【レビュー】春爛漫、「富士」と「桜」――山種美術館で特別展「世界遺産登録10周年記念 富士と桜 -北斎の富士から土牛の桜までー」 5月14日まで

特別展「世界遺産登録10周年記念 富士と桜 -北斎の富士から土牛の桜までー」 |
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会場:山種美術館(東京都渋谷区広尾3-12-36) |
会期:2023年3月11日(土)~5月14日(日) |
休館日:月曜休館、ただし5月1日は開館 |
アクセス:JR恵比寿駅西口、東京メトロ日比谷線恵比寿駅2番出口から徒歩約10分 |
入館料:一般1300円、高校・大学生春の学割500円、中学生以下無料(保護者の同伴が必要)ほか。 |
※前期(~4月16日)、後期(4月18日~)で一部展示替えあり ※詳細情報はホームページ(https://www.yamatane-museum.jp/)で確認を。 |
富士と桜、といえば、「ザ・ニッポン」の画題。日本画の「王道中の王道」である。その「王道中の王道」をテーマにしたのが、今回の美術展だ。けれん味のない堂々とした、こちらも「王道」といえそうな企画は、「日本画専門の美術館」である山種美術館ならでは、といったところだろうか。江戸時代の浮世絵から現代作家まで、展示作品は約50点。様々な時代の様々な作家が、工夫を凝らして「富士」と「桜」を描いているのである。例えば上掲の「展示風景」、右に見えるのは、小松均の《赤富士図》(1977年、紙本・彩色、山種美術館蔵)だが、火口からマグマが溢れ出し、地表をのたうち回っているように見える。まるでそれは、作家自身の絵画制作に対する葛藤が仮託されているようなのだ。


「富士」と「桜」のパートに分けられた今回の展覧会。浮世絵で富士、といえばまずは葛飾北斎。「赤富士」として有名な《冨嶽三十六景 凱風快晴》とともに展示されているのが、版本の『富嶽百景』だ。前期で展示されている「登龍の不二」は、晩年の肉筆画の傑作、《富士越龍図》(北斎館蔵)を思わせる作品である。とても江戸時代に出版されたとは思えない見事な保存状態で、所有者・浦上氏のコレクションに対する深い愛着が伝わってくる。浮世絵の世界で「風景画」を確立したのが、北斎と歌川広重、同時代に活躍した2人の絵師だった。その2人が富士山を描いた作品が、いずれも美品で見ることができる。それだけでも価値がある展示だといえるだろう。


近代作家の作品も豊富。冒頭に挙げた小松均のほか、生涯を通じて富士を描き続けた横山大観、大正期の京都画壇で活躍した橋本関雪など、ずらり重厚な作品が並ぶ。「霊峰」という言葉がふさわしい大観の富士、力強い生命力を感じさせる関雪の富士、アーティストの描き出す山の姿は多種多様である。これだけで一つの展覧会を開けるだろう、と思ってしまう質量の豊富さだ。富士山がユネスコの世界遺産に登録されて今年で10年。この展覧会はそれを記念したものでもあるが、どれだけ富士山が日本人から愛されてきたのか、会場を一覧すると、それがよく分かる。


「桜」の方も多士済々。奥村土牛の《醍醐》は、山種美術館が所蔵する「桜の絵」としてはもっとも世に知られたものだろうか。そのモデルとなった京都・総本山醍醐寺にある「太閤しだれ桜」を組織培養した桜の木が美術館の玄関脇に植樹されている。その花と絵の中の花を愛で比べてみるのも面白いかもしれない。菱田春草、上村松園、松岡映丘・・・・・・こちらのコーナーも、そうそうたる作家たちが並んでいる。下の「展示風景」の右端が、映丘の《春光春衣》(1917年、絹本・彩色、山種美術館蔵)だが、「やまと絵」の風情を強く感じさせる華麗で雅びな作品だ。


第二展示室のテーマは「夜桜」。暗闇の中、月光の下で美しく咲く桜の花を、千住博、加山又造、速水御舟らが幻想的に描いている。神々しくもどこか恐ろしい。「桜の樹の下には屍体が埋まっている」と書いたのは、『檸檬』で有名な明治の作家、梶井基次郎だが、さもありなん、と思わせる不思議な雰囲気が「夜桜」の絵の数々から漂う。こちらの方もボリュームたっぷり。「富士」と「桜」、「ザ・ニッポン」を堪能できる展覧会、贅沢な「品揃え」なのである。
(事業局専門委員 田中聡)
