【学芸員に聞く・後編】「開館20周年記念展 ジョルジュ・ルオー ― かたち、色、ハーモニー ― 」パナソニック汐留美術館で4月8日から 鑑賞のポイントやおすすめの作品を紹介

「開館20周年記念展 ジョルジュ・ルオー ― かたち、色、ハーモニー ― 」が汐留美術館で4月8日(土)から6月25日(日)までが開催されます。
前編に引き続き、本展を担当した同館の学芸員・古賀 暁子さんに、見どころを聞きました。
人間の「醜さ」を描く
――ルオーが繰り返し描いたモチーフやテーマについて伺います。まず、ルオーの初期作品には、裸婦が多く描かれていますね。
エコール・デ・ボザール(パリにある国立美術学校)で師匠として慕っていたギュスターヴ・モローの死後、ルオーは自分の芸術スタイルを見つけるために試行錯誤します。そのなかで、彼は共にモロー教室で学んだアルベール・マルケがもっていたアトリエで、仲間たちと一緒に娼婦をモデルに描くようになります。20世紀初頭のパリには、貧しい娼婦が数多くいたのです。画家たちはよく、娼婦をアトリエに呼び、暖を取らせる代わりに、絵のモデルになってもらいました。
それにしても、ルオーが描いた裸婦はタッチが荒々しく、美しさよりも醜さが強調されているようで、ドキッとしますよね。この頃のルオーは、人間の醜い部分を描くことに力を入れていました。
――なぜ、敢えて醜く描いたのでしょうか?
当時、ルオーと交流があった小説家レオン・ブロワが書いた文学作品『絶望者』『貧しき女』などの影響が大きかったと言われています。これらの作品のなかでは、娼婦は醜い存在として描かれる一方で、彼女たちの罪の意識やその贖罪といった、宗教的信仰心も表現されていました。
――第3章で紹介される「サーカス」をテーマにした作品も、同様に人物が醜く描かれているように見えます。

1910年頃 油彩、インク、グアッシュ ポンピドゥー・センター、パリ/国立近代美術館 Photo © Centre Pompidou, MNAM-CCI, Dist. RMN-Grand Palais / Philippe Migeat / distributed by AMF © ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2023 E5037
そうですね。《プルチネルラ》という作品では、人間の残酷な部分が強調して描かれています。プルチネルラとは、16世紀のイタリアの喜劇に登場する人物で、傲慢で嘘つきで、横柄な人物というキャラクターなんです。
ただ、ルオーは晩年になると、同じサーカスなどの主題も柔らかく幻想的に描くようになったので、そういった変化も見ていただければと思います。
――もうひとつ、ルオーは「裁判官」をモチーフにした作品も数多く残しました。

1952-1956年 油彩、インク、グアッシュ ポンピドゥー・センター、パリ/国立近代美術館
Photo © Centre Pompidou, MNAM-CCI, Dist. RMN-Grand Palais / Bertrand Prévost / distributed by AMF
若い頃、裁判に興味があったルオーは、裁判所に通って裁判の場面を描きました。同じ人間を裁くという裁判官の傲慢さ、つまり権力者の醜さを描きたかったのです。ただルオーは、こうした作品で登場人物たちの傲慢さや醜さだけでなく、彼らが抱えている不安や悲しみも同時に描き出そうとしました。「醜さ」や「不安」、「悲しみ」など、人間の本質を表現しようとしている点は、娼婦やサーカスなどの作品と共通していますね。
鑑賞のポイントやおすすめの作品は?
――描き方の変遷をたどれるのも、回顧展ならではの楽しみですね。
年月を重ねるごとに、初期の作品で強調されていた人間の「醜さ」や「不安」といった暗い部分のカドが取れていき、代わりに、キリスト教の宗教観が投影され、装飾的で穏やかな表現に変わっていくんです。同じモチーフ、テーマの作品を見比べることで、初期から晩年にかけての描き方の変化を感じていただけると思います。
――画風が穏やかになる一方で、どんどん厚塗りになっていっているようにみえます。

