【開幕レビュー】「生誕120年 棟方志功展 メイキング・オブ・ムナカタ」富山県美術館で5月21日まで

NEW
《鍵板画柵》から《大首の柵》1956年(1957年摺) 青森県立美術館

棟方志功(1903-1975)と聞くと、この記事の最初に挙げた浮世絵の美人画を下敷きにした《大首の柵》のような女性の顔や、仏像の版画がイメージされるのではないでしょうか?

生誕120年を記念し、棟方が住み、活動の拠点とした青森、東京、富山の三つの地域の美術館が協力して開いた本展では、板画(木版画)はもちろん、倭画やまとが(肉筆画)、油画といった様々な表現法を横断しながら、多岐に渡った作品を残し、「世界のムナカタ」と称された芸術家の創造の奥行を改めて示し、これまでの私たちが抱いていた棟方のイメージを大きく広げてくれます。

「ゴッホになる」

青森市の鍛冶屋の息子として生まれた棟方は、ねぶたの強烈な色彩や、凧絵の表現に夢中になり、独学で絵を描き始めます。友人からゴッホの《ひまわり》を見せてもらうと、「わだばゴッホになる」と油彩の道を歩み始めます。

《八甲田山麓図》1924年 青森県立美術館

《八甲田山麓図》は故郷の山を描いた貴重な1枚で、ゴッホだけではなくセザンヌらポスト印象派の作品を学んでいたことがうかがえます。

民藝との出会い

《大和し美し》の一部 1936年 日本民藝館

1924年に絵の修行のために上京した棟方は、1928年に5度目の挑戦で帝展に入選し、この頃から版画を中心に制作するようになりました。

1936年には民藝運動の主導者、柳宗悦と運命的な出会いをします。きっかけとなったのは《大和やまとうるわし》。全20図のこの作品を第11回国画会展に搬入しようとしたところ、あまりに長大なため一部が陳列拒否となりかけました。たまたま通りかかった柳の目に作品が留まったおかげで、すべてが展示され、日本民藝館の収蔵品として買い上げも即決されました。民藝との出会いで、仏教や日本文化への理解が深まり、新たな境地が開かれました。

富山・福光への疎開

《法林經水焔巻》の一部 1945年 個人蔵

太平洋戦争末期の1945年4月、戦火を逃れて富山県福光町(現・南砺市)に疎開します。福光での活動にはこれまであまり光が当てられていませんでしたが、最も油の乗っていた時期でもありました。《法林經水焔巻ほうりんきょうすいえんかん》は、福光駅から当時の住まいまでの約2.5㌔の道のりを描いた2巻、約13㍍にも及ぶ絵巻です。当時の街並み、親交を深めた人々の姿のほか、説明の文字もつぶさに描かれいます。赤いポストなどは今も残っているそうです。

《華厳松》1944年 躅飛山光徳寺
《稲電・牡丹・芍薬図》1944年 躅飛山光徳寺

こちらの襖絵は、疎開に先駆けて、福光の光徳寺から依頼を受けた作品。《華厳松》は墨の飛沫が飛び散るダイナミックな筆致で、松の大樹を描いています。その裏の《稲電・牡丹・芍薬図》は一転、ひっそりと咲く花を描いており、表裏のコントラストが鮮やかです。この襖絵は、これまでほとんど同寺以外で公開されたことはなく、裏面は同寺でも通常非公開ですから、貴重な機会です。

多彩なテーマ、型破りなサイズ

《幾利壽當頌耶蘇十二使徒屏風》1953年 五島美術館

冒頭にも書いた通り仏教のイメージが強い棟方ですが、《幾利壽當頌耶蘇きりすとしょうやそ十二使徒屏風》はキリスト教の12使徒をテーマにした屏風です。日展出品作ですが、「横六尺以内、縦は制限しない」という規定を逆手に取って、高さ3㍍という巨大屏風を作りました。1955年に百貨店で開かれた展覧会では、天井高が足りずに傾けて展示されたそうです。展示も約60年ぶりだそうです。

《賜顔の柵》1964年 青森県立美術館

賜顔しがんの柵》は、1959年にルーブル美術館を訪れた際に見た《サモトラケのニケ》の彫刻をモチーフに、失われた頭を童子たちが首の上に運んで据えようとするユーモラスな作品です。

《恐山の柵》1963年(1964年摺)棟方志功記念館

故郷青森の恐山で死者の口寄せを行う「イタコ」を題材にしたのが《恐山の柵》。指のとがった大きな手など、あの世と交流する巫女たちの神秘性が伝わってきます。

《大世界の柵「坤-人類より神々へ」》1963年(1964年摺)棟方志功記念館

1960年代には、パブリックアートの大作を次々に作っています。《大世界の柵「こん-人類より神々へ」》は倉敷国際ホテルのロビー壁画として制作されました。横幅は13㍍近くあり、72枚の版木が使われています。大き過ぎたため2段に分けてホテルの2階と3階の吹き抜けに、今も飾られています。この6年後には、この版木の裏を使って大阪万博の日本民芸館のために「けん-神々より人類へ」が作られました。

型破りなほど大きな作品をいくつも取り上げましたが、本の表紙や包装紙のデザインなどにも多くの作品が残っています。

教科書など本の表紙のデザインも

谷崎潤一郎の『鍵』をはじめ小説の表紙や挿絵は有名ですが、中学数学の教科書の表紙なども手がけていました。民藝の影響が感じられる、こんな素敵な表紙なら勉強が楽しくなりそうです。

包装紙のデザイン

包装紙のデザインなども気軽に引き受けていたので、全国各地に包装紙や商品パッケージが今も引き継がれています。

《東海道棟方板画》1963‐1964年(1964年摺)から「由比:海工事」 棟方志功記念館

駿河銀行創立70周年記念事業として依頼された現代版の「東海道五十三次」は異色な作品です。62柵からなりますが、遠くに富士を望む由比海岸には、テトラポットなど工事の様子が描かれています。高度成長で失われていった自然への哀惜も伝わってきます。

そのほか詩人の草野心平の詩を版画に組み込むなど、ほかの芸術分野とも境目なくコラボして芸術世界を広げました。

自画像と被写体としての棟方

最後は自画像や、被写体となった棟方を取り上げています。

様々な自画像

自画像は初めて渡米した1959年以降、晩年に至るまで数多く残されています。また、板に顔を極端に近づけ、一心に彫刻刀を振るう土門拳の写真やNHKの貴重な映像もたくさん見ることができます。あまりなじみのなかった方にも、棟方が身近に感じられるようになるのではないでしょうか。

「世界のムナカタ」の創作活動の広がり、多彩さに圧倒されながらも、見終わった後は棟方が創作に注いだ情熱やパワーが確実に伝わって、元気がもらえます。青森と東京にも巡回しますので、ぜひ一度会場に足を運んでみてください。(読売新聞美術展ナビ編集班・若水浩)

2023年7月29日(土)〜9月24日(日) 青森県立美術館
2023年10月6日(金)〜12月3日(日) 東京国立近代美術館

「富山県美術館開館5 周年記念 生誕120 年 棟方志功展 メイキング・オブ・ムナカタ」
会場:富山県美術館(富山市木場町3-20)
会期:2023 年3 月18 日(土)~5 月21 日(日)
休館日:毎週水曜日(5 月3 日は開館)
開館時間:9 時30 分~18 時00 分(入館は17 時30 分まで)
観覧料:一般:1,500円、大学生:1,000円、高校生以下無料
※一般前売券の販売は、3 月17 日(金)まで
詳しくは、同展HP