根津美術館に陶磁器を寄贈した西田宏子さんのコレクターと学芸員としての人生を聞く【前編】オランダ、イギリス留学時代

根津美術館(東京・南青山)では、2023年2月から展示室5で「西田コレクション受贈記念」というテーマ展示が行われています。これは2021年に、同美術館で長く学芸員を務めた西田宏子さんから陶磁器を中心とした工芸品169件の寄贈を受けたことを記念して、そのコレクションを3期にわけて紹介する記念展です。
西田さんは1975年には「オックスフォードで初めて博士になった日本女性」として週刊誌に掲載された方でもあり、女性の日本美術研究者の草分け的な存在です。どのようにして美術館に収蔵されるような作品をコレクションしていき、研究者や学芸員としてどのように成果を広めていったのでしょうか?インタビューを2回に分けて紹介します。後編はこちら(聞き手 ライター・菊池麻衣子)
オランダ留学時代
1939年に東京の糸商の家に生まれた西田さんは、慶應義塾大学を卒業した後に、東京国立博物館で秘書として働きます。そこで外国から博物館を訪れた研究者たちの調査に立ち会ったことが、陶磁器に関心を寄せるきっかけになりました。
「江戸時代にオランダへ輸出された日本の陶磁器に興味を持ち、東京大学史料編纂所の先生のところに頻繁に通って関連資料について質問攻めにしていたら、彼らも面倒になったようで『留学したら?』と言われました。それならまず大使館に行けば良いのかしら?とそんなところからのスタートです」と西田さんは振り返ります。それまで1人暮らしもしたことがなかったのに、いきなり留学。当然、両親は反対しましたが、せっせとオランダ語を勉強して中世の古文書も読めるまでになり、気がついたらオランダの下宿にいたというのですから、想像を絶する行動力です。
1968年当時、日本人留学生は、大変少なかった上に男性しかいなかったそうです。日々勉強に勤しみ、金銭的に余裕はなかった留学生時代でしたが、西田さんが「陶磁器を買いたい」と思ったのもこの時でした。
青空市で伊万里が数千円から
はじめてのクリスマスシーズンを迎えたある日、駐オランダ日本大使公邸のクリスマスパーティーに招待されました。そこで、オランダのハーグ市中のあちこちの広場が週末になると青空市になり、生鮮食品、クリスマスツリー、日用雑貨、そして骨董品などが販売されると聞いた西田さんは早速出かけて行きました。
青空市にはまさに研究していた「日本から輸出された伊万里」やヨーロッパ陶磁器が溢れていて、しかも、数千円くらいからの値段でした。
「学費は奨学金でまかない、食費などは削ってでも陶磁器を買うのが楽しかったのです。読み込んでいたタイス・フォルカー先生の著書『オランダ東インド会社の磁器交易』で見た染付磁器などもたくさんありました。ある日、山積みになっていたお皿の中に、『染付山水文輪花大皿』を見つけ、とても欲しかったので入手しました。『こんなの見たことがない!』というものを見つけると買いたくなってしまうのです」と西田さん。

20代で初めて購入したコレクションの一つであるこの大皿は、本展の第1回「Ⅰ IMARI」(3月31日まで)の一番最初に堂々と展示してあります。
オランダ留学時代には、日本から視察旅行で来る人たちを案内するアルバイトなどで稼ぎながら、青空市で陶磁器を買い続けました。
ある日、西田さんの質問攻めに音を上げて「留学したら?」と勧めた東大の先生たちが学会のためにオランダにやってきたこともありました。「雲の上の人のような先生を案内できてハッピーでした。オランダは、薄手の生地に色々な具材が乗ったパンケーキがとても美味しく、そんなパンケーキを出してくれるトラディショナルなレストランに皆さんを連れて行きました。ここぞとばかり色々なパンケーキ屋さんに行きましたよ(笑)」と西田さんは話します。
オランダの貴族の子孫から譲られた大皿
オランダ時代の重要なコレクションとして、紋章がデザインされた伊万里「色絵紋章文大皿」があります。西田さんは、研究に関連してヨーロッパ各地の美術館や個人コレクターをめぐりました。オランダの貴族の子孫であるビューレン家を訪れたときには、西田さんの熱心さに感銘を受けたビューレンさんが飾られていた中からこの大皿をプレゼントしてくれました。

