根津美術館に陶磁器を寄贈した西田宏子さんのコレクターと学芸員としての人生を聞く【後編】「モノが好き」が企画する展覧会

根津美術館(東京・南青山)では、2月から「西田コレクション受贈記念」が開催中です。同美術館で長く学芸員を務めた西田宏子さんから陶磁器を中心とした工芸品169件の寄贈を受けたことを記念し、そのコレクションを3期にわけて紹介するテーマ展示です。西田さんは1975年には「オックスフォードで初めて博士になった日本女性」として週刊誌に掲載された方でもあり、女性の日本美術研究者の草分け的な存在です。前回は、コレクションのきっかけになったオランダ・イギリス留学時代について聞きました。今回は帰国後のお話です。(前編はこちら

帰国後に直面した就職難

1975年に、「17~18世紀における日本の輸出磁器についての研究」で、西田さんはイギリス・オックスフォード大学の博士号を取得しました。帰国後、すぐに就職活動をしますが、ここであからさまな男女差別に遭ってしまいます。
美術館や博物館の担当者は上司から言われて西田さんとの面接を設定するのですが、「女性を採用したくない」という思いが表情にありありと出ていたそうです。仕事内容は課長としての採用予定なのに、給料は新卒の初任給並みと言われたり、課長クラスは宿舎に入らなければならないので家族と一緒に引っ越してきなさいと言われたり、「辞退してくれ」と言わんばかりの対応。これではしょうがないということで、西田さんも断ったそうです。

1972年に勤労婦人福祉法が施行されたばかりで、男女雇用機会均等法(1985年施行)はまだありませんでした。女性の学芸員は、服飾の研究をしていた東京国立博物館の橋本澄子さんくらいという状況の中で、西田さんは5年ほど就職できずに過ごしました。

根津美術館に就職

転機が訪れたのは1981年です。慶応義塾大学の西川新治教授と東京国立博物館の林屋晴三さんの推薦を得て、根津美術館に課長として就職しました。西田さんのオランダ、イギリスでの研究成果とその価値を正当に評価して採用したのが根津美術館だったのです。

美術館で働くようになってからも、西田さんはコレクションを増やし続けました。
「やっぱり私はモノが好きなのです。色々な古美術商を巡って、店主と話をしていると新しい発見があります。怖い名物店主もいて、『陶磁器を研究しているならこれくらい買わなければだめだ!』と言われて買ってしまったり(笑)。考古学者の方々に誘われて、発掘調査に参加することも多かったので、破片にも詳しくなりました」と西田さんは楽しそうに思い出します。

「購入したものを実際使うことはありますか?」と質問すると、「お茶碗くらいは美術館職員の集まりの茶席で使うこともありますが、私は『割る』専門なので(笑)、日常的によく使うわけではありません」と茶目っ気たっぷりに答えてくれました。

数々の展覧会を企画されてきた西田さんですが、展示することで出会った作品や、展覧会には間に合わなかったけれどあったら良いなと思った作品なども求めていきました。例えば、1987年に開催した『阿蘭陀おらんだ』展で出会った「塩釉人物文水注」。

「塩釉人物文水注」  ヴェスターヴァルト窯 ドイツ  17世紀 5月27日から7月2日まで展示

「こんなの見たことない!」と気に入り、展覧会後に購入したそうです。キュッと引き締まった首に豊かな曲線を描く胴周り、象牙色の地に落ち着いたブルーのストライプや植物の文様が入ったエレガントな水注です。
ところがよく見ると、この優美なたたずまいとはちょっとミスマッチな「ヒゲ面のおじさん」が首のところに付いています。さすが西田さんのセレクションは、ひとひねりあります。
「この作品は、ドイツから江戸時代の日本に渡ったと考えられるのですが、このデザインは『髭徳利ひげとくり』として日本でも製作されるようになり流行ったのですよ」と西田さん。

この水注について、神田外語大学の櫻庭美咲さんは「オランダではライン炻器せっき製の水注やワインをライン川を通じて運ぶ貿易が盛んに行われた。そのためこうした酒器が、ワイン等をグラスに注ぐための生活の道具となったのである。17世紀オランダの巨匠フェルメールの絵画にも本作に似た水注が描かれている」と本展の図録『受贈記念 海を越えて、今ここに―西田コレクションのうつわ』で論考を寄せています。

