【レビュー】「ルーヴル美術館展 愛を描く」 神話、キリスト教、人間たち…それぞれの愛はどう描かれたのか? 国立新美術館で6月12日まで

「愛してる」
音声ガイドから聴こえる満島ひかりさんの呟きで始まる「ルーヴル美術館展 愛を描く」。本展は、ルーヴル美術館の収蔵品の中から、選りすぐりの73点で「愛」の描かれ方を紹介する展覧会です。
26年ぶりの来日を果たしたジャン=オノレ・フラゴナールの《かんぬき》をはじめ、会場にはさまざまな愛の物語が。その一部をレポートします。

愛をテーマに綴る、ルーヴル美術館珠玉のコレクション

展覧会は、愛の始まる瞬間を描いた作品が集う「愛の発明」をプロローグとし、ギリシャ・ローマといった古代神話における愛、キリスト教の教えの中で語られた愛、そして現実世界の人々が織りなす愛、さらには19世紀フランスに流行した牧歌的な恋愛やロマン主義における悲劇と、4つの章で「愛」の表現をひも解いていきます。

フランソワ・ジェラール《アモルとプシュケ》、または《アモルの最初のキスを受けるプシュケ》1798年 展示風景

それにしても、さすがはルーヴル美術館。「愛」というテーマに合わせ、収蔵品だけでこれほど重厚な展覧会を編むことができるのは、ひとえに同館のコレクションが充実しているに他なりません。ポスタービジュアルにもなっているフランソワ・ジェラールの《アモルとプシュケ》、前述のジャン=オノレ・フラゴナールの《かんぬき》、そのほかドラクロワやブーシェ、メツーなど16世紀から19世紀半ばまでの西洋諸国の名品がずらりと並ぶ様子は圧巻です。

親愛、恋愛、一方的な愛──名画で向き合うさまざまな愛の姿

愛とは一体、どんなものでしょうか? そのあまりにも純粋な本能は、時に慈しみに溢れ、また時に相手を傷つけます。全く正反対な行動であるにもかかわらず、その発露は相手を愛するがゆえというのですから、不思議ですよね。
このように愛にはさまざまな姿がありますが、「神話」と「キリスト教」では、それぞれ描かれる愛の傾向が異なります。

セバスティアーノ・コンカ《オレイテュイアを掠奪するボレアス》1715-1730年 展示風景

神話に登場する愛の姿は、とてもプリミティブ。溺愛したり嫉妬をしたり、試練の末に愛を勝ち取ったり。その中でも多く目にするのが、欲望のままに相手を奪い取る愛です。
こちらはセバスティアーノ・コンカの《オレイテュイアを掠奪するボレアス》。王女オレイテュイアを見初めた北風の神ボレアスが、力ずくで彼女を連れ去ろうとしています。このように美しい人間を愛した神々は特殊な力で相手を自らのものにしようと試みますが、そのほとんどが悲劇的な結末を迎えており、愛の愚かさ、儚さを印象付けます。

一方キリスト教では、聖書に記された内容を描いているため、慈愛、敬愛、家族愛といった教訓を含んだものが多く見られます。キリスト教の代表的な主題である聖母子を描いたサッソフェラートの《眠る幼子イエス》は、汚れなき慈愛に満ちつつも、素朴な表情が親しみを感じさせます。

サッソフェラート(本名 ジョヴァンニ・バッティスタ・サルヴィ)《眠る幼子イエス》1640-1685年頃 展示風景

とはいえ神の子イエスの受難はご存じのとおりで、このような幸せな愛ばかりではありません。キリスト教におけるもうひとつの代表的な主題である磔刑では、イエスが自ら身代わりとなり人類を罪から救う、自己犠牲の愛が描かれています。そのほか法悦に至るマグダラのマリアは敬愛と性愛が入り混じったような恍惚の表情を浮かべており、官能的ともとれます。
しかしいずれも共通するのは「献身的な愛」。すなわち「アガペー(無償の愛)」が根底にあるのが特徴と言えるでしょう。

展示風景 キリスト教に登場するさまざまな愛を見比べることができる

リアルにして複雑 人間の愛はどう描かれたのか

それでは我々人間の愛は、どのように表現されているのでしょうか? ギョーム・ボディニエの《イタリアの婚姻契約》を見てみましょう。こちらは裕福な農民が婚姻契約書を交わす場面を描いたものです。

ギョーム・ボディニエ《イタリアの婚姻契約》1832年 展示風景

よく見ると絵の中の人々は、それぞれがバラバラな方向へ視線を投げていますね。婚約者を嬉しそうに見つめる男性、その視線を受けて顔をやや俯かせている女性。恥じらいか、それともこの結婚に乗り気ではないのか、なんとも言えない表情です。そんな娘の手を支えるように握る母親の大らかな眼差しとは対照的に、父親は若い召使いに興味津々。その召使いの視線はこれから嫁いでくる女性へ……と、何とも複雑な人間関係が見て取れます。

ジャン=オノレ・フラゴナール《かんぬき》 展示風景 部屋の閂(かんぬき)に手を伸ばす男性、そして彼を誘うとも拒むとも受け取れる女性。ドラマティックな一瞬を見事に描いたこの作品は、18世紀フランス絵画の至宝とも謳われる

18世紀に入ると、性愛をテーマにした作品は、神から人間へと描く対象を変えていきました。19世紀初頭には上で紹介したボディニエの作品のような複雑な関係を暗示させる絵画も見られるようになります。モティーフが現実世界に移ることにより、その内容も生々しく、現実味を感じさせるものになったのです。
同時に18世紀末から19世紀にかけ、牧歌的な愛や死に至る悲劇的な愛を主題に古典へ立ち戻る動きも注目されるようになり、その表現は多様化していきました。

このように16世紀から19世紀半ばまでの作品を追っていくと、普遍的な感情であるはずの「愛」も、時代ごとに描かれ方や流行のテーマが異なることに気づきます。
この先の未来、愛はどのように描かれ、人々に受け取られていくのでしょうか? まずはさまざまな表現によって紡がれる愛の姿を、ぜひ会場で味わってみてください。
(ライター 虹)

「ルーヴル美術館展 愛を描く」
会場:国立新美術館 企画展示室1E(東京都港区六本木7-22-2)
会期:2023年3月1日(水)~6月12日(月)
開館時間:10:00-18:00 ※毎週金・土曜日は20:00まで ※入場は閉館の30分前まで
観覧料:一般2,100円/大学生1,400円/高校生1,000円
※3月18日~31日は高校生無料(要学生証提示)
休館日:毎週火曜日 ※5/2(火)は開館
詳しくは展覧会サイト(https://www.ntv.co.jp/love_louvre/)で
問い合わせは050-5541-8600(ハローダイヤル)
展覧会twitter:@love_louvre2023
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