【レビュー】「超絶技巧、未来へ! 明治工芸とそのDNA」展 ~技巧の頂点を目指し、さらにその先へ~ 岐阜県現代陶芸美術館で4月9日まで

「超絶技巧」シリーズ第3弾 各地へ巡回
岐阜県現代陶芸美術館では、開館20周年を記念して「超絶技巧、未来へ! 明治工芸とそのDNA」展が開かれています(4月9日まで)。これは、過去に開催された「超絶技巧」シリーズ第3弾となる企画展で、岐阜での展示を終えた後、長野県立美術館、あべのハルカス美術館、三井記念美術館、富山県水墨美術館へ巡回する予定です。

アートの一分野として評価高まる
工芸品とは、高度の熟練技術を駆使し、芸術的意匠を施して制作された工作物のことを指し、素材は金属、木、陶磁、漆、ガラスなど多岐にわたります。明治時代にはさまざまな超絶技巧を施した工芸品が生産されて海外へ輸出され、外貨獲得の一端を担いました。近年、海外へ渡った明治時代の工芸品を買い戻す動きがあり、調査研究が進んでいます。
この明治時代のDNAを受け継いだ現代の作家として、本展では17人の現代作家とその作品、そして彼らを刺激してやまない清水三年坂美術館蔵や個人蔵の明治工芸の逸品が紹介されています。これまで工芸品はアートとしての存在感が薄かったのですが、近年アートの一分野として評価されるようになりました。
ただ、一概に「超絶技巧」といっても、実際に何がどう凄いのか、具体的なイメージが分かりづらいと思いますので、特徴的な作家と作品をピックアップして紹介していきます。
現代の先端をゆく作家たち
稲崎栄利子《Amrita》(陶磁)
レース編みのような質感を持つこの作品は、陶磁、つまり焼き物です。網目のようなチェーンはすべて粘土から作られ、完成した作品は陶磁作品でありながら、布のように折りたたむことさえできます。気が遠くなるような細かい作業の末に生まれた、非常に独創的な陶磁作品です。

福田亨《吸水》(木彫)
この作品は絵の具等による着色が一切なされていません。水滴は木の板を一段掘り下げることで浮き彫りとして表現し、蝶の羽根はさまざまな色合いの木を象嵌することで表現しています。ちなみに木の土台に他の種類の木を埋め込むという発想は、作家が高校生のとき、「象嵌」という技法を知る前に思いついたといいます。作家の天才性を感じるエピソードです。

盛田亜耶《ヴィーナスの誕生Ⅱ》(切り絵)
非常に繊細な切り絵で、ヴィーナスが表現されています。そのポーズからわかるように、本作はボッティチェリへのオマージュです。背景には、ヴィーナスにまつわる各種モチーフのほか、細かく絡み合う木の枝が表現され、人体の毛細血管を思わせます。なお、この作品は壁面から少し浮かせて展示され、壁に影が落ちるようになっており、幻想的な立体感が生まれています。

大竹亮峯《月光》(木彫)
一年に一度、夜に花開く月下美人の花を、鹿の角を削り出した花びらで表現し、コウモリの羽をモチーフとした花器の部分には、長年地中に埋まっていた神代欅を使用しています。造形の美しさはもちろんのこと、この作品のポイントは、花器に水を注ぐとゆっくりと花弁が開くことにあり、「時間」も表現しています。

明治の先達たち
並河靖之《藤に蝶図花瓶(一対)》(七宝)
細い金属の線で輪郭を作り、その中に釉薬を流し込むことで、金属の表面に繊細な画を描くことのできる有線七宝。その第一人者が並河靖之でした。黒の地色に対して藤の花が鮮やかに映えますが、この黒色を作る釉薬にも独自の技術が使われています。

濤川惣助《菖蒲図大皿》(七宝)
この作品は、七宝でありながら、釉薬を流し込んだ後に金属の線を外すことで、水彩画のようなぼかしのある画風を作ることに成功しています。無線七宝と言われるこの技法も高度な技術が必要です。

