【亀蔵 meets】②軽井沢安東美術館 その3-「フジタの評価は今後ももっと上がっていくと思います」と安東さん

サロンで談笑する亀蔵さんと安東さん

アートを愛する歌舞伎俳優、片岡亀蔵さんが軽井沢安東美術館を訪れた「亀蔵meets」の「軽井沢安東美術館編」。亀蔵さんと美術館の創設者・安東泰志さんの対談の後半は、レオナール・フジタこと藤田嗣治に対する安東さんの思いを聞く。フジタの作品のどこに惹かれたのか。どうしてこの美術館を作ったのか――。

(聞き手は、事業局専門委員 田中聡)

――対談の前半では、レオナール・フジタの魅力について話し合っていただきました。では、なぜ、安東さんはこの美術館を作ったのか。 まずは安東さんとフジタの「出会い」から教えていただけますか。

安東 ちょっと長くなりますが、いいですか

亀蔵 どうぞどうぞ

安東 私はもともと銀行にいまして、企画部門の次長というところにいたんですけど、思うところがあって退職して、投資ファンドを立ち上げたんです。ベンチャーですね。それから3年は非常に順調で、日本で一番大きなファンドになって、三菱自動車の再生とか、結構大きな案件を取り扱っていたんですよ。一介のサラリーマンが、突然時の人になったわけですね。そうすると、周りのやっかみがひどくなったんです。あることないこと言われたり、昔の上司から足を引っ張られて会社を潰しにかかられたり――そういうことがあって、凄く悩んでいたんです。

――実生活で大変な思いをされたんですね。

安東 「人生、せっかく転機を3年前に作ったのに、もうこれでダメか」という絶望感の中で、軽井沢の画廊でフジタの絵に出会ったんです。パリのヴァンドーム広場を背景に、マネキンとネコを描いた絵。もともと私はロンドンに8年以上住んでいまして、パリにも結構行っていたんです。ヴァンドーム広場の絵を見て、若かった、元気だった頃を思い出して、「ああ、あの頃は良かったな、あの時代に戻りたいな」と、その絵を衝動買いして、そこからですね、フジタを集め始めたのは。

「フジタの人生を知ったら、自分の悩みなんて小さいな、と思えてきた」と話す安東さん

――今は約200点のフジタ作品をお持ちだそうですが

安東 投資が一つ成功したら、一枚フジタの絵を買う、というようなことをやっていたんですけど、2008年にリーマンショックがあり、さらにその後、フジタの最後の奥さんだった君代夫人が亡くなったことなどがあって、フジタの絵が少し市場に出るようになったんです。結構、いろんな種類の絵が出るようになった。そうすると、フジタ自身の人生に興味が出てきたんですね。いろんな本を読んで調べたり、現地を訪ねたり、そうしているうちに、「ああ、フジタの人生って凄いな、自分が悩んでいた事ってちっちゃいな」と思い始めて……、そこからフジタの人生のいろんなステージにおける絵を集め始めたんですよ。ある程度集めると、その後は「来ちゃう」感じですね。日本だけでなく、海外の画商からも「こういうのが出たけど、買わないか」と持ちかけられる。今は、キュレーターさんと相談して、買う価値があるモノを選んでいる、と言えばいいのでしょうか。

亀蔵 何でもそうですが、ある程度以上のコレクションを持つようになると、向こうからモノが「やって来る」ようになりますからねえ。そういう作品の収集が、どうして美術館開設につながったんですか

安東 私は今年で65歳になるんですが、還暦を迎えた頃から体調に少し不安が出てきたんですよ。「終活」のひとつですよ、美術館開設は。日本の法律では、美術品は時価計算で相続税をかけられる。例えて言うならば、10億円の絵を相続するとしたら、5億5千万をキャッシュで納めなければいけない、という感じですかね。そうすると、せっかく収集した絵を売るしかないじゃないですか。それだとせっかく集めた絵が、どっかへ行っちゃうわけですよ。それを防ぐためには、税制適格の財団法人か一般社団法人を作って寄付するしかない。フジタの絵は、これからもどんどん上がりそうな気配があるから、今のうちに評価してもらって譲渡しておいた方がいい、と思ったんです。

――フジタの絵は、今でも人気があるんですね

安東 特に近年では、アジアの市場でものすごい高値が付いています。今だとこんなに集めることはできませんよ。日本よりも海外の方が高いので、日本の市場ではなく、クリスティーズのオークションなんかの方で取引される。つまりフジタの作品は、海外に流出しやすくなっている。実は《猫の学校》も流出しそうになった一枚です。それを日本に買い戻している、という意味も、私のコレクションにはあるんです

――日本の美術界では、フジタの評価は意外に低いんですよね

安東 フジタが日本国内での評価が低いのは戦前からですね。日本の画家からすると面白くないんでしょう。あんな変なかっこうして、酒も飲めないのに大騒ぎして、「フーフー(Fou Fou)とか言われて、フランスで人気者になって。やっかみを受けたわけですよ。フジタもそれを知っているから、戦時中に「日本のために」と思って戦争画を一生懸命描いた。その絵が良かったからみんな一度は黙ったんですが、戦後はまたそれが「戦争協力だ、けしからん」となって……。それがフジタという人なんですね。不幸な人なんです。でも、フジタのことをやっかむ必要がない海外では評価がめちゃくちゃ高いんです

「出る杭は打たれる、というのは、どの世界でも変わりませんね」と話す亀蔵さん

亀蔵 「出る杭」が打たれる、というのは、昔も今も日本ではありがちなことです。フランスやアメリカではそういう派手な生活をしていても、才能は評価してもらえるんですが、欧米は成功者を素直に評価する。そこはいいですよね。

安東 今はもう、フジタを「やっかむ人」はいなくなった。評価が上がってきた背景には、そういうこともあるのでしょう。……この美術館は、イタリアのフィレンツェなんかによくある、古い洋館をそのまま使った美術館をイメージしています。回廊を作って、レンガもイギリスから取り寄せて。私の自宅を訪れてもらっている、というコンセプトで建てているので、壁の色などは自宅に合わせています。取りあえず今の目標は、年間のキャッシュフローを黒字にすることですね。そのためにも、隣にある大賀ホールさんとコラボ企画を行うなど、色々な事をやってみようと思っています

亀蔵 美術館を訪れてアートに触れる。そうすることに何の損もない、と個人的には思っているんですよ。なぜ、みんなそれをしようとしないのか、ボクには不思議で仕方がない。直に足を運んで自分の目で作品を鑑賞する。スマートフォンでネットの情報に触れたり、ユーチューブを見たりするのでは得られないものが、そこにはあるんです。この美術館は駅からも近いですからね、みなさん気軽にフジタの絵を楽しんでもらったらいいんじゃないか、と思いますね

(おわり)

軽井沢安東美術館のロゴマーク
企画展「藤田嗣治 猫と少女の部屋」の開催概要
会場:軽井沢安東美術館(長野県軽井沢町軽井沢東43番地10)
会期:2023年3月3日(金)~9月12日(火)
休館日:水曜休館、ただし水曜日が祝日の場合は開館し、翌日の平日が休館
アクセス:JR軽井沢駅北口から徒歩8分
観覧料:一般2300円、高校生以下1100円、未就学児無料(電子チケットは100円引き)
※詳細情報は公式サイト(https://www.musee-ando.com/)で確認を