【レビュー】江戸っ子たちも、ネコは大好き--太田記念美術館で「江戸にゃんこ 浮世絵ネコづくし」展 5月28日まで

歌川国芳「山海愛度図絵 七 ヲゝいたい 越中滑川大蛸」(後期展示)

「江戸にゃんこ 浮世絵ネコづくし」展
会場:太田記念美術館(東京都渋谷区神宮前1-10-10)
会期:2023年4月1日(土)~5月28日(日)
休館日:月曜休館。4月26日~28日も展示替えのため休館
アクセス:JR山手線原宿駅から徒歩5分、東京メトロ千代田線・副都心線明治神宮前駅から徒歩3分
観覧料:一般1200円、高校生・大学生800円、中学生以下無料
※前期(~4月25日)、後期(4月29日~)で全点展示替え
※最新情報は、公式HP(http://www.ukiyoe-ota-muse.jp/)で確認を。問い合わせはハローダイヤル(050-5541-8600)へ。特別表記のない作品は、個人蔵

美女の懐にネコ一匹。じゃれついて顔をなめようとしているのか、それとも何か気にくわないことがあって暴れているのか、ちょっと美女はもてあまし気味である。「おお、いたい」。タイトルにある通りのつぶやきが聞こえそう。とはいえ、そんなに嫌がっている様子もない。やんちゃなネコの行動も、どうやら想定の範囲内のようだ。ネコ好きだった「あるある」と言いたくなるような絵柄である。
これを描いたのは歌川国芳。豪快な武者が魁偉な化け物をばったばったとなぎ倒す「武者絵」で知られる幕末の人気絵師だが、実はとってもネコが好きだった。《国芳は愛猫の癖ありて、常に五六頭の猫を飼いおきたり。採筆の時といえども、猶懐中に一二頭の小猫を入れおき、時として懐中の小猫に物語りして、きかせしことなどあり》(飯島虚心『浮世絵師歌川列伝』より)。国芳一門といえば、鯔背で伝法な、チャキチャキのお兄さんがそろった「江戸っ子一門」である。その総帥がネコをあやしながら仕事をしていたのだ。「ギャップ萌え」もいいところではないか。

歌川国芳「絵兄弟やさすかた(鵺退治)」(前期展示) の一部
歌川国芳「流行猫の狂言づくし(定九郎ほか)」(前期展示)

江戸の昔も21世紀の今と変わらず、ネコは多くの人々に愛されていた。浮世絵には多数の動物が登場するが、ダントツで数多く描かれているのがネコなのだという。美女と戯れるネコ、日常の中でたたずむネコ、擬人化されて遊ぶネコ……様々な「ネコの浮世絵」を集めたのが今回の展覧会だ。「猫は変幻自在-国芳の名作大集合-」「ふりむけば、猫-猫と暮らす江戸ライフ-」「猫が紡ぐ物語-説く、化ける、仇を討つ-」「猫に祈る-害をはらい、福を呼ぶ-」「猫と遊べば-おもちゃ絵の世界-」の全5章で構成される。

それにしても多彩なのは、「国芳のネコ」だ。「絵兄弟やさすかた(鵺退治)」に登場する「お魚くわえたドラネコ」は、おかみさんに追いかけられているし、「流行猫の狂言づくし」では、様々な歌舞伎狂言の「ものまね」をしている。上に挙げた部分でネコたちが「演じて」いるのは、現在でも度々上演される人気狂言『夏祭浪花鑑』。釣船三婦、団七九郎兵衛、一寸徳兵衛――3人の「男伊達」が決めている姿が何とも言えずかわいい。下に挙げたのは、「人文字」ならぬ「ネコ文字」で書かれた「かつを」の3文字。ネコの顔を似顔にした「役者絵」を描いてみたり、一転、化け猫の絵を描いてみたり。とにかく国芳の描くネコの絵はバリエーション豊か。そこで描かれるネコたちもみんな、生き生きとしているのである。

歌川国芳「猫の当字 かつを」(前期展示)
歌川国芳『朧月猫の草紙』6編上下表紙(前期展示)

