【レビュー】「初代 志野宗信没後五百年記念-香道 志野流の道統-」5月31日まで細見美術館で 500年余の伝統の香りの深さに感じ入る

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志野流伝来 名香「蘭奢待」 松隠軒蔵  明治天皇が香木の一部を切り取る、截香(せっこう)されたもの

日本独自に発展した香道に関する品々を紹介する、珍しい展覧会が細見美術館で開かれています。香道とは一定の作法のもと、香木から立ち上る香りを楽しむもので、古典文学や書道の素養、高い精神性を求められます。展覧会は香道の二大流派の一つである志野流の初代、志野宗信そうしん没後500年を記念して開かれるものです。これだけの資料が一度に公開されるのは初めてだそうです。香木の「蘭奢待」などは聞いたことはあっても、ふだんあまり馴染みの無い香道。その道の奥の深さに感じ入るものばかりです。

特別展「初代 志野宗信没後五百年記念―香道 志野流の道統―」
会場:細見美術館(京都市左京区岡崎最勝寺町)
会期:2023年3月4日(土)~5月31日(水)
開館時間:午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日:月曜日(5月29日は開館)
アクセス:京都市バス「東山二条・岡崎公園口」下車徒歩3分 「美術館・平安神宮前」下車徒歩5分 地下鉄「東山駅」下車徒歩10分
入館料:一般1500円/学生1300円
詳しくは細見美術館
家元後嗣・蜂谷宗苾氏による聞香のデモンストレーション
聞香に使われた香炉と香木

展覧会に先立つ報道内覧会で、家元後嗣・蜂谷宗苾はちやそうひつ氏による一炷聞き聞香作法を拝見しました。香道では香りを「聞く」と表現します。香炉に燃焼した炭団を入れ、灰を成形してその上に銀葉と呼ばれる雲母の板を置き、薄く小さく切った香木を乗せて熱します。灰の山の高さが1ミリ違うだけでも、香りが違ってしまうほど繊細なものだそうです。季節や天候によっても変化します。香道は自然との対話だと宗苾氏は言います。

再現 香席「松隠軒」図 以下いずれも松隠軒蔵

『日本書紀』によると日本の香の文化は、推古天皇3(595)年に淡路島に香木が漂着したことから始まります。その後、仏教の儀礼や平安貴族たちの宮廷文化、さらには武士の香などと広がります。志野流は室町時代、八代将軍足利義政の近臣・志野宗信によって体系化され、現家元20宗玄そうげん氏まで500年にわたって継承されて来ました。「松隠軒しょういんけん」の図は足利義政が東山慈照寺(銀閣)に建てた香座敷「弄清ろうせい亭」を基に、香席のあるべき姿として描いたもので、歩数まで計算されているそうです。

再現 香席「松隠軒」

宗家の香席「松隠軒」を再現して道具類を配置した展示です。中央に香道具を飾り付けた志野棚。左には硯と文台。右には螺鈿の卓に置かれた香炉。掛け軸の字は19宗由そうゆう筆「香」。志野流はもともと京都にありましたが、幕末の禁門(蛤御門)の変(1864年)で家が焼けてしまいます。そこで尾張徳川家の庇護の下、今の名古屋市に移りました。長く蔵に保管されていた品々も含め、160年振りの「京都帰還」に関係者も感慨深いということです。

上の写真より香道具を飾り付けた志野棚

歴代宗匠の肖像画や書、門人帳などの資料も並んでいます。志野流は一子相伝で、入門も流派の精神と伝統を生涯守り続けることを誓約した者のみに許され、作法などを漏らすことや分派は許されないのだそうです。

志野流初代志野宗信画像(部分)  江戸時代

中国北宋の詩人・黄庭堅の作とされる、10の香の効用を書いた「香十徳」には、「感覚を研ぎ澄ます」「心身を清浄にする」「孤独感を癒す」などとあります。現代のアロマセラピーのようです。出てくる門人の名前も凄い。細川幽斎、三好長慶、松永弾正、千宗易(利休)、今井宗久、蒲生氏郷、織田有楽、本阿弥光悦など。まだまだ知った名前を見つけられそうです。香道の影響力の大きさがうかがえます。

志野流伝来 家木「伽羅」

香道は沈香香木といわれる香木の香りを鑑賞するのですが、この香木は東南アジアなどの熱帯雨林でだけ採集されるものです。長い年月と偶然によって生み出され再生不可能な大変貴重なものです。

「六十一種名香」

初代宗信は将軍義政の命で、婆娑羅ばさら大名として有名な佐々木道誉蒐集の180種の名香を分類、さらに三条西実隆所有の66種を精選して「六十一種名香」を選定しました。特に「東大寺」は正倉院御物の「蘭奢待」から切り取られたもので、名香中の名香です。それぞれの香片は香名を書いた金箔、銀箔の香包に包み、さらにそれを色とりどりの紙で包んで、六つの包みに分けて収められています。展示ではそれをほどいて並べてあります。

ちなみに「東大寺」という名は「蘭奢待」の文字に隠された文字から採っているそうです。

挿枝袋・十二ヶ月挿枝 一揃 江戸時代

「挿枝袋」は香を入れるための袋で、香会に参加する人は各人がこの袋に香を入れて持ち寄ります。口の結び目にそれぞれの月を表わす造花を挿して、飾り物とする場合もあります。香りを放つ生花を香席に持ち込むことはできないための工夫なのだそうです。季節を楽しもうという先人の知恵を感じます。

古法志野結び十二ヶ月(志野袋) 一揃 江戸時代

志野流に伝わる紐結びの手本として制作されたもの。紐は色もとりどりで、結び方も長緒、三つ輪、花結び十二ヶ月などたくさんあるそうです。優雅ですが複雑そうです。普段から結んでいないと忘れてしまうとか。

松隠軒所蔵の香炉の数々
菊花蒔絵十種香箱 江戸中期 一具 細見美術館蔵

すべての香の道具を一つの箱に収めます。これだけの品がよく小さな箱に入るなと思いますが、やはり収め方を知らない人には無理だそうです。

香幕香屏風之図巻物 一巻 江戸時代 松隠軒蔵

香りを聞く時に風で香りが拡散しないよう、また装飾的な面から周囲に美しい絵模様のある幕や屏風を立てるそうです。その絵を描いた図巻物です。内覧会での宗苾氏の聞香の際にも綺麗な香幕が立てられていました。

室町時代に体系化され500年余にわたって受け継がれてきた伝統、そして現代に生きる美術工芸品の数々。「多様な日本文化の一つの結晶」という言葉を実感できる展覧会です。
(ライター・秋山公哉)