【レビュー】「憧憬の地 ブルターニュ」国立西洋美術館で6月11日まで 「白い頭巾の女性」でたどるブルターニュの独自性

ポール・ゴーガン《ブルターニュの農婦たち》 1894年 油彩/カンヴァス オルセー美術館(パリ)

フランス人にとっても「異郷」とされ、独自文化を持つブルターニュ地方。特に19世紀から20世紀初めにかけては、モネ、ゴーガンらフランス人の画家はもちろんのこと、イギリス、アメリカ、日本からも多くの画家たちが新しい画題や環境を求めてブルターニュを訪れました。なんと、ゴーガンが滞在していた1880年代には、1000人ほどの住民がいるブルターニュに100人前後の画家が集まることもあったというのですから驚きです。

このブルターニュをモティーフにした作品を約160点厳選して展示しているのが、国立西洋美術館で開催中の「憧憬の地 ブルターニュ ―モネ、ゴーガン、黒田清輝らが見た異郷」です(6月11日まで)。

白い頭巾の女性をたどっていくと…?

コワフを身につけた女性達。展示風景より

作品を鑑賞していると、かなり頻繁に登場するのが伝統的な白い頭巾(コワフ)をかぶった女性たちです。どの画家も、ブルターニュをモティーフにしたのであれば1度は描き込んだことがあるのではないかと思えるほど頻出します。

「ブルトン語」を話す人々の素朴な生活様式や巨石遺構など、紀元前1000年頃に流入したケルト文明が息づいたこの地で、コワフを身に付けた女性たちに出会うと、画家たちは「異郷の地に来たな」と実感したのかもしれません。

そして、彼女たちが描かれた絵画に注目しながら展覧会をたどっていくと、ブルターニュの独自性や当時の画家と住民の交流の様子などが生き生きと浮かび上がってきました。

ゴーガンらが描いた「コワフの女性」

1886年に初めてブルターニュ地方を訪れてポン=タヴェンに滞在したゴーガンは、同年にこのような絵を描いています。

ポール・ゴーガン《ポン=タヴェンの木陰の母と子》1886年 油彩/カンヴァス ポーラ美術館 展示風景より

鬱蒼とした森を描いた風景画のなかに、コワフの女性も見つけました。パリの喧騒を離れたゴーガンが、うるおいのある森の空気を吸いながら歩いていたら、遠くに母と子の姿を発見した瞬間のようです。

その3年後、ゴーガンは《海辺に立つブルターニュの少女たち》を描きます。そのとき、ゴーガンがゴッホに宛てた手紙の中に次のような言葉があります。

「(前略)ブルターニュでは農民たちには中世の面影があって、パリが存在しているということも、現在が1889年なのだということも、一瞬たりとも考えていないように見えます。」(引用:本展の図録「憧憬の地ブルターニュ」p. 16 アンドレ・カリウー氏の論考より)

ポール・ゴーガン《海辺に立つブルターニュの少女たち》1889年 油彩/カンヴァス 国立西洋美術館(松方コレクション)

この「中世の面影」を印象づける一因として、日常的にコワフを身につけて生活する女性の姿があったのではないかと想像しました。

ゴーガンは、同時期にブルターニュで制作していた画家達に影響を与えて「ポン=タヴェン派」の中心人物になりますが、意外なことに、ゴーガンがこの地にやってきたのは「安く暮らせる」「モデル料が破格に安い」といった現実的な理由からでした。

そして、この頃同じような理由でブルターニュに滞在する国内外の画家も急増します。ブルターニュの人たちも、画家たちが滞在することによる経済効果に気づき、屋根裏部屋をアトリエに改装したり、自らモデルとしてポーズをとったりしたそうです。

リュシアン・シモン《ブルターニュの女》 19世紀 水彩、紙 国立西洋美術館(松方コレクション) 展示風景より
ポール・ゴーガン《ブルターニュの農婦たち》 展示風景より 1894年 油彩/カンヴァス オルセー美術館(パリ)

観光地めいた雰囲気に嫌気がさしたのか、ゴーガンは3年後にポン=タヴェンから21キロメートル離れたルプール・デュに移住します。
彼は、タヒチでも制作をするようになり、《ブルターニュの農婦たち》には興味深い現象が表れています。コワフを被った農婦たちが描かれているのですが、顔にはタヒチの女性たちの特徴が表れています。(参照:本展の図録「憧憬の地ブルターニュ」より)。まさに過渡期にある画家の状況をこの絵の中に感じました。

