【レビュー】「YU SORA展」資生堂ギャラリーで4月9日まで 黒で縫う白い世界とは? ささいな日常の幸せに気づかせてくれる展覧会

ものが全て白でできている世界ってすごく非日常的。
資生堂ギャラリーで開催中の「YU SORA展」(入場無料、4月9日まで)の会場に足を踏み入れたときの第一印象です。amazon の空箱も、 アイロンも、 積まれた本も、眼鏡も、 ソファーも、 全部白い。置いてあるものは、 ごく普通に家にあって、 意識しないほど当たり前のものばかりなので、これらに色がついていたら、「ああ、平凡な部屋をここに再現したのね」と 感じるでしょう。
もう一つ、このありふれた生活のワンシーンが非日常感たっぷりに感じられる理由は、これらの白い日用品が黒い糸でふち取りしてあることです。誰かがボールペンで描いた絵が、そのまま立体的に飛び出してきて自分を取り囲んでいるような……。
モノクロのアニメーションの世界に迷い込んだ探検者になりきって、会場を巡ってみました。
日常のようで非日常を感じる展示空間
まずはテーブルの上に置いてある牛乳パックを見つけました。
原寸大で、 パックのデザインや書いてある文字まで緻密に再現されています。何て変わっているのでしょう。刺繍した黒い糸の先がそのまま長く垂れ下がっているのです。なんだか夢に出てきそう。

次のインスタレーションを見ると、自宅の部屋の片隅にいる気分になりました。
買ってきたばかりの洋服は、 とりあえず袋に入れたまま椅子の上に置いて、 おやつを食べたあとのお皿や、 目薬などもテーブルの上におきっぱなし。
「後で片付ければいいや」と思っているとこんな風になってしまうのですよね。

そして壁の作品に目を移すと、テレビとエアコンのリモコンが、白い布に黒い糸でドローイングしてあります。こういうリモコン、うちにもあるんです。

自宅のようなワンシーンが切り取られてそこかしこにあるのに、非日常的。その不思議な感覚がたまらなくて夢中になってしまいました。
安堵感に満ちた日常を描きたい

作家のYU SORA(ユ・ソラ)さんは、 なぜこのような生活の舞台をギャラリー空間に創りあげたのでしょうか?
2011年に日韓合同卒業制作展で横浜に滞在したYUさんは、東日本大震災が起きたとき、渋谷駅にいたそうです。彼女自身が大きな被害を受けたわけではありませんが、帰国してから長い時間をかけて、このとき多くの人の日常が一瞬で失われたことについて深く考えたとのこと。そしてそれ以降も、多くの人々の日常が瞬時に奪われる出来事に注意を向けてきました。
母国韓国で起きた大型旅客船セウォル号の沈没事故、日本で経験したコロナ禍、ウクライナでの戦争、トルコの大地震など不安が続く世界にあって、日常はともすれば崩れてしまう脆いものでもあるということを実感したそうです。
そんな彼女は、普通に過ごしている日々の大切さに気づいた上で、安堵感に満ちた日常を描きたいと作品を作り続け、公募プログラム「第16回 shiseido art egg」(※1)に入選。今回の展覧会「もずく、たまご」が実現しました。
「できるだけ些細な日常のものを探して作品にしています。『家に落ちてたレシートみたい』とか『これ、家のケーブルと一緒』などと言いながら見てもらえると嬉しいです」とYUさん。
「もずく、たまご」という展覧会のタイトルは、彼女のポケットにクシャクシャになって入っていたレシートからきているようです。

彼女は、 ささいであればあるほど普遍的で共感できる日常を表現できると考えています。自分の日常だけではなく、見知らぬ人がInstagramに投稿した日常の画像なども、制作の参考にしているそうです。
確かに、筆者の財布にもくしゃくしゃになったレシートがよく入っていますが、「戦争まっただ中の都市ではコンビニも開いてないよね」などと思うと、いつでもコンビニに立ち寄ることができるだけでも幸せなのかもしれないと思えてきました。