現代へ受け継がれる明治工芸のDNA 「対決」編
現代の作家は明治工芸から大きく影響を受けています。そのことがわかりやすい展示を2組ご紹介します。
まず、安藤緑山(牙彫)と岩崎努(木彫)の本物対決です。現代作家でリアルな木彫表現に挑む岩崎努が、明治時代に木彫・牙彫の世界で活動した安藤緑山を意識した作品を制作しました。


どちらもあまりに見事で、自然界に存在する本物の柿と見分けがつかないぐらいです。これでは勝負がつきませんね。次は竹の子くらべをしてみましょう。


やはり、どちらもリアルな竹の子そっくりですが、こちらでは個性の違いが浮かび上がってきます。たとえば安藤緑山の《松竹梅》には本物らしさを意識しながらも遊び心が感じられるのに対し、岩崎努の《竹の子》は皮の細い筋一本一本にまでこだわる緻密な表現を通じ、より本物らしさを追究する姿勢が伺えます。
武具制作から工芸へ
時代によって技術の使い道が変わり、たとえば江戸時代まで刀の鍔など武具を製作していた職人が、明治以降は工芸品や茶道具の作成に転じるケースがあります。その例として金工作家の作品を紹介します。
正阿弥勝義は明治期随一の金工家です。正阿弥家はもともと岡山藩お抱えの刀装具職人の家でしたが、明治以降は装飾品の製作に切り替えて金工の技術を受け継いでゆきました。展示作品《糸瓜花瓶》では、糸瓜を象った花瓶の周りに植物や生き物たちの営みが立体的に生き生きと描かれており、陶磁分野の超絶技巧として有名な宮川香山らの高浮彫を思わせる造形です。

いっぽうで現代の作家、長谷川清吉も先祖は尾張徳川家の御用鍔師で、現在の本業は茶道具制作ですが、金工の技術を駆使して「使い捨ての工業製品」シリーズを制作しました。あえて身近なものを異素材でリアルに表現することで、習得した技術を発揮する機会としています。

未来へ続く工芸作品
ここに紹介されてきた超絶技巧は、どれも常人の域を超えた技ばかりですが、どの作品も目指すところは、目の前にある自然物、人工物を限られた素材でいかに本物らしく表現するか、にあるように見えます。鳥の羽しかり、花や生き物、そして人工物である日常使いの品々も。それはまるで、創造神の高みに辿り着こうとしているかのようです。ですが、現代の作家は、ただリアルであるということや技巧の極みを見せるということの先にある世界、現実の向こうにある独創的な世界をも創り出していることが見て取れます。そこに未来を感じました。(ライター・岩田なおみ)
超絶技巧、未来へ! 明治工芸とそのDNA |
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会場:岐阜県現代陶芸美術館(多治見市東町4-2-5 セラミックパークMINO内) |
会期:2023年2月11日(土・祝)~4月9日(日) |
開館時間:10時~18時00分(展示室への入場は17時30分まで) |
休館日:月曜日 |
観覧料:一般1000円、大学生800円、高校生以下無料 |
同美術館ホームページ:https://www.cpm-gifu.jp/museum/ |
【巡回情報】 |
・長野県立美術館(長野市箱清水1-4-4) 会期:2023年4月22日(土)〜6月18日(日) |
・あべのハルカス美術館(大阪市阿倍野区阿倍野筋1-1-43 あべのハルカス16F) 会期:2023年7月1日(土)~9月3日(日) |
・三井記念美術館(東京都中央区日本橋室町2-1-1 三井本館7F) 会期:2023年9月12日(火)~11月26日(日) |
・富山県水墨美術館(富山県富山市五福777) 会期:2023年12月8日(金)〜2024年2月4日(日) ※作品は会場により一部異なる |