【レビュー】「アルフォンス・ミュシャ展」八王子市夢美術館で6月4日まで まだ知らないミュシャの一面に出会う

《夢想 / シャンプノア》1897年 OGATAコレクション蔵

アール・ヌーヴォーを代表する画家で、19世紀末に活躍したアルフォンス・ミュシャを特集した本格的な展覧会「アルフォンス・ミュシャ展」が八王子市夢美術館で6月4日(日)まで開催中です。国内屈指のミュシャ作品のコレクター・尾形寿行さんが収集した「OGATAコレクション」を中心に、初期から晩年まで幅広い分野の作品を網羅した展示となっています。展示総数は400点以上。どんな展覧会なのか、本展を担当した渋谷展子学芸員のコメントも交えながら見ていきましょう。

レアな作品が続々と

ミュシャといえば、美しい女性が画面の中で優雅なポーズをとるポスター作品が思い浮かぶ方が多いかもしれません。画家として成功することを夢見て、生まれ故郷のチェコからウィーンを経てパリへと移ってきたミュシャは、1895年、パリで人気画家への仲間入りを果たします。ヴィクトリアン・サルドゥ作の戯曲『ジスモンダ』の主演女優サラ・ベルナールのために描いたポスターが評判となったことがきっかけでした。

本展の序盤では、彼がパリで画家としてブレイクした時期に描いた代表的なポスター作品を数多く展示。華やかな衣装をまとった女性が花々などの装飾に囲まれた商業ポスターがずらりと並んでいます。

左:《ビスケット・シャンパン ルフェーヴル・ユティル》1896年/右:《ビスケット ルフェーヴル・ユティル》1900年 OGATAコレクション蔵

しかし、本展の凄いところはここからです。よく知られている商業ポスターや装飾パネルだけでなく、初期から晩年までのあらゆる作品を網羅しているのです。滅多にお目にかかれないレアな作品が次から次へと登場します。

まず、ミュシャ作品の中でもっとも有名な作品のひとつ《ジスモンダ》のバージョン違いが目を引きました。一般に広く知られているのは、フランス公演のために描かれたポスターですが、アメリカ公演を行った際に新たに刷られた別バージョンが存在していたのです。

左:《ジスモンダ》、右:《ジスモンダ アメリカツアー》共に1895年、OGATAコレクション蔵

ミュシャが手掛けた作品は、ポスターに限りません。香水のパッケージ、クッキー缶など、身近な生活に根ざしたデザインの数々に目を見張りました。また、ミュシャのイラストがあしらわれた高級レストランのメニュー表や、祖国チェコに戻ってから、国家のために無償で制作した紙幣のデザインなども印象に残りました。

《ビスケット缶容器のラベル・マデラ》1910年 OGATAコレクション蔵 
《モエ・エ・シャンドンのメニュー》1899年 OGATAコレクション蔵
左から時計回りに《100コルナ 紙幣》、《500コルナ 紙幣》《50コルナ 紙幣》《10コルナ 紙幣》すべて1920年 OGATAコレクション蔵

レアな下絵も登場。印刷物の展示が多いミュシャ展において、完成作品と同じサイズで、クレヨンで描かれた下絵《黄昏(習作)》は非常に貴重です。理想のかたちを求めて、何度も線を引き直して試行錯誤した跡も見てとれます。巨匠の画技の一端に触れることができるでしょう。すぐ左隣には完成作品もあわせて展示されています。完成作品と見比べながら楽しんでみてください。

左:《黄昏》/右:《黄昏(習作)》共に1899年 OGATAコレクション蔵

図案集の全点展示は圧巻!

