【レビュー】「跳躍するつくり手たち」京都市京セラ美術館で6月4日まで “対話”を生み出す作家達の次世代へのメッセージ

岩崎貴宏《アントロポセン》2023年、作家蔵

特別展「跳躍するつくり手たち:人と自然の未来を見つめるアート、デザイン、テクノロジー」
会場:京都市京セラ美術館 新館 東山キューブ
会期:2023年3月9日(木)~6月4日(日)
開館時間:10時~18時(最終入場は17時30分)
休館日:月曜日(祝日の場合は開館)
入館料:一般1,800円、 大学・専門学校生1,500円 、高校・中学生:1,100円、小学生600円、未就学児無料
詳しくは館の公式サイト
メディア内覧会に集まった展覧会参加作家ら。前列の左から2番目が監修者の川上典李⼦さん、前列左が本展企画を共に進めてきた米山佳子さん

「今まで接したことが無かった人たちや自分とは異なる視点の人たちと出合い、この先に目を向け考えるとともに、対話が生まれる場になるように」
監修者である川上典李子さん(武蔵野美術大学客員教授、ジャーナリスト、「21_21 DESIGN SIGHT」アソシエイトディレクター)が語った印象的な言葉です。
京都市京セラ美術館(新館 東山キューブ)で特別展「跳躍するつくり手たち:人と自然の未来を見つめるアート、デザイン、テクノロジー」が6月4日まで開催されています。30~50代の日本のアートやデザイン、工芸、テクノロジーなど多岐に渡る分野の気鋭作家20人(組)がジャンルを超え、地球や社会における人間の課題について未来を見据え制作した作品を4つのセクションで紹介する展覧会です。どれも強いメッセージ性を持つ作品ばかり。

「人新世」を主軸に

本展は、ノーベル化学賞を受賞した化学者のパウル・クルッツェンが提示した新たな時代区分「アントロポセン(人新世)」を主軸に川上さんが企画・監修。 対話とは実際どういうことなのか?先ほどの川上さんの真意を印象に残った作品や作家の言葉から思索し、体感してみました。

田上真也《殻纏フ 溢ルル空》2022年、作家蔵

川上さんは、「私たち人間の営みが自然へ負荷を与えてしまっている現状を悲観するだけではなく、この状況を受け止め、どうやってこれからを創っていけるのか。今まで生きてきた人々が培ってきた技術や表現の力に尊敬の念を示しながら、各自の試みを重ねている『つくり手たち』のヴィジョンや活動にさまざまなヒントがある」と20名(組)の作家の作品を通じ、現在形のメッセージを投げかけます。

内なる対話

セクション1の「ダイアローグ:大地との対話からのはじまり」では、地球と共に生きる私たちが馴染み深い土、木、漆、竹といった自然素材と真摯に対話し制作をおこなう6名の作家の作品が並びます。

長谷川絢《君牴牾きみもどきくん)》 《君牴牾きみもどきてい)》《君牴牾きみもどき)》2022年、作家蔵

写真の作品は、真竹、黒竹、女竹の3種類の竹を使用し、それぞれ曲線を描くように編んだ美術家・長谷川けいさんの新作。「竹を編むことは、自分の答えを考えることとプロセスが似ている」と語ります。竹を物理的にバラバラにして作品を創り上げることは、自身の思いや感情を一度分解して、思い込みや不要なものを外し、再構成することに通じるそう。本作は、竹と対話することで「居なくなった大切な存在」「近しい人の喪失」に対峙しようとする意志が込められています。

制作時は、常に自分だけの感情をたどって、自分なりの答えを出そうとし、内側と向き合う長谷川さん。彼女が本展で特に関心を持った作品は、ある意味、対極の存在とも言えました。

自然と人工、“わからなさ”から立ち止まり考える

TAKT PROJECT《glow ⇄ grow: globe》2023年、作家蔵 光を受けると硬化する液体樹脂をプログラミングしたLEDの光で直接固め続ける作品

セクション4「リサーチ&メッセージ:未来を探るつくり手の現在進行形」のデザインスタジオTAKT PROJECTの作品(インスタレーション、フィールドノート)をご覧ください。恐らく、「どんな意味があるのだろう?」と不思議に思い、足を止めるはずです。

TAKT PROJECT代表の吉泉聡さんは、「(作品を観て)何だろう?と立ち止まり、“わからなさ”から考える時間を創るのが、むしろ今後のデザインの大きな役割になっていくと思います。自然はそういう側面を持っているのではないか?自然は分からないものです」と説明。先ほどの長谷川さんの作品とは異なり、対極的とも言える「答えではなく、観るものの思考を喚起したい」というメッセージが伝わってきます。

