた家臣は、多少苦くても「ありがたく」頂戴せざるを得ない気がします。

また、その薬を入れていたのが「びいどろ薬壺 附 溜塗倹飩蓋造手箪笥」。びいどろの丸形壺は、オランダから献上されたものであると言われているそうです。そして壺の底には陳皮…みかんの皮を使った薬が残っていたとか。

いずれも、天下人であるからこそ手に入れられる至高の品々ではあるのですが、その根底には健康に気を付け、家臣たちの身をも案じる等身大の顔も見えてきます。

重要文化財 青磁鉢 附 乳棒 明時代(15~16世紀) 久能山東照宮博物館蔵 通期展示

 

また、私人としての顔が見えるのが直筆の書。なかでも娘である亀姫に宛てたもの(徳川家康自筆消息新城亀姫宛 前期のみ展示)が、家康の「父」としての姿が垣間見える一幅です。嫁いだ娘である亀姫に「なかなか立ち寄れなくてすまない」と詫びています。亀姫は家康と築山殿の間の娘。築山殿と長男信康の非業の死の後、家康にとって亀姫は、常に気にかかる存在であったのではないでしょうか。戦乱の時代にあって、なかなか会えない中で交わされる文の中に、父娘の複雑な事情や思いを感じずにはいられません。

 

迫力の屛風

 

家康が天下人となることを決定づけたのは、言うまでもなく「関ケ原の合戦」でしょう。その様子が描かれたのが「関ケ原合戦図屛風」(津軽屛風)です。右隻には合戦前夜、関ケ原に向かう家康軍などの様子が描かれており、左隻には合戦当日、西軍が伊吹山へと逃げ込んでいく様までが描かれています。戦に向かって行く武士たちの勢いと声までもが聞こえてきそうな迫力があります。絢爛豪華なこの屏風は、戦勝記念で描かれたものとか。これを眺めて家康は、戦の勝利を噛みしめていたのでしょうか。

もう一つの戦絵屏風が「大坂冬の陣図屛風」。こちらは江戸幕府の奥絵師、木挽町狩野家に伝来していた模写本です。戦闘場面もさることながら、場面の端の方では、武士たちが物売りから物を買ったり、休憩している様子もあります。緊迫感と日常が同居している様は、あるいは当時の戦のリアルな顔を表しているのかもしれません。

こうした屛風には、ただの装飾としてだけではなく、当時のことを思い出させる「ドキュメンタリー映画」のような存在感があるのかもしれません。現場を体験してきた家康をはじめ、多くの武将たちは、これらの屛風を前にした時に、より一層、戦の記憶が鮮やかに蘇ってきたことでしょう。津軽屛風、大坂冬の陣は、前期のみの展示となります。後期の展示では、また異なる「関ヶ原の合戦図屛風」と「大坂夏の陣屛風」が見られます。

重要文化財「関ヶ原合戦図屛風(津軽屛風)」桃山~江戸時代(16~17世紀) 大阪歴史博物館蔵 前期展示

 

東照大権現に

 

大河ドラマでもお馴染みの「我らの神の君」と言うのは、この東照宮に祀られ東照大権現という「神」となった家康のこと。

この家康の生涯を描いたのが、「東照宮縁起絵巻」。これは、家康が江戸幕府を開闢してから後、幾度となく、様々な絵師によって描かれてきたことが分かります。誕生から合戦の様子。そして、多くの人に惜しまれながら亡くなり、その後に久能山東照宮へと祀られるまで。実在の人物の「評伝」ではなく、まさに「物語」として描かれることで、神格化されていったことが分かります。

東照宮というと、世界遺産でもある日光東照宮を思い浮かべる方が多いかもしれません。

しかし、家康が最初に祀られたのは静岡にある久能山東照宮でした。その後、家康の遺言に従い、日光へと移されたそうです。

静岡の久能山東照宮は、山の上にあります。昔、上ったことがあるのですが大変で…。山下の石鳥居から本殿まで、1159段の階段があります。「いちいちご苦労さん」と唱えながら上がると言われ、ぶつぶつと呟きながら登った記憶があります。

今回は久能山東照宮の宝物とされる家康の遺品が数多く展示されています。

なかでもやはり目を引くのは、金陀美具足でしょう。桶狭間で今川義元が討ち死にをした時、大高城の兵糧入れをしていた十九歳の家康が着ていたのが、この具足であったと言われています。しかしこの金色…さぞや敵将の目を引いたことでしょう。

重要文化財 金陀美具足  桃山時代(16世紀) 久能山東照宮博物館蔵 通期展示

また、晩年の愛刀である「太刀 無銘光世 切付銘妙純伝持 ソハヤノツルキウツスナリ」は、静かな佇まいの刀です。これを自らの死後の鎮護のために奉納したとのこと。「切っ先を不穏な動きを見せる西国に向けておけ」と言い残したと伝わるとか。天下を治め、幕府を開いた家康ですが、その後の世が、これほどまでも長く続くとは思っていなかったのかもしれません。そしてこの刀が、戦乱の世を遠ざける一助となったのかもしれない…と思うと、一振りに込められた想いや物語がしみじみと感じられます。ソハヤノツルキは前期のみとなりますが、その他にも、家康所縁の刀が展示されています。その物語に思いを馳せて、堪能いただければと思います。

重要文化財 太刀 無銘 光世 切付銘 妙純伝持 ソハヤノツルキ ウツスナリ
鎌倉時代(13~14世紀) 久能山東照宮博物館蔵 前期(4/15~5/14)展示

 

大河ドラマ「どうする家康」をご覧の方にとっては、これからの物語の行く末を楽しむ絶好の展覧会です。また、ドラマをご覧でない方にとっても、「徳川家康」という人物像に肉迫できる品々を一堂に見ることが出来る貴重な機会ではないでしょうか。

永井紗耶子さん:小説家 慶應義塾大学文学部卒。新聞記者を経てフリーライターとなり、新聞、雑誌などで執筆。日本画も手掛ける。2010年、「絡繰り心中」で第11回小学館文庫小説賞を受賞しデビュー。著書に『商う狼』『大奥づとめ』(新潮社)、『横濱王』(小学館)など。第40回新田次郎文学賞、第十回本屋が選ぶ時代小説大賞、第3回細谷正充賞を受賞。『木挽町のあだ討ち』(新潮社)が第36回山本周五郎賞。『女人入眼』(中央公論新社)が第167回直木賞候補に。(写真はⒸ新潮社)

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