一方、ポン=タヴェンでゴーガンの教えを受けたポール・セリュジエは、ブルターニュの牧歌的な風景や神秘的なモチーフを深化させ、ついにはこの地に移住して生涯を過ごします。
その彼が描いた作品で、コワフをかぶった女性が登場するのが《森の中の4人のブルターニュの少女》です。彼女たちは、観光地でポーズを取る女性とはかけ離れたたたずまいで、神話に出てくる妖精たちのような空気をまとっています。

ポール・セリュジエ《森の中の4人のブルターニュの少女》 1892年 油彩、カンヴァス 国立西洋美術館 展示風景より

セリュジエと共にナビ派を結成したモーリス・ドニも、ブルターニュ地方に滞在し続け、多様なインスピレーションを得た画家です。今展では、彼の宗教的感情と家族愛が一体となった明るい作品が多く見られましたが、コワフの女性が描かれたものもありました。

モーリス・ドニ《花飾りの船》油彩、カンヴァス 1921年 愛知県美術館 展示風景より

それが《花飾りの船》。右端にコワフの女性を発見!毎年開催されるヨットレースで有名な祝祭の情景が描かれていて、真ん中の船はたくさんの紫陽花で飾られていて豪華です。船上で、飲み物やタルティーヌを用意している少年たちも可愛い。

実はこの作品、児島虎次郎らを仲介して実業家・大原孫三郎(大原美術館創設者)が1921年にドニから購入したものです。ドニは、大原への配慮から、日本的モティーフ(日本の国旗や黄色い傘、提灯)を描き込んだという説もあるそうです。

黒田清輝ら日本人画家も

実は、明治後期から大正期にかけて、芸術先進都市パリに留学していた日本人画家たちも、ブルターニュという「異郷のなかの異郷」へ足を延ばし、その風景や風俗を画題に作品を制作していました。今回の展覧会では、黒田清輝や久米桂一郎を筆頭に、山本鼎や藤田嗣治、岡鹿之助らが描いたブルターニュの風景や風俗を紹介するという新しい試みをしています。

日本人画家として、初めてブルターニュを訪ねたのが、黒田清輝と久米桂一郎、河北道介だと言われています。1891年、最初のブレア島滞在の折、黒田が現地の子供をモデルに描いた作品の1枚がこちらです。

黒田清輝《少女》1891年 油彩カンヴァス 東京国立博物館

やはりコワフを被っている!
フランス人画家であれ、日本人画家であれ、やはり最初に描きたくなるモティーフなのですね。この感覚に、ある種の普遍性すら感じました。

また、ブルターニュを訪れたあまたの日本人画家の中でも、この地に強い関心を寄せた人物として、坂本繁二郎が挙げられるでしょう。1923年に初めてこの地を訪れて以降、4ヶ月ほどの期間に5回もブルターニュ各地を訪れています。その期間に描いた一枚としては、このような絵があります。

坂本繁二郎《ブルターニュ》1923年 油彩、カンヴァス 愛媛県美術館 展示風景より

坂本独特の淡い色彩のハーモニーがただよう風景の中には、やはりコワフをかぶった女性がたたずんでいました。

このように、コワフを身につけている女性に注目すると、より特定の作品に集中できました。鑑賞スタイルの一つしておすすめです。今回紹介した作品以外にもコワフの女性はたくさん登場しますので、ぜひ彼女たちにまつわるストーリーに想像を広げながら鑑賞してみてください。

(ライター・菊池麻衣子)

憧憬の地 ブルターニュ ―モネ、ゴーガン、黒田清輝らが見た異郷
会場:国立西洋美術館(東京・上野公園)
会期:2023年3月18日(土)~6月11日(日)
開館時間:午前9時30分~午後5時30分(毎週金・土曜日は午後8時まで)
*入館は閉館の30分前まで
*5月1日~4日は午後8時まで開館
観覧料金:一般2,100円/大学生1,500円/高校生1.100円/中学生以下無料
美術展ナビチケットアプリで購入可能
公式サイトは(https://bretagne2023.jp)へ。
公式ツイッター(@bretagne2023