TAKT PROJECT《フィールドノート:東北リサーチ》、2020年-、作家蔵 都市が精鋭化する中で、気付かないうちにこぼれ落ちた“何か”を探る手掛かりを求め、詩人で童話作家である宮沢賢治の「心象スケッチ」のように「東北リサーチ」としてフィールドノートを制作

一般的に「ユーザーにとって便利なもの」など、問題解決としての役割を持ち、ひとつの目的に向かって制作される都市の中におけるデザイン。しかし、TAKT PROJECTの作品は、結果的にテクノロジーが人間の身体で感じ、想像するといった能力に蓋をしてしまっているのではないか?と問いかけます。

自然と人工は、二項対立ではない。時にデザインによって融合し、どちらも私たちの「心象」を引き出す存在なのです。

100年後の伝統工芸は?

GO ON《100年先にある修繕工房》2023年、作家蔵

相反する言葉に思える伝統工芸と実験。京都を拠点に、この2つを融合し、革新的な活動をおこなうクリエイティブユニットがいます。「GO ON」は、元禄元年(1688年)に京都西陣で織物業を創業した「細尾」の細尾真孝さんをはじめとする6名の異なる伝統工芸後継者(細尾真孝、八木隆裕、中川周士、松林豊斎、辻徹、小菅達之)によるユニット。

会場には「日常で使われる『もの』の命を 100 年先につなぐためにいま何をなすべきか」をテーマに制作された作品が並びます。

100年先の京都や伝統工芸の姿に着想を得たのが《100年先にある修繕工房》です。形としての『もの』は残っていても、存在意味や概念は変わっているかもしれない・・・・・・。「変わらない=伝統」と思い込みがちですが、変わらないもの、変わるもの、どちらも内包しているのです。

立場や角度によって見え方が異なり“対話”が生まれる

井上隆夫《ブロークンチューリップの塔》(部分)2023年、作家蔵

本展で筆者が一番“対話”について考えた作品があります。セクション2「インサイト:思索から生まれ出るもの」に展示されたアーティスト・井上隆夫さんの作品《ブロークンチューリップの塔》です。同作は、花びらや葉に複雑な斑模様が入ったチューリップを透明なアクリルブロックに封じ込めたもの。

この異形のチューリップは、17世紀のオランダで人々を熱狂させ、球根が高値で取引され、世界初のバブル経済を引き起こした歴史を持ちます。しかし、20世紀にこの斑模様が実はウイルスが原因だと判明し、今では、生えてくると根こそぎ処分され、17世紀と現代では価値が180度変わってしまった花なのです。

元々カメラマンとしてドキュメンタリーを撮影していた時に、「写真を撮ることは、撮らないものを同時に決めてしまうことになる。写真にすると抜け落ちてしまう情報があり、実際に伝えたいことが伝わらないもどかしさがあった」と井上さん。
どうすれば、それを共有して伝え、コミュニケーションツールにできるのか?と模索し、答えとして使用したのが、このアクリル封入の技法です。「写真に近いアプローチで、ドキュメンタリーのような作品ができる」と力を込めます。

ウイルスのように消えてしまう存在に心惹かれるという井上隆夫さん。《ブロークンチューリップの塔》は、西洋の欲の象徴であるバベルの塔や作品を釣る糸が東洋の欲の象徴である芥川龍之介の『蜘蛛の糸』を想起させる

「写真のような平面では、作品の裏側やサイドまで見えません。しかし、立体物なら様々な角度から視点を変えて観ることができ、フィジカルで共有することで、平面よりも深い話ができるのではと思います。どう見せたいかより、コミュニケーションが生まれるものになれば」と話す井上さん。

その人の立ち位置や角度で、作品そのものも、斑模様の原因になるウイルスも見え方は変わります。身体で共有するためには、実際のものをその人の好きな角度で見てもらいながら話をすることが大切であり、今、私達が見ているものは何なのかを考えることが他者との対話を生み出すのだと気づきました。

各作家の次世代へのメッセージから多様な価値観に触れる

本展について、記事内で登場した長谷川さんは、「技法や素材を越えた先に20組が1か所グラデーション的に繋がる“何か”がある。いや、その“何か”があるのか無いのかも含め、観ることができる場なのかもしれません」と考えを語っています。
各作家による実に多様な次世代への強いメッセージ。作品を見つめ、メッセージに触れ、思考し続けることが“対話”なのだと感じました。
(ライター いずみゆか)