【レビュー】収蔵品とともに時代や社会状況を検証する特別展「コレクションの20世紀」 名古屋市美術館で6月4日まで

名古屋市美術館は、4つの収集方針「エコール・ド・パリ」「メキシコ・ルネサンス」「現代の美術」「郷土の美術」にもとづいて形成された8,000点余のコレクション(収蔵品)を有しています。開館35周年を記念した今展では、コレクションのうち100点を、収集方針の垣根を超えて年代順に紹介し、日本および世界の20世紀をふり返ります。美術作品には時代を超えて伝わる良さとともに、制作された時代の社会や作家の状況を色濃く映し出す一面もあることがよく伝わる展示となっています。
横山大観《日月》がお出迎え
会場に入るとすぐ、正面に展示されている一組の日本画に圧倒されます。横山大観《日月》です。この作品が制作された1902年頃といえば日本では明治36年頃。西洋の文化が押し寄せてくる中、新しい時代の日本画を求めて作られた作品です。ヨーロッパでは同時代にマリー・ローランサンやモーリス・ユトリロが作品を発表しています。


20世紀初頭は何と言ってもエコール・ド・パリ
今回の展示では1920年前後の作品群が充実しています。これは名古屋市美術館の収集方針のひとつに「エコール・ド・パリ」があるためです。前半には、名古屋市美術館の看板とも言えるモディリアーニ《おさげ髪の少女》をはじめ、藤田嗣治《自画像》など、名作が目白押しです。

第一次世界大戦(1914年~18年)終結後の1920年代のパリは、芸術文化の中心地としての賑わいを取り戻し、外国から多くの芸術家が集まり活動しました。彼らは「エコール・ド・パリ」と呼ばれるようになります。この時期には、勉強のため渡欧した日本人芸術家も多数いました。
戦争の影と芸術作品
しかし30年代に入ると再び世界中がきな臭くなり、1939年にはとうとう第二次世界大戦が勃発しました。そのような中でも作品は作られ続けられます。時代の空気を反映して戦争の影を感じさせる作品がある一方で、当時ヨーロッパで流行していたシュルレアリスムを取り入れた三岸好太郎《海と射光》のような作品もあります。

戦争の爪あと
1940年代から1950年代にかけては、戦争の影響から暴力の存在を示す作品が多く見られます。椎原治《流氓ユダヤ―仮睡》はナチスによる迫害を逃れて日本に一時滞在していたユダヤ人を撮影しており、歴史的な資料としても貴重な写真作品です。

芥川(間所)紗織《神話より》では爆発的な力、石井茂雄《暴力シリーズ ー 戒厳状態 III》ではタイトル通り、強大な力に追われる様子が描かれています。

右:石井茂雄《暴力シリーズ ー 戒厳状態 III》1956年
社会に物申す
1960年代に入ると、1964年の東京オリンピックや1970年開催の大阪万博の準備が始まるなど、日本は目覚ましい発展をとげました。新しい芸術の潮流が次々と生まれ、社会に目を向けた作品も数多く制作されました。
赤瀬川原平《復讐の形態学(殺す前に相手をよく見る)》は、美術史上に残る「千円札裁判」のきっかけとなった作品です。岡本太郎《明日の神話》は原爆が炸裂した瞬間をモチーフとしており、第五福竜丸事件に関連する描写も見られます。
個人による表現の追求から表現の多様性へ
1970年代以降には、作家それぞれが固有の表現を求めて試行錯誤するようになります。素材の新しい使い方を試みるなど、表現の幅が広がりました。三木富雄は1964年、26歳のときに初めて「耳」の彫刻作品を発表して以来、ずっと耳をモチーフにした作品を作り続けたことで知られています。

セルフポートレートで有名な森村泰昌の《兄弟(虐殺Ⅰ)》は、1814年に制作されたゴヤの作品《マドリード、1808年5月3日》(あるいは《プリンシペ・ピオの丘での虐殺》)をセルフポートレートの手法で再現したものです。絵画のように見える仕上げがなされていますが、分類上はれっきとした写真作品です。
また、9月23日から名古屋市美術館で中部地方初の個展が予定されている福田美蘭の作品も紹介されています。《陶器(スルバランによる)》はスペインの画家、スルバランの作品を下敷きにしており、レンチキュラーレンズの効果を利用して静物であるはずの陶器に動きを与えています。
初心者にもやさしい! 鑑賞の道しるべ
年代順の展示だけでなく、会場内にはところどころ、道しるべのように年表が掲示されています。ある作品が作られた時代に、日本や世界では何があったのかを見比べながら鑑賞することで、より理解が深まります。

そして頼りになるのが、無償配布のリーフレット「コレクションの20世紀のしおり」です。本展覧会でポイントとなる作品を各年代で一作品ずつ取り上げ、わかりやすく解説をした上で、作品について考えるヒントを与えてくれます。小中学生向きに作成されていますが、アート初心者にもおすすめです。
「なんとなくアートが気になる」という人にこそ
昨今の展覧会では観覧料が2000円を超えることも珍しくありませんが、本展では大人800円で20世紀の美術の流れを見ることができます。また、今回紹介された作品はすべて美術館の収蔵作品なので、会期が終わっても、地下1階の常設展コーナーで会えます(ただし、時期によって展示される作品は入れ替わります)。
「アートって最近よく聞くし、気になるけど、何を見たらいいのかよくわからない……」という方にこそ足を運んでいただき、お気に入りの作品に出会ってほしい展覧会です。(ライター・岩田なおみ)
特別展「コレクションの20世紀」 |
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会場:名古屋市美術館 (名古屋市中区栄2-17-25 芸術と科学の杜・白川公園内) TEL:052-212-0001 FAX:052-212-0005 |
会期:2023年4月15日(土)~6月4日(日)(44日間) |
開館時間:午前9時30分~午後5時、5月5日をのぞく金曜日は午後8時まで (※いずれも入館は閉館30分前まで) |
休館日:月曜日 |
入場料:一般 800(600)円、高大生 600(400)円、中学生以下無料 ※( )内は20人以上の団体料金 |
詳しくは、美術館のホームページへ |