【レビュー】「修理のあとに エトセトラ」中之島香雪美術館で5月21日まで 修理の裏を知れば日本美術がもっと楽しくなる

中之島香雪美術館(大阪市)といえば、刀剣・武具、仏教美術、書跡、近世絵画、茶道具など、日本や東アジアの古美術の名品を数多く所蔵していることで知られます。5月21日まで「文化財の修理」をテーマとした、少し珍しい切り口の展覧会が開催されています。
「修理のあとに エトセトラ」 |
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会場:中之島香雪美術館 (大阪市北区中之島3-2-4 中之島フェスティバルタワー・ウエスト4階) |
会期:2023年4月8日(土)~5月21日(日) |
開館時間:10時~17時(入館は16時30分まで) ※夜間特別開館 5月18日(木)は19時30分まで(入館は19時まで) |
休館日:月曜日 |
入館料:一般:1200円/高大生700円/小中生400円 |
詳しくは、美術館の公式サイト https://www.kosetsu-museum.or.jp/nakanoshima/ |
修理前・修理後を見比べる
「修理のあとに エトセトラ」というタイトルにある通り、本展は同館が所蔵する近年修理を行った作品をピックアップして、美術館での「文化財の修理」がどのように行われるのかを詳しく展示する展覧会です。
最大の見どころは、修理が完了して輝きが甦った作品と、修理前の状態、修理に至った経緯、エピソード等がまとめられた作品横の解説パネルを見比べることによって、作品の構造や作品のBefore/Afterがわかりやすく可視化されている点です。
例として、一つ掛軸の作品を見てみましょう。

こちらは、インドで理想の王とされた「転輪聖王」を描いた仏画で、鎌倉時代らしく、贅沢に使われた金箔や截金文様が美しい名品です。表具もしっかりしており、修理を経て状態も良好そうに見えます。では、作品横の解説を見てみましょう。
修理前の状態を見ると、作品に無数の横折れが入り、折れが酷い箇所は絵絹が裂けてしまっていたことがわかります。解説には「折れ伏せ」を入れた、と書かれています。「折れ伏せ」とは、折れた箇所に作品の裏側から補強用の和紙を当てて貼る修復技術のことなのですが、今一つ言葉だけでは理解が難しいかもしれません。
しかし、本展では、鑑賞者にこうした「モヤモヤ感」を感じさせないよう、専門的な技術・用語については、展示パネルや動画がたっぷりと用意されています。初心者でも理解できるようにと丁寧な工夫が光りました。
そこで展示室を見回してみると、別の作品でも「折れ伏せ」を行った事例を発見。そこでは、わかりやすくイラストで解説した解説があり、さらに修理技術者による実演動画も上映されていました。
保存修復の奥深さ

さらに展示室を見ていくと、「掛軸の基本構造」という力の入った解説パネルを見つけました。このパネルでは、上で紹介した《一字金輪像》の修復工程を例にとりながら、掛軸が様々なパーツから成り立っていることが図示されています。
美術館で仏画や肉筆浮世絵といった掛け軸を鑑賞する際、私たちは通常、絵絹や和紙に描かれた絵画の表面しか意識していません。ですが、このパネルをじっくり見てください。作品の裏には、作品を保護するため、二重、三重に「裏打紙」と呼ばれる和紙が後ろから当てられていることが図示されています。
作品のすぐ裏に「肌裏紙」、その裏側に「増裏紙」、さらにその後ろ、つまり人の手が触れる部分として「総裏紙」という和紙があてられているのです。しかも、各裏紙には、産地や製法が微妙に異なる、特性が少しずつ違うタイプの和紙が使われているわけです。
解体修理時は、何重にも重なった裏紙を一つずつ丁寧に剥がして、本紙だけになった状態まで戻してから、「折れ伏せ」や「補彩」といった処理を行い、すべての処置が終わったら、新調した各裏紙、表具を順番にあてていくのです。
こうした掛軸の複雑な構造や修理工程は、美術館などで作品の正面に立ってケース越しに鑑賞しているだけでは、まず気づけません。特に日本画では「裏箔」「裏彩色」といった技法で、絵絹の裏側にも画家が手を細かく入れていることがよくあり、掛軸の裏側まで知っておくと、鑑賞がもっと楽しくなるはずです。

実際、こちらの肉筆浮世絵作品では、今回の解体修理において、画家が裏彩色の技法を使っていることが判明しています。しかも、絵絹のすぐ裏に当てる「肌裏紙」についても、細かく工夫を重ねています。薄茶色と薄墨色の2種類を部分ごとに使い分けていることが判明したのです。

そこで、本作を修理する際も薄茶色、薄墨色と2種類の肌裏紙を準備して、どちらの肌裏紙がより相応しいかを検討しました。テストしてみたところ、薄墨色の肌裏紙を使うと、裏彩色が剥落した部分が黒ずんで見えてしまうというデメリットが発生。そこで、修理後は肌裏紙を2種類使わず、白茶色の肌裏紙のみを用いることにしたそうです。
あえて修復前の作品を見せる
もうひとつ本展で注目したい面白い趣向が、これから修復を行う作品の「修復前」の状態をあえて展示していたことです。錆びた刀剣やシワが目立つ掛軸など「修理前」の状態を見せることで、修理の必要性を示そうという狙いです。そこで「近々修理に入ります」と書かれた解説パネルを見ると、作品のどの部分を修復しなければならないのか説明されています。鑑賞のポイントとあわせて、修理のポイントが強調されているのが非常に新鮮でした。

たとえばこちらの室町時代に描かれた詩画軸ですが、作品に無数のシワ、折れが入っており、見るからに修理が必要そうな雰囲気が漂っています。解説パネルを見ると、普段、美術館で作品を鑑賞する際はあまり意識しない部分がクローズアップされています。
難解な展示になりがちな東洋美術の作品を、独自の切り口でわかりやすく読み解いてくれる中之島香雪美術館ならではの工夫が詰まった展覧会です。展覧会や美術館の裏側を垣間見るような知的興奮が味わえます。(ライター 齋藤久嗣)