【アーティスト・インタビュー】絶対に「舞台そのもの」を見たまま描いてはいない。だけど、役者のイマジネーションを凄く刺激する。魅力的な絵ですね――大阪・あべのハルカス美術館の「絵金展」で音声ガイドを担当する歌舞伎俳優の中村七之助さん

中村七之助さん

4月22日にあべのハルカス美術館で開幕する「恐ろしいほど美しい 幕末土佐の天才絵師 絵金」展は、南国土佐(現在の高知県)で活躍した絵師・弘瀬金蔵(通称・絵金)をフィーチャーした展覧会だ。独特の泥臭いタッチで描かれた、血みどろの「芝居絵」は、高知では長年愛され続けており、地元・香南市赤岡町では毎年7月に「土佐赤岡絵金祭り」が開催されるほど。高知県以外では約半世紀ぶりという絵金の大規模展で、音声ガイドを担当するのが、歌舞伎俳優の中村七之助さん。その「血みどろ絵」を見た感想、音声ガイドへの取り組みなどを聞いた。

(事業局専門委員 田中聡)

――高知では有名ですが、全国的にはあまり知られていない絵金さん。七之助さんは、これまでその作品に触れたことがあったのですか

七之助 10年ぐらい前、高知に巡業に行った際、兄(六代目中村勘九郎)と、赤岡の「絵金蔵」に行ったことがあるので、存在は知っていました。今回、改めて作品を見直したんですが、素晴らしいですね。発想が素晴らしい。芝居が好きだったんだろうな、と実感させられる絵です。

――どういうところが「素晴らしい」のでしょうか

七之助 絵金さんが描いているのは、歌舞伎を題材にした絵なんですが、「リアルな舞台」をそのまま描いているわけではない。作品からイマジネーションを膨らませ、描いている場面とは違う所の要素を入れたりして、独特の世界を作り上げている。歌舞伎俳優としてもイマジネーションを刺激させられますね。

「絵金さん」こと弘瀬金蔵は文化9(1812)年、高知県の生まれ。狩野派で絵を学び、土佐藩家老・桐間家の御用絵師となるが、33歳の時に身分を剥奪され、城下追放となる。一説には、贋作事件に巻き込まれたという。その後は、市井の画家として活動し、明治9(1876)年に亡くなるまで、多数の芝居絵屏風を残した。門人も多数。中村七之助さんは1983年、東京生まれ。十八世中村勘三郎さんの次男で、女形を中心に活躍している。

 

――「リアルな舞台の絵」ではないけど、「イマジネーションを刺激される」。例えばどんなところですか

七之助 例えば、『伽羅先代萩めいぼくせんだいはぎ』に『御殿』(通称「飯炊き(ままたき)という場面があります。お家騒動に巻き込まれている鶴千代という少年を、身を挺して守ろうとする乳母・政岡の姿が中心のお芝居です。絵金さんは、ここの中から、幕府高官の妻、栄御前が鶴千代を暗殺するために毒入りのお菓子を持ってくる場面を描いているんですが、その着物にドクロの模様を入れているんですね。これは、現実の舞台ではあり得ない。栄御前は高貴な人物ですから、そんな着物は着ない。もっというと、毒殺を企む人間が、ドクロの模様なんて着ませんよね。でも、見ていてとても面白い。何だか、三島由紀夫さんが好きそうですね

――なるほど。三島さんは曲亭馬琴の読本を基にして、『椿説弓張月』という芝居の台本を書いていますが、その中に、絶世の美少女・白縫姫が華麗に琴を奏でるそばで男たちが体にクイを打たれる拷問を受ける、というシーンがある。「血みどろ」の残酷と妖艶・華麗な美。それが共存している感じは、絵金さんにもありますね。

七之助「こういうのを(芝居で)やりたい」という気持ちは、前々からあるんです。通常の歌舞伎座では上演しにくい、過激な演出・内容の作品を、深夜どこかの劇場で「ミッドナイト歌舞伎」として上演したら面白い。そういう気持ちが改めて浮かんできました。

――役者ごころをくすぐられる絵なんですね

七之助 さっきお話したように、衣裳にしても演出にしても、「絶対にリアルな舞台ではやっていない」ものが多いんですけど、逆に言えば「参考にしたい」ところがたくさんあります。昔は今のように照明が明るくなかったでしょう。ロウソクの灯りの中で、絵金さんの作品を見たら、今の時代よりもっと迫力はあったでしょうね。そういう意味でも刺激的です

――七之助さんが音声ガイドを務められるのは、2016年にBunkamura ザ・ミュージアムで開催された「俺たちの国芳 わたしの国貞」展以来とのこと。特に気を付けたことはありますか

七之助 観覧する皆さんが「見やすい」ことを常にアタマに入れてましたね。こちらの話している事が、見る人のじゃまになってはいけない。まず絵を見てもらって、その鑑賞の助けとして、ガイドを使っていただければと思います。

恐ろしいほど美しい 幕末土佐の天才絵師 絵金
会場:あべのハルカス美術館(大阪市阿倍野区阿倍野筋1-1-43 あべのハルカス16階)
会期:2023年4月22日(土)~6月18日(日)
休館日:4月24日、5月8日、5月22日休館
アクセス:近鉄「大阪阿部野橋」駅西改札、JR「天王寺」駅 中央改札、地下鉄御堂筋線「天王寺」駅 西改札、地下鉄谷町線「天王寺」駅 南西/南東改札、阪堺上町線「天王寺駅前」駅からすぐ
入館料:一般1600円、大学生・高校生1200円、小・中学生500円
※詳細、最新情報は、美術館公式サイト(https://www.aham.jp/)、展覧会公式サイト(https://www.ktv.jp/event/ekin/)で確認を。
※前期(~5月21日)、後期(5月23日~)で一部展示替えあり