白い布に刺繍された、 キーホルダーにつながれた鍵のドローイングは、誰もが持っていそうな家の鍵です。日本では、このように簡単な鍵をかけて、一枚の扉で隔てた家の中が、誰にも侵入されない安全な場所になっています。ですが、そんなに簡単に安全を確保できることも、当たり前ではないのかもしれません。
何もない平凡な日常が永遠につづくかのように生活していられる私たちの毎日が、むしろ奇跡のように思えてきます。

はかない日常の幸せを表現
ここでYUさんに、無雑作に垂らしたままにしている黒い糸の意味をたずねてみました。
「ふだん何気なく過ごしている日常は、事故や、 病気などで、すぐに崩れてしまいます。私はこの黒い糸をそのまま処理せず残しておくことで、引っ張るとすぐに崩れてしまう、はかない日常を表現したのです」と彼女は教えてくれました。
この話を聞いたとき、ふと思い出したのは、ロシアによるウクライナ侵攻後、母親と2人で日本へ避難した17歳のミラーナ・アジーマさんがニュース映像(NIKKEI Film)の中で語っていた言葉です。
「2月24日まではずっと(平和だった)。戦争なんて歴史の中の話だと思っていた。キーウの駅に着いたらすべての電気が消えていて真っ暗だった。星空がきれいで美しさと恐怖を感じた。
(中略)
平凡で退屈な日常の方が100%いいに決まっている。戦争の日々よりも……。日本人は今ある平和な時間をもっと大切にしたほうがいいと思う。平和な時間は突然終わってしまうから。そんなによくない日々だとしても戦争よりはマシだ」
出典:https://www.nikkei.com/telling/DGXZTS00003550S3A220C2000000/
私たちは、 「YU SORA展」の白くてはかない世界を出たら、カラフルでゆるぎない日常に戻れると確信しているからこそ心置きなく鑑賞を楽しむことができます。
ところが、外のカラフルな日常の世界も、実はこの白い世界と同じくらいはかないのかもしれないということをこの展覧会は気づかせてくれました。
ささいな日常とは、なんて貴重なものなのでしょう。
この幸せな日常を、ささいなことで壊してしまわないよう、大切にしていきたいものです。
※1 shiseido art egg(シセイドウアートエッグ)とは
2006年にスタートした公募プログラムで、新進アーティストの「新しい美の発見と創造」を応援するもの。入選者は資生堂ギャラリーで開催される通常の企画展と同様に、担当キュレーターと話し合いを重ね、展覧会をつくり上げる。
16回目となるshiseido art eggでは、岡ともみ、YU SORA、佐藤壮馬が入選。2023年1月24日(火)~5月21日(日)にかけて、3名の個展が開催される。
YU SORA(ユ・ソラ)プロフィール
1987年韓国、京畿道生まれ。2011年弘益大学(Hongik University, 韓国)彫塑科卒業。2020年東京藝術大学大学院美術研究科 彫刻専攻修士課程修了。刺繍の平面作品や立体作品のインスタレーションなど、白い布と黒い糸を使った作品を展開している。2013年黄金町バザール参加、2019年六本木アートナイト参加。2020年第68回東京藝術大学修了作品展買上作品・杜賞を受賞。2018年Tokyo Midtown Award 優秀賞、 2022年Sanwa company Art Awardグランプリを受賞。近年の主な個展に「普通の日」(あまらぶアートラボ A-lab, 兵庫, 2021年)、「些細な記念日」(Gallery Lotte, ソウル, 2018年)、「引越し」(YCC Gallery, 横浜, 2017年)など。http://yusora.co.kr/
Instagram:@heartysora
第16回 shiseido art egg「YU SORA 展」 |
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会期:3月 7日(火)~ 4月 9日(日) |
会場:資生堂ギャラリー( 東京都中央区銀座8-8-3 東京銀座資生堂ビル地下1階) |
開館時間:火~土 11:00~19:00 日・祝 11:00~18:00 |
入場料:無料 |
休館日:毎週月曜休(月曜日が祝祭日にあたる場合も休館) |
アクセス:地下鉄銀座駅 A2出口から徒歩4分 地下鉄新橋駅 1番出口から徒歩4分 JR新橋駅 銀座口から徒歩5分 |
詳しくは展覧会HPへ。 |