【レビュー】「ねこのほそ道」~豊田市美術館でねこの気分を味わう~ 現代アートが描く“猫的なるもの” 5月21日まで

愛知県の豊田市美術館では、「ねこ」をテーマにした現代美術展が開催中です。インターネットはもとより、浮世絵にも登場するなど、ねこは時代を超えて人の心を惹きつけてきました。「ねこのほそ道」展では、現代美術を通して猫をとらえ、かわいいだけではないさまざまな面を浮かび上がらせます。日常性、くつろぎ、野生、ユーモア、ポエジー、異なる空間感覚、そして積み重なる時間。
この展覧会では、6人の美術家と1組の建築家がそれぞれ”猫的なるもの”を表現します。はたして、猫の視点からどのような景色が見えてくるのでしょうか。

展示室に足を踏み入れると、最初に出会うのがキーボードの上にねそべった猫(落合多武《Cat Carving(猫彫刻)》)です。この猫は何もしていないように見えて、実はキーボードの音を鳴らしており、訪れた人たちを「ねこのほそ道」へ案内する役を務めています。
ねこと日常

佐々木健は、油絵具を使い、身近なものを丁寧に描いています。「身近なもの」とは、たとえば床に敷くマットであったり、雑巾であったり、家族の女性たちが刺繍をしたテーブルクロスだったりします。それらが本物と見間違えるくらいに完璧に再現されているのです。どこの家にもありそうな、だからこそ個人的な愛着のある品々。美術館の白い壁に展示されていると、どこか違和感を覚えますが、この違和感は、白い壁を背景に描かれた小さな《ねこ》にも通じるものです。
ねことくつろぐ
大田黒衣美は、うずらの卵、ガム、猫の毛並みなどを用いて、見立てによる面白さを生かした作品を制作しています。《sun bath》 では、猫の毛並みの草原で、ガムで作られた人びとがくつろいでいます。ながめているだけでリラックスできる楽しい作品です。
また、鼻をかむようなノリで絵を描いてみたという、ポケットティッシュに水彩でさらりと日常の一コマが描かれた作品《suncatcher》もあり、これらが壁一面に展示されている様子を見ると、大げさかもしれませんが、何気ない一瞬の積み重ねが人生なのでは、と思えてきます。


ねこの中の野生

岸本清子は、ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズ(ネオダダ)のメンバーとして、1960年代に前衛芸術シーンで活躍した作家です。岸本作品に登場する猫は、愛と自由の象徴であり、過去の遺物と戦う戦士でもあります。《I am 空飛ぶ赤猫だあ!》 に登場する猫たちは、それぞれ未来の芸術と過去の芸術、未来の宗教と過去の宗教、未来の科学と過去の科学を表し、未来の猫が過去の猫を打ち倒すべく戦っています。岸本自身は人々の苦しみを代わりに背負う「地獄の使者」を名乗り、街頭でラディカルな音楽ライブパフォーマンスも行いました。
ユーモアを生み出すねこ

泉太郎は、映像、オブジェ、パフォーマンスを織り交ぜたインスタレーション作品を制作しました。不条理なユーモアが込められた彼の作品の中に立つと、頭の中は「?」でいっぱいになります。
たとえば《クイーン・メイヴのシステムキッチン(チャクモールにオムファロスを捧げる)》のクイーン・メイヴとは、人間が猫の奴隷となる国の創造主だといいます。古いポリッシャーが聖なるもののように掲げられ、蛇口の上方にシンクが取り付けられた奇妙な空間で、いったい何を料理するのでしょうか? また、オムファロスとは「へそ」、チャクモールとは古代のメソアメリカで生贄を捧げる時に使われた人体型の器を指しますが、この場所で「へそ」を捧げるとは? 答えは会場へ足を運ぶとわかるかもしれません。
ねこというポエジー
ねこがその場にいるというだけで、場所の空気が変わることがあります。落合多武《大きいテーブル(丘)》の上にはドローイング、オブジェ、彫刻、日用品など、様々なものが雑多に置かれているだけのように見えますが、ねこがその上を歩いているとしたら、どうでしょうか。猫の視点を想像すると見える景色がまったく違ってくるかもしれません。さらに、テーブルの下をのぞいてみると、楽しい発見があります。この空間の面白さは大小さまざまなオブジェの絶妙な配置にあり、まるで視覚化された詩を眺めているようです。