ネコ好きここに極まれり、と思わされるのが、天保13(1842)年の正月新刊として山東京伝の弟、やはり大のネコ好きの山東京山と組んで出版した合巻『朧月猫の草紙』である。おこまという名前のメスネコの波瀾万丈の「ネコ生」を描いた一代記。御殿奉公をしていたおこまは歌舞伎狂言『加賀見山旧錦絵』を思わせる「大奥」ならぬ「ネコ奥」での争いの末に命を落とし、その皮は姫の秘蔵の三味線「初音」に張られることになる。その三味線を慕っておこまの息子、忠信がやってきて……というのが、最終盤の展開だという。歌舞伎や文楽でおなじみ『義経千本桜』の『狐忠信』のパロディーになっているわけだ。

展示風景

『狐忠信』のパロディーといえば、有名なのが古典落語の「猫忠」。こちらは親の皮を使った三味線を慕って、若い男に化けたネコが清元の女師匠に近づく、というお話だ。もともとは上方で演じられた噺を六代目桂文治(18431911)が東京に持ってきたというが、実は江戸の落語家、初代林屋正蔵(17811842)の書いた咄本「たいこの林」(1829年刊行)に入っている小咄「千本桜」が同様の内容。ちなみに、怪談の名手だった初代正蔵の世界をモチーフにしたのが、国芳の大判錦絵「百物語化け物屋敷の図 林屋正蔵工夫の怪談」である。この辺りの符合が「偶然」なのか、それとも江戸の文化サロンの中で生まれた「必然」なのか。ちょっと気になるところではある。

前期展示の四代歌川国政「蚕やしなひの図」は、蚕農家の様子を描いたもの。その一部を拡大したのが上の画像。障子にネズミを捕るネコの絵が貼られている

ネコは「福を招く」ものでもあり、「災いを除く」ものでもあった。養蚕農家、穀物蔵を持つ商家などでは、鼠害を防ぐためにネコを飼ったものであり、何かの事情があってホンモノのネコを飼えない場合には、「猫絵」を飾ってネズミ除けしたのだという。上の絵は四代歌川国政(三代国貞)が描いた養蚕作業の絵。左奥の障子にネズミを捕まえているネコの絵が貼ってある。「猫絵」は「まじないのお札」的なものだったわけで、現存する実物はほとんどないようだ。この絵が制作されたのは明治20年だが、江戸から続く習俗の一端が分かったりもする。

歌川芳藤「新板猫の温泉」(前期展示)
歌川芳虎「新板ねこの手ならひ師匠」(前期展示、太田記念美術館蔵)の一部

とにかく色々ある「ネコの絵」。国芳以外にも、鈴木春信、歌川国貞ら、そうそうたる絵師の作品が並んでいる。最後の章は「おもちゃ絵」の特集だ。「おもちゃ絵」とは子ども向けの浮世絵で、切り取ったり折りたたんだりして遊んだりできる作品もあった。その「おもちゃ絵」を得意にした絵師が歌川芳藤で、ネコ好き国芳の門下だったためだろうか、ネコを擬人化して様々な世相を描写した作品が多く見られる。一例が銭湯の様子を描いた「新板猫の温泉」。かかり湯をしているメスネコさんたちが、いかにも楽しそう。こういう「おもちゃ絵」がまとまって紹介されることは珍しいので、そのミニマルな世界を味わういい機会なのである。

その下の画像は、同じ国芳門下の芳虎が描いた「新板ねこのてならひ師匠」の一部を拡大したもの。寺子屋で読み書きを習っている子ネコたちはマジメに取り組んでいたり、サボっていたり、と様々だ。そういえば、こちらも大のネコ好き、レオナール・フジタこと藤田嗣治にも《猫の学校》という絵があり、軽井沢安東美術館で展示中である。こちらのねこもマジメだったりサボっていたり。20世紀の洋画家の作品と子ども向けに描かれた浮世絵、意外とネコ好きが描くモチーフは似ていたりもする。ちょうど今は春休み。2つの美術館に足を運んで、それぞれのネコを見比べてみるのも面白いかもしれない。

(事業局専門委員 田中聡)

歌川広重「名所江戸百景 浅草田圃西の町詣」(後期展示) 太田記念美術館蔵