「モノ」好きが企画する展覧会

西田コレクションは、見た目の魅力もさることながら、各国にまたがるバリエーション豊かなエピソードを持っている作品が多いので、図録とともに観賞すると、世界がどんどん広がっていきます。

「屈輪堆黒方盆」(南宋~元時代 13~14世紀) 4月15日から5月14日まで展示

1984年の『彫漆ちょうしつ』展を企画した時は、激しく割れた「黒漆屈輪文四方皿」などをコレクションに加えています。なぜ壊れたものも購入したのでしょうか?

「『彫漆』展は、徳川美術館と根津美術館の共催企画だったのですが、当時の徳川美術館館長の徳川義宣さんから『器の表面に何層にも塗り重ねられている漆の層を数えるように』と指示があったのです。層は、どこかが割れていないと数えられないので骨董屋さんを巡ってまずは破片を買いました。色々な破片の割れ目を観察していると、どうやって作られたか構造が分かりますし、どこから光を当てると層を数えやすいかも分かってきました。暗い倉庫で貴重な作品の層を数えなければいけないこともありましたので、その練習用も兼ねて買いました」と西田さんは振り返ります。

まさに研究者魂!その努力の結晶は、展覧会の図録に反映されました。それぞれの作品の「木胎」のところに、「黄地、緑、朱、黒、……… 塗り重ね」と、全ての層の色が記載されています。

ワクワクの秘訣

現在も根津美術館の顧問として活躍している西田さん。日本においては、女性学芸員のパイオニアとも言える彼女に、現在学芸員としてがんばっている皆さんに向けてメッセージを送ってもらいました。

「最近は、古美術商の方たちから『私たちと議論をしていく学芸員がいなくて寂しい』という声をよく聞きます。本を持ってきてそこに掲載されている作品を見せながら『これを貸してください』と事務的に伝える人が多いそうです。私はモノが好きなので、初めから借りるのだけが目的と決めていくのではなく、色々なモノを見ながら店主とあれこれ『あーでもない、こーでもない』と話しているうちに様々なことを発見していきました。モノが好きな人が企画すると面白い展覧会ができると思います。ぜひ、モノを好きになって、私たち見る人たちをワクワクさせてくれるような展覧会を催せる学芸員になってください」

モノに愛情を持って向き合うことで、ワクワクを発見していくとはステキです。これは、学芸員だけでなく、観賞する側にとっても、人生を豊かにする秘訣かもしれません。(聞き手 ライター・菊池麻衣子)

【西田宏子さんのプロフィール】
1939年、東京生まれ。根津美術館副館長兼学芸部長をつとめ、現在は同館顧問。専門は東洋陶磁史。慶應義塾大学文学部、オックスフォード大学大学院を卒業・修了。哲学博士。東京国立博物館勤務を経て、オランダ、英国、韓国へ留学。主著に『日本陶磁大系22 九谷』(平凡社、1990)、共著に『中国の陶磁6 天目』(平凡社、1999)などがある。

テーマ展示「西田コレクション受贈記念 Ⅱ 唐物/Ⅲ 阿蘭陀・安南 etc
会場:根津美術館 展示室5(東京都港区南青山6-5-1)
Ⅱ 唐物 会期:2023年4月15日(土)~5月14日(日)
※特別展「国宝・燕子花図屏風 光琳の生きた時代 1658-1716」と同時開催
Ⅲ 阿蘭陀・安南 etc 会期:5月27日(土)~7月2日(日)
※企画展「救いのみほとけ―お地蔵さまの美術―」と同時開催
開館時間:10:00~17:00
ただし5月9日~5月14日は午後7時まで開館(入館はいずれも閉館30分前まで)
休館日:月曜日 ※5月1日は開館
特別展入館料:一般 1,500円/学生1,200円/中学生以下無料
企画展入館料:一般 1,300円/学生1,000円/中学生以下無料
オンライン日時指定予約制
詳しくは館のホームページ(https://www.nezu-muse.or.jp/