「総合芸術」甲冑の管理が難しい理由は? 永青文庫小松館長に聞く 文化財修理プロジェクトのクラファン第2弾を5月8日まで実施

東京の神田川上流の目白台にある「永青文庫」は、大名細川家伝来の文化財を所蔵、展示する美術館です。永青文庫では、細川家に伝わった甲冑2領を修理するためのクラウドファンディングを5月8日まで実施しています。日本の甲冑だからこそ、よい状態で維持することの難しさなどを、小松大秀館長に聞きました。
――修理する甲冑はどんな歴史を持っている?

細川家3代の細川忠利と4代光尚が島原の乱(1637~38年)のときに着用したと伝わる甲冑です。細川家は九州の大名なので出陣していたのです。
現存する甲冑の中では割と古いものです。鎌倉時代の大よろいが神社などに奉納されている例をご存じかもしれませんが、意外にも近世(江戸時代)の甲冑は残っていることが少ないのです。さらに、誰がどのような時に使ったのかが分かるものとなると、もっと少なくなります。
この甲冑は、島原の乱で使ったという伝承や記録がしっかり残っているという点で、非常に貴重です。細川家は代々の甲冑を大事に保存してきましたし、記録をよく残してきた大名家なので、それが分かるのです。
――防御の道具だから強度があるのではないですか?
作られた当初は、当然それなりに強度を持たせていますが、現物をよく見ると分かるのですが、日本の甲冑は小札(こざね)という鉄や革の板に漆を塗ったものを染織された糸や鎖などを使って綴じ合わせています。こうした小札と小札をつなぐ部分が、特に劣化しやすいのです。

大きな鉄や銀の板を組み合わせる西洋のよろいと比べると、日本の甲冑はさまざまな工芸技術や染織を複合的に使っているため、痛みやすい部分が多く、全体の管理が難しいのです。逆に言うと、色々な素材や技術を使っているからこそ彩りも豊かで非常に華やかで装飾的で、日本の甲冑は「総合芸術」であると言えます。
――同じ武具の刀剣と扱い方が違うのですか?
刀剣の場合は、手入れの方法が定まっています。きちんと油を塗って、白木の鞘に入れて保存すれば、それほど劣化はしません。刀剣の場合は錆びに気をつけておけば、適切な保存はできます。ところが甲冑の場合は、染織のところが一番傷みやすく、鎖の部分もさびが出てくるなど、刀剣のように事前に手当するというのが難しく、傷んできたら修理するしかありません。美術品としては、保存や修復が非常に難しい部類です。

本当は、当館でも、海外でも、日本の甲冑を多くの人に見てほしいと思っているのですが、こうした事情から、展示することも、運ぶことも、なかなか難しいのが現状です。今回、修理の対象とする2領も、傷みが相当に進んでいることがから、残念ながら近年では展示できていません。
――美術館にとって所蔵品を修理をする意味は?
美術館や博物館が展示を充実させる方法は、購入するか、寄贈いただくか、修理するか、この3つしかありません。
クラウドファンディングで集めたお金で購入すればいいのでは?と思われるかもしれません。しかし、細川家とのゆかりや由緒がはっきりしていて、時代がさかのぼる甲冑があるか、と言ったら、そういうものはなかなかありませんよね。もしも、あったとしても、それを購入したらいずれ修理は必要になります。
それなら、あるものを修理して展示するしかありません。修理は、展示施設にとって、ものすごく効果的な手段ですが、当館だけでなくどこでも、修理したい文化財を多く抱えていると思いますが、なかなかお金がなくて修理できない、そのため展示もできないというのが実情ではないでしょうか。
また、修理することで分かることもあります。前回、初めて行ったクラウドファンディングでは、菱田春草の「黒き猫」(重要文化財)などの近代絵画を修理の対象にしていますが、絵画作品の場合は、修理の過程で絵の裏側を見ることができて、どのような技法で彩色がされていたのかなどが判明することがあります。
甲冑も同じで、小札は板に漆を塗っていると言いましたが、漆をどのような下地で塗っているのか、あるいは焼き付けという強固な技術を使っているのか、そうしたことは修理の過程で初めて分かるという面があります。
さまざまな工芸技術が盛り込まれた総合芸術である甲冑ですが、逆に刀剣のような「作家性」が見えにくいジャンルでもあります。今風に言うと、アーティストの作品というよりも職人の仕事、でしょうか。
実は、日本の甲冑は、どうしてこういう形になったのかがよく分かっていないのです。奈良時代くらいまでの甲冑は大陸の影響を受けていましたが、平安時代になると突然、防御性よりも、見た目の華やかさが重視されるようになるのです。

例えば、細川家の甲冑は山鳥の羽根をかぶとのてっぺんに付けているのが特徴ですが、これは2代細川忠興(三斎)が戦場でどうすれば目立つかと、自らデザインしたものです。三斎は、ほかの大名に頼まれて、甲冑のデザインもしています。もちろん三斎が自分で甲冑を制作したのではなく、今でいうアートディレクターのようなイメージですね。
甲冑は取っつきにくいという方が多いかもしれませんが、修復の過程や結果から、細かなすごい技術や見どころがたくさんある総合芸術であることを伝えるきっかけになればと思っています。貴重な文化財を守り、未来へ繋ぐためにも、ぜひみなさまからのご厚志をお願いする次第です。
(聞き手:読売新聞デジタルコンテンツ部 岡本公樹、撮影:青山謙太郎)
※クラウドファンディングは3000円から。クラファンサイトREADYFORの「史上最大のキリシタン一揆・島原の乱出陣の鎧|文化財修理プロジェクト」のホームページで。