【レビュー】特別展示「不二法門」絹谷幸二 天空美術館で、7月2日(日)まで

豊かな色彩とエネルギーに満ち溢れた作品で、日本を代表する画家である絹谷幸二さんの芸術を、絵画はもちろん、立体や映像作品なども交えて、親しみやすく紹介する「絹谷幸二 天空美術館」が、大阪の梅田スカイビル27階にオープンして6年以上が経ちました。

7月2日まで特別展示「不二法門」が開かれています。不二法門とは戦争と平和、善悪、美醜、生死など相反する概念は別々のものではなく、ひとつのものの部分であるとする見方です。すべてのものごとを、「双眼」で捉えて理解することの重要性を説いた大乗仏教経典のひとつ「維摩経」に由来するそうです。絹谷さんの幼いころの遊び場であった奈良の興福寺には、維摩経を説く在家の信者、維摩居士の坐像が安置されているなど、小さいころからこの教えに自然と親しんでいました。

《黒谷光明寺 降臨 文殊菩薩》は、黒谷光明寺に祀られている文殊菩薩がモチーフです。在家信者の維摩居士から「出家して山岳地帯の僧院でただひとり解脱するのではなく、世俗のために生き、世俗のなかで解脱することが仏道だ」と説かれた文殊菩薩が山から下りてくる様子を描いています。悟りと世俗は別々の世界ではないという見方を説く不二法門の教えを、絹谷さんならでは手法で表現しています。

コロナ禍をテーマにしたのが《天空仁王・喝ⅠⅡ》です。守護神である仁王が灼熱の天空を駆け、全世界を恐怖に陥れた疫病と対峙する様子が描かれています。口を結んだ吽形像は「Corona」打ち砕き、口を開いた阿形像は「コロナ」を握りつぶしているようです。仁王は助けを求める人々のために糸を垂らしますが、助かった人もいれば、命尽きたものもいました。パンデミックの状況では、生死が別のものではないという不二法門の考えが投影されています。
画面下には右から東京、富士山、大阪などのシンボルとなる建物などがしっかりと描きこまれているのも見落とせません。また地上に垂らした糸は本物が使われています。

《蒼天大地・心に浸みる悲しみ(Ⅱ)》は、ほかとは作風が違っています。呪術性の漂う古代木像は、時とともに朽ちる無常観を暗示しています。澄んだスカイブルーの空の下、赤い地平線の彼方には黒煙があがり、画面左下にはウクライナ国旗に包まれた機関銃が見えています。
この作品は戦争と平和がテーマで、絹谷さんは「平和であることを祈り、その正義を唱え続けたとしても、一方で真逆のことを考える人たちもいる。戦争と平和は別の概念ではなく、ひとつのものの部分であり、両方を捉えたうえで平和を語ることが重要だ」と、不二法門の教えを描きました。

《ニューヨークの天使》は四半世紀前に作られた立体作品です。ニューヨークの個展に際し、不安が高まる現代社会への警鐘を込め、世界平和への祈りを天使に託しました。空に羽ばたこうとする翼には核弾頭のようなミサイルが挟まれるなど、不二法門の思想の兆しもうかがえます。

そのほか絹谷アートを理解するのに貴重な作品がいくつも飾られています。《リンゴ飛行(窓辺)》はイタリア・ヴェネツィア留学中に描かれたフレスコ画の作品です。

同じリンゴでも、1985年に東京・青山の「こどもの城」劇場入口に制作された巨大壁画の<アラベスク>の絵と比べてみると作風の違いが分かります。特徴である、はっきりとした輪郭線や、「私の作品を観る人には目から色彩を吸収して元気になってほしい」というように大切にしている鮮やかな色使いが目を引きます。技法の変遷に注目するのも興味深そうです。

《黄金背景富嶽旭日・風神・雷神》は俵屋宗達へオマージュした作品です。しかし風神が発電用の風車を回し、代替エネルギーの大事さを訴えるなど、現代文明への警告も込められています。

風神・雷神は映像コーナーで3Dメガネをかけると、作品の世界に引き込まれたかのような迫力ある映像としても楽しめます。じっくりと見る絵とともに、動く絵の映像を展示することも、不二法門の考えにつながっています。

《波乗り七福神》は思わず頬が緩んでしまう作品です。七福神が水上ボートに楽しそうにまたがっています。自分が書きたい絵を描くということは、子どもたちへの授業でも強調しています。一昨年、文化勲章を受章された絹谷さんが、自分が描きたい絵を制作することで、子どもたちも自由に紙に向かえるようになるでしょう。
子どもたちに絵の楽しさを教えたり、若手を育成することには永年力を入れています。同館では5月31日(水)まで、小中学生を対象とした「第2回 絹谷幸二 天空美術館 キッズ絵画コンクール」の優秀作品展も行われています。

こちらは1796点の中からグランプリに選ばれた浅井峻世さん(東京・小6)の《はしご車のまえで》です。しっかりした構図が光ります。4か月かけてたくさんの色を使って描き上げたそうです。

こちらの立体作品は、360度回転し続けます。燦燦と輝く朝陽、富士山、龍神など絹谷さんが好む題材が鮮やかな色彩で、溢れるような生命力を放っています。コロナ禍の行動規制が解けた今は、約半分がインバウンド客だと言います。様々な表現法で見られる絹谷芸術が、国境や言葉の壁を超えて理解されていることがわかります。


最後の天空カフェは、壁一面に色鮮やかな顔料の入った瓶がならび、リトグラフ作品も鑑賞できます。開放感のある窓から淀川や街並みを眺めながら、赤富士など絹谷作品にちなんだドリンクなどが楽しめます。
6月8日(木)には、建築家の安藤忠雄さんを迎えて「想像力の鍛え方」というテーマで、同美術館として初の対談イベントも開かれます。もれなく美術館の入館券が付きますので、80歳を迎えても精力的に作品を制作し続ける日本を代表する芸術家を、楽しく多角的に理解できる美術館とともに、直接考え方をうかがえる貴重な機会となりそうです。(読売新聞美術展ナビ編集班・若水浩)
特別展「不二法門」 |
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会場:絹谷幸二 天空美術館(大阪市北区大淀中1-1-30 梅田スカイビル タワーウエスト27階) |
会期:2022年12月16日(金)~2023年7月2日(土) |
開館時間:10:00~18:00、金曜・土曜・祝前日は10:00~20:00(入場は閉館の30分前まで) |
休館日:火曜日(祝日の場合は開館し、翌平日が休館)、12月30日~1月3日 |
入館料:一般1,000円、大学・高校・中学生600円、小学生以下無料 |
詳しくは、同館HP |
◆絹谷幸二さんへのインタビューはこちら