1947-1949年 油彩 ポンピドゥー・センター、パリ/国立近代美術館
Photo © Centre Pompidou, MNAM-CCI, Dist. RMN-Grand Palais / image Centre Pompidou, MNAM-CCI / distributed by AMF
そうですね。初期は水彩画や、水彩と油彩を混ぜた技法を使った作品が多かったのですが、1920年代からはより鮮やかな色彩を使った油彩画を描くようになりました。同時に、画面が厚塗りになっていく傾向が見てとれます。晩年になると、厚塗りで仕上げた画面を一度ペインティングナイフで削って、むき出しになった絵の具の層に、さらにまた絵の具を塗って、また削って……というプロセスを繰り返して、さらに画面を盛り上げていきます。こうした絵の具の塗り方の変遷も、注目ポイントです。
――本展で、特におすすめの作品は?

1948年 油彩 ポンピドゥー・センター、パリ/国立近代美術館
Photo © Centre Pompidou,MNAM-CCI, Dist. RMN-Grand Palais / Christian Bahier / Philippe Migeat /distributed by AMF
インタビュー前編でも紹介した《二人組(二兄弟)》ですね。ポンピドゥー・センター所蔵の傑作です。サーカスをテーマにした数多くの作品のなかでも、醜さが強調された初期作品と違い、晩年の画風が反映された作品です。穏やかな表情のピエロの後ろには、マンドルラ(宗教画で聖人の背景に描かれる光背)を思わせるアーチが描かれています。人物の背景にこうしたアーチを描くことで聖性を表現しつつ、装飾的な効果ももたらしています。また、女性の耳元にピンク色の花を描くことで、明るい色彩がアクセントとして使われています。

1949年 油彩 ポンピドゥー・センター、パリ/国立近代美術館
Photo © Centre Pompidou, MNAM-CCI, Dist. RMN-Grand Palais / Bertrand Prévost / distributed by AMF
もう1点挙げるとしたら、《かわいい魔術使いの女》もおすすめです。サーカスに登場する人物が可愛らしく描かれていて、聖堂のようなアーチも装飾的に使われています。背景には聖書の「放蕩息子のたとえ」が表現されているとも言われていて、聖的な主題と俗的な主題が同じ画面に同居する面白い作品です。ルオーの作品では、一つの画面に聖俗が表現される作品は珍しくないんです。
――最後に、美術展ナビの読者にメッセージをお願いします。
ルオーは生涯で二つの世界大戦を経験していますが、本展では、彼が戦争と向き合い、戦争の悲惨さを描いた戦時期の作品なども出品されています。まさに今起こっているウクライナ侵攻にも通じるような、迫真の表現にはハッとさせられると思います。

一方、戦争を乗り越えた後の救いや希望なども画業の集大成として描いています。第5章「旅路の果て」で紹介する作品では、戦時中の暗い世界を経て、画家がたどりついた「かたち、色、ハーモニー」の最終形態とでもいうべき幻想的な世界が表現されています。この第5章は、撮影可能です。ぜひ、実物を見に来ていただき、ルオーが到達した究極の絵画表現をお楽しみいただければと思います。
開館20周年記念展 ジョルジュ・ルオー ― かたち、色、ハーモニー ― |
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会期:4月8日(土)~6月25日(日) |
会場:パナソニック汐留美術館(東京都港区東新橋1-5-1 パナソニック東京汐留ビル4階) |
午前10時より午後6時まで(入館は午後5時30分まで) ※5月12日(金)、6月2日(金)、6月23日(金)、6月24日(土)は午後8時まで開館(入館は午後7時30分まで) |
観覧料:一般:1,200円、65歳以上:1,100円、大学生・高校生:700円、中学生以下:無料 |
休館日:水曜日(ただし5月3日(祝)、6月21日(水)は開館) |
アクセス:JR新橋駅より徒歩約8分など |
詳しくは同館の展覧会HPへ。問い合わせは050-5541-8600(ハローダイヤル)へ |