ねこの空間感覚

中山英之と砂山太一は建築家ユニットで、今回は「いし」をテーマにした作品を出しています。「いし」といっても本物の石ではなく、木や布を使って石のような見た目の作品を作り、人の感覚や思い込みを楽しくずらします。
たとえば、《きのいしの家の建築模型》では、建築基準法により天然石は柱として使えないことから、木で石の形を作って柱にした建築模型を作っていますが、模型を見るだけでスケール感がおかしくなってしまう面白さがあります。

また、中に潜り込んで石になれるシート《ぬののいし》や、実際に座れる《きのいしの家具》なども展示され、これらは触ったり座ったりしてもOKなので、実際に触れてみて意外性を楽しむことができます。
積み重なる時間へ導くねこ

五月女氏の生まれ故郷にある渡良瀬遊水地は、かつて公害事件のあった足尾銅山の鉱毒を沈潜させるために作られた人工池で、今となっては独自の生態系を育んでいます。美しいけれども重い歴史を抱えている場所に現れたこの猫は、次の展示室で展開される五月女作品への案内役です。

《horizon》 は、一見シンプルな青と白だけの色使いに見えますが、地平線あるいは水平線のように横一列に並べられた円は少しずつ白から青みを増し、最後は地の色と完全に一致するという、時間の経過を空間で表した美しい作品です。さらに、青と白の下には何種類もの色が塗り重ねられており、これは目に見えない時間の重なりを意味しているのだといいます。現在、目に見えているものの下には、たくさんの見えないものが積み重なっているのです。

五月女氏の祖父もまた画家で、孫が誕生したときに絵を描いて贈りました。後年になって五月女氏はその絵に描かれていた海とよく似た景色を写真に撮り、この作品が生まれました。タイトルにある「あなた」とは、家族を超えてこの作品を見るすべての人に向けられています。「ねこのほそ道」展の最後に置かれたこの作品を前に「あなた」は何を受け取るのでしょうか。
と言いつつ、番外編あります――ねこのぬくもり
実は、展示室の外にまで作品があるのがこの展覧会の面白いところ。階段の下、廊下、美術館併設のカフェ、茶室、そして授乳室。

殺風景だった授乳室内が佐々木健氏の手で温かい空間になりました。ゆっくりと鑑賞することが難しいお子様連れのお母さんたちが、授乳室内でも鑑賞ができるようにという配慮のもと、佐々木作品で彩られました。(なお、正面のテーブルクロスは《テーブルクロス(祖母と母と2人の叔母)》のモデルとなった本物のテーブルクロスです。)
猫のように美術館内のさまざまなコーナーを歩いて回ると、思いもよらなかった出会いがあるかもしれません。それが良い出会いであれば、《あなたに贈る》を照らし出すライトのように、心の中に明かりが灯るような気持ちになることでしょう。(ライター・岩田なおみ、撮影者名のない写真は筆者撮影。ただし 宮城県美術館蔵 岸本清子《I am 空飛ぶ赤猫だあ!》を除く)
ねこのほそ道 |
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会場:豊田市美術館(愛知県豊田市小坂本町8-5—1) Tel 0565-34-6610 |
会期:2023年2月25日(土)-5月21日(日) |
休館日:月曜日 |
アクセス:名鉄豊田市駅、または愛知環状鉄道新豊田駅から徒歩約15分 |
観覧料:一般1,000円[800円]/高校・大学生800円[600円]/中学生以下無料 *[ ]内は20名以上の団体料金 *障がい者手帳をお持ちの方(介添者1名)、豊田市内在住又は在学の高校生及び豊田市内在住の75歳以上は無料(要証明)。 *その他、観覧料の減免対象者及び割引等については同館ウェブサイトを確認ください。 |
公式サイト:https://www.museum.toyota.aichi.jp/ |