その後の研究で、右がビューレン家の紋章、左はブレデローデという家の紋章で、1702年の両家の結婚に関連する製品であり、18世紀初めにオランダから伊万里(有田)磁器への注文生産が存在していたことが分かる学術上も非常に重要な作品であることが判明しました。(参照:本展の図録『受贈記念 海を越えて、今ここに―西田コレクションのうつわ』の佐賀県立九州陶磁文化館の藤原友子氏の論考より)
やはり、当時この価値を見抜いた西田さんだからこそ、手に入れることができた逸品といえるでしょう。
オックスフォード大学院時代
その後、イギリスのオックスフォード大学の大学院に進んだ西田さんは、目録作りのアルバイト代などを原資にして、引き続き輸出伊万里を収集していきました。一般の人たちも気楽に参加できる小さなオークションに足しげく通い、5ポンドから30ポンドくらい(数千円から数万円くらい)のものを買ったとのこと。ここでも、しっかりと掘り出し物を射止める手腕を発揮しました。
当時30歳くらいの若い日本人女性が、「少し壊れていてもドレスデンのあの頃と同じ手」や「バーリーハウスにあるあの花入れと同じタイプ」などと見極めながら落札していく様子を目の当たりにした参加者たちの驚く顔が目に浮かびます。

例えば、こちらの1対の花瓶は、同じ花瓶を所蔵しているイギリスの邸宅バーリーハウスに虎ではなく人物が貼り付けられた瓶があったそうです。輸出伊万里に関する膨大な知識があった西田さんだからこそ落札出来た作品です。
このようにして集めた陶磁器は、帰国するときに大きな木箱に詰め、西田さんの古着を緩衝材にして、割れることなく無事に海を越えました。半世紀後に、これらの陶磁器が美術館に収蔵されるなんて、その時誰が想像できたでしょうか!
順風満帆から一転 帰国後の就職難
オランダとイギリスで研究もコレクションも充実させた西田さんですが、日本へ帰国した後に厳しい就職難が待ち受けていました。日本でのお仕事やコレクションのお話の続きは、こちら。
【西田宏子さんのプロフィール】
1939年、東京生まれ。根津美術館副館長兼学芸部長をつとめ、現在は同館顧問。専門は東洋陶磁史。慶應義塾大学文学部、オックスフォード大学大学院を卒業・修了。哲学博士。東京国立博物館勤務を経て、オランダ、英国、韓国へ留学。主著に『日本陶磁大系22 九谷』(平凡社、1990)、共著に『中国の陶磁6 天目』(平凡社、1999)などがある。
テーマ展示「西田コレクション受贈記念 Ⅱ 唐物」 |
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会場:根津美術館 展示室5(東京都港区南青山6-5-1) |
会期:2023年4月15日(土)~5月14日(日) ※特別展「国宝・燕子花図屏風 ―光琳の生きた時代 1658-1716―」と同時開催 |
開館時間:10:00~17:00 ※5月9日~5月14日は午後7時まで開館(入館はいずれも閉館30分前まで) |
休館日:月曜日 ただし5月1日は開館 |
入館料:一般1500円、学生1200円、中学生以下は無料 オンライン日時指定予約制(当日券一般1600円も販売) |
詳しくは館のホームページ(https://www.nezu-muse.or.jp/) |
テーマ展示「西田コレクション受贈記念 Ⅰ IMARI」 |
会場:根津美術館 展示室5(東京都港区南青山6-5-1) |
会期:2023年2月18日(土)~3月31日(金) ※企画展「仏具の世界 信仰と美のかたち」と同時開催 |
開館時間:10:00~17:00(入館は16:30まで) |
休館日:月曜日 |
入館料:一般 1,300円/学生1,000円/中学生以下無料 オンライン日時指定予約制(当日券一般1400円も販売) |