『装飾資料集』『装飾人物集』112点がズラリと並ぶ圧巻の展示風景

展示中盤のハイライトが、『装飾資料集』『装飾人物集』に掲載された図版全112点の一挙展示。『装飾資料集』『装飾人物集』とは、これから絵やデザインを学ぼうとする後進の美術学生向けに、ミュシャが仕事の中で表現してきたデザインやモチーフを図案書としてまとめたものです。

《装飾資料集》の各図版 1902年 OGATAコレクション蔵

「『装飾資料集』『装飾人物集』は、故郷に帰る前、ミュシャがこれまで得てきた絵やデザインのノウハウ、テクニックなどの全てを後進のために気前よく出し尽くした労作です。他人のことを常に思いやるミュシャの人となりが感じられます。全ページを見てこそ得られるものがあるのではと思い、特に全点展示にこだわりました。これからイラストやデザインを勉強する方にも、ぜひご覧になっていただきたいですね」と渋谷学芸員は解説してくれました。

画風の変遷にも注目

そして、本展の意外な見どころが、ミュシャの画風の変遷です。ミュシャはパリで成功を収めた後、短期間アメリカで教鞭をとり、1908年頃から制作拠点を祖国チェコへと移します。ボストン交響楽団のコンサートで、チェコ出身の音楽家・スメタナの交響詩「わが祖国」を聴いて、祖国愛に目覚めたのです。

これ以降、ミュシャはスラヴ民族の団結のために、芸術を通して祖国チェコを鼓舞するような作品を数多く制作するようになりました。本展でも、チェコで18年かかって描き上げた20点の大壁画《スラヴ叙事詩》のパネル展示をはじめ、女性を描いたポスター作品などが展示されていますが、パリ時代のポスター作品と比べると、女性像の表現が変化していることが感じられます。

4連作《四季》1896年 OZAWAコレクション蔵

まず、パリ時代の代表作《四季》を見てみましょう。それぞれ女神像のような、どこか神秘的な美しさを湛えた女性像が表現されています。鑑賞者は、絵の中のミューズと目が合うことはありません。

左:《イヴァンチツェの地方祭》1913年/中:《モラヴィア教師合唱団ポスター》1911年/右:《第6回 ソコル祭》1912年、すべてOGATAコレクション蔵/ミュシャがチェコに帰国してから手掛けた商業ポスターの展示。イヴァンチツェはミュシャの生まれ故郷の街。

一方、チェコ時代のポスターで登場するモデルは、民族衣装を身にまとい、こちら側をキッと睨むような、決意に満ちた強い表情の女性が描かれています。このように、特に表情の違いに着目して鑑賞してみてください。

《1918-1928 独立10周年》部分 1928年 OGATAコレクション蔵

キラキラした実物を見る楽しみ

最後に、渋谷学芸員にミュシャのポスター作品の楽しみ方を聞きました。

「19世紀当時は、ポスター芸術の黄金期と言われている時代なので、リトグラフの印刷技術も発達していました。特にミュシャのポスターでは、特殊なインクを使ってキラキラと画面を引き立てられています。画面すべてではなく、全体のバランスや配置を考えながら、ここぞというワンポイントで使っています。見えづらい場合は、角度を変えて鑑賞してみるといいかもしれませんね」

《明けの明星》1902年 OGATAコレクション 部分。見る角度を変えて下から見上げると、光を反射してキラキラと光っていることがよくわかります。

全作品撮影OK

コレクター・尾形寿行さんの「できるだけ多くの方に、自由に楽しんでもらいたい」という強い意向から、本展では、全作品が撮影OK。すでにSNSでは来場者による数多くの写真投稿がアップされています。「当館は、通常シルバー層の来館者が多いのですが、本展では特に若い来館者の方が目立ちます。ぜひ、お気に入りの作品を見つけて、自由に撮影して楽しんでくださいね」と渋谷学芸員も強調していました。まだ知らないミュシャに出会える、力の入った展覧会です。ぜひお見逃しなく。

(ライター・齋藤久嗣)

特別展「アルフォンス・ミュシャ展 」
会場:八王子市夢美術館
会期:2023年4月7日(金)~6月4日(日)
休館日:月曜日
午前10時より午後7時(ただし入館は午後6時30分まで)
アクセス:JR八王子駅より徒歩15分、京王八王子駅より徒歩20分
観覧料:一般 800円、学生(高校生以上)・65歳以上 400円、中学生以下無料
詳しくは美術館の公式サイトhttps://www.yumebi.com/)へ。