【亀蔵 meets】②軽井沢安東美術館 その1-藤田が描き続けた少女の絵、「あの視線は、気になりますね」と亀蔵さん

軽井沢安東美術館の玄関前で。訪問した日は、とてもいい天気だった

歌舞伎役者・片岡亀蔵さんが様々なアートの現場を訪れる「亀蔵 meets」。2回目の今回は、昨年10月にオープンした軽井沢安東美術館を訪問した。レオナール・フジタの名前でも知られる洋画家・藤田嗣治の作品だけを収集・展示する同美術館では、企画展「藤田嗣治 猫と少女の部屋」を開催中だ。「ボクはイヌ派なんだけどなぁ」と笑う亀蔵さん、フジタの描く「猫と少女」の世界をどのように見たのか――。

(事業局専門委員 田中聡)

藤田嗣治、フランスでの名前はレオナール・フジタ。明治191886)年、東京市牛込区(現在の東京都新宿区)で生まれたフジタは、子どもの頃から絵を描き始めた。東京美術学校(現在の東京芸大)を卒業後、1913年に渡仏。「乳白色の下地」といわれる特徴的な色彩を使って描いた女性像は、「エコール・ド・パリ」の時代に高い人気を得た。第二次世界大戦前に帰国。陸軍美術協会理事長に就任したこともあり、戦時中は戦争画を多く手がける。終戦後、それを「戦争協力者」として指弾されたフジタは失意の内に1949年に再び渡仏、フランス国籍を取得し、2度と日本に戻ることはなかった――。

軽井沢安東美術館は、そんなフジタの作品と人生に感銘を受け、作品の収集を続けていた実業家の安東泰志氏によって創立された「フジタの作品だけを展示する美術館」。今回の企画展では、約200点のコレクションのうち、約120点が展示されている。

「赤い部屋」にはネコの絵がずらり。「イヌ派」の亀蔵さんもじっくり見入る

「立派な美術館ですねぇ」

軽井沢安東美術館を訪れた亀蔵さんは、まずは美術館の立派さに感心した様子。

「個人で建てた美術館と聞いていたので、もっとこぢんまりとした施設を想像していたんですが、展示室も立派で展示品も数が多い。ちょっと驚きでした」

取材で訪れたのは3月20日。桜の開花した東京都内に比べると、少し肌寒さを感じるものの、晴れ渡った空の下には、心地よい風が吹いている。「自宅を訪ねるような雰囲気で美術館に来て欲しい」というコンセプトのもとで設計された美術館は、レンガが多用されており、シックで温かい雰囲気だ。

「いやあ、晴れていて良かったですねえ」

亀蔵さんの顔からも笑みがこぼれる。

さて、「『乳白色の下地』のうえに描かれた裸婦像が有名なのは知っていましたが、これだけまとめて見る機会はなかった」と話す。

「特別展示室」。フジタは、ジャン・コクトーによる日本滞在記『海龍』の挿絵を描いた。その絵は日本らしさにあふれている

「あの眼、まっすぐ前を見ているんだけど、何を考えているのかよく分からない、少女の眼が印象的ですね」

亀蔵さんの印象に残ったのは、再度の渡仏後、フジタが好んで描いた少女の絵だ。「全部同じ顔のように見えるんですよ」と亀蔵さんはいう。「おでこが広くて、どこかバランスが悪い。そういう顔の少女が、じっと前を見ているんです」

少女の絵は、様々なシチュエーションのもとで描かれている。キッチンにいたり、果物に囲まれていたり。「だけど、そういう背景がこちらの眼には入ってこない。どうしても、彼女たちの眼が気になる」のだ。「嬉しい」のか「哀しい」のか、感情がよく分からないその視線。「だけど『見られている』という感じが強く残るんです」。同じような顔だちなのは、意識的に少女をキャラクター化しているのかもしれない。ある種の記号として存在させている少女たち。それは「意識して描いているんでしょうね」ともいう。

「同じ少女を描いていても、『モデルがいるな』と思う絵は、ちゃんとその女の子の特徴を出していていますから。少女たちを描いた作品は、『美しい』というより『個性的でインパクトが強い』ものです。こういう絵を描く方だとは思っていませんでした」

今まで抱いていた「乳白色の下地」の裸婦像のイメージとは、少し違った「フジタ」を発見したようだ。

軽井沢安東美術館はグッズも豊富

少女のほかにも、数多くのネコの絵、中南米を旅行した際に描いた絵など、バリエーション豊かな展示。「じっくり見ていると、『和』の要素がいろいろな所から感じられます」ともいう。

「ネコは面相筆で毛並みを丁寧に描いているし、メキシコの男性を描いた絵に登場するイヌも日本画的な雰囲気を持っている。女性を描いていても、髪の毛を実に細かく面相筆で描いている。実は日本画のテクニックに精通しているのではないでしょうか。日本から離れたからこそ、日本的な技法をあえて使っていたのかも、とさえ思ってしまいますね」

ショップに並ぶグッズには、亀蔵さんも興味津々

美術館にはフジタが作った机、お世話になった人に贈ったスケッチのような作品も展示されている。「マンガチックなユーモアがあるし、芸者を描いた絵などには『日本人ならでは』の生活感がある。多才ですよね。本当にいろいろなことが出来た方なんだと思う」。

だからこそ、「同じような顔をした少女」をなぜ描き続けたのかが、気になるのだという。「少女たちの絵にフジタはどんな想いを込めていたのでしょうか」。軽井沢安東美術館は、今まで「知らなかった」フジタの魅力を見せてくれた。では、この美術館を作った安東さんとはどういう人なのか。なぜこの美術館を作ったのか。次回以降は、亀蔵さんと安東さんとの対談をお送りします。

(つづく)

「赤い部屋」はこんな感じ。シックでどこか暖かみのあるしつらえです
企画展「藤田嗣治 猫と少女の部屋」の開催概要
会場:軽井沢安東美術館(長野県軽井沢町軽井沢東43番地10)
会期:2023年3月3日(金)~9月12日(火)
休館日:水曜休館、ただし水曜日が祝日の場合は開館し、翌日の平日が休館
アクセス:JR軽井沢駅北口から徒歩8分
観覧料:一般2300円、高校生以下1100円、未就学児無料(電子チケットは100円引き)
※詳細情報は公式サイト(https://www.musee-ando.com/)で確認を