【レビュー】「アナザーワールド:不思議でリアルな世界」6月18日まで富山市ガラス美術館で

高橋まき子《気配の共有》2020年、作家蔵

富山市ガラス美術館の渡部名祐子・主任学芸員は、「アナザーワールド:不思議でリアルな世界」が構想されたのは、2020年にコロナ禍が始まったころだったと振り返ります。

新型コロナウイルスの拡大で、それまでの当たり前が当たり前でなくなる状況を目の当たりにして、<普通>とは何かを考えるなかで思いついたのが<アナザーワールド>でした。現実とまったく別な異世界ではなく、何かのきっかけで、現実世界が別の表情を見せてくる。そんな驚きや恐怖の気持ちさえ起こさせる世界を提示することで、身の回りの<当たり前>を改めて見直すきっかけになればという思いが込められています。

それではアナザーワールドの世界を覗いていきましょう。今回の7人のアーティストは、グラスアートの既成概念を打ち破る、日常とは違った世界を提示しています。最初のWorld1は「未知の表情に出会う」です。

竹岡健輔《Transition ’22‐6》2022年、作家蔵

竹岡健輔さんの作品は、ガラスを電気炉に入れて編まれた竹細工のように仕上げます。無機質で、冷たいというガラスのイメージを見事に裏切り、布ような軽やかさと躍動感が感じられます。

竹岡健輔《線跡 ’21》2021年、富山市ガラス美術館蔵

こちらは、吹いたガラスに編んだガラスを貼り合わせ、熱しながら息を吹き込んでいます。丸く膨らんだ形に添って網目が引き伸ばされるなど、溶けたガラスのダイナミックな動きが表面にとどまっています。

津守秀憲《胎動 ’22‐2》2022年、作家蔵

津守秀憲さんは、ガラスに土を混ぜて焼き上げます。ガラスの透明感とは異なった陶質の有機的な表情が加わっています。窯の加熱と重力によって、糸を引いたり、ひび割れしたり様々な表情を見せます。躍動感を永遠のものにするために、どの瞬間に冷却すべきか――。作家の探求は続きます。

今井瑠衣子《Reminiscence》2016年‐、作家蔵

World 2は「思いが交差する場」です。今井瑠衣子さんの《Reminiscence》は、回想や回顧という意味を持つシリーズです。朝8時の起床から使う歯磨きや化粧品、バッグなどの日用品を時系列で並べます。

故郷を離れ、1人暮らしを始めたのが、この作品の創作のきっかけだといいます。慣れ親しんだ日用品に愛着や懐かしさを重ねるとともに、新しい環境の中で感じた孤独や喪失感も伝わってきます。吹き付けられたガラスで表面が白くなっていることで、それぞれの日用品の個別性が薄れて、見る人が感情移入しやすくなっています。

右から 木下結衣《蘇生》2020年、樂翠亭美術館所蔵、《蘇生Ⅱ》《蘇生Ⅳ》《蘇生Ⅲ》《蘇生Ⅴ》2021年、作家蔵

「生きるということ」がテーマのWorld3。木下結衣さんは海の生き物や菌類などから多く着想を得ます。集合体を含んだ自然物は「美しさ」とともに、ゾクッとする「恐怖」も感じさせます。《蘇生》シリーズは、コロナウイルスが猛威を振るっていた最中に作られ「衰えても蘇る生命の強さを表現した」といいます。

木下結衣《蘇生》2020年、樂翠亭美術館所蔵 拡大図

拡大すると、様々な色、大きさ、形態のガラスやビーズなどを編み上げていることがよく分かります。

小林千紗《しろの くろの かたち 2021‐2》2021年、作家蔵

自身の体の不調や社会情勢の激変で、精神的にも肉体的にも<息苦しさ>を感じた小林千紗さんは、<呼吸>への関心を高めたと言います。ガラスを吹くことで、自らの呼吸を目に見える形にして、それを部分的につなぎ合わせ、和紙を貼って黒く彩色しました。透明性をなくすことで温もりさえ感じさせる身体的表現が際立ちました。

植村宏木《呼吸を追う》2012‐2022年、作家蔵

最後のWorld 4は「見えないものを追いかける」。ガラスを使って目に見えないものを視覚化する作家2人が取り上げられています。植村宏木さんの《呼吸を追う》は、10点の吹きガラスからなるインスタレーション。白いものは一度割って、内側を削った後に再び組み立てています。ガラスによって、私たちは空気の境目を意識します。

高橋まき子《気配の共有》2020年、作家蔵

高橋まき子さんは、夢に現れた不思議な生き物を題材にします。まずは、記憶が薄れないうちに粘土で再現。続いて耐火石膏で型を作り、そこにガラスの粉を入れて焼く「パート・ド・ヴェール技法」を使います。砂糖菓子のような半透明なパステルカラーの生き物は、夢の幻想的なイメージに重なります。作品は、人類に共通した何か懐かしさを感じさせます。

渡部主任学芸員は「不思議さを通じて、当たり前に見ていた日常を新しい視点で見直すきっかけをつかんでもらえたら」と話します。(読売新聞美術展ナビ編集班・若水浩)

アナザーワールド:不思議でリアルな世界
会場:富山市ガラス美術館(富山市西町5-1)
会期:2023年3月4日(土)~6月18日(日)
閉場日:第1・3水曜日(ただし5 月3 日は開場)、5月10日(水)
開場時間:9 時30 分~18 時00 分(金・土曜日は20時00分まで、入場は閉場の30分前まで)
観覧料:一般:1,000円、大学生:800円、高校生以下無料
詳しくは展覧会公式サイト