【美術人ナビ】広島市現代美術館 黒川紀章の代表作 約2年3か月にわたる改修を経て3月18日に再開館 変えたものと残したものは?

地域の美術館を応援する「美術人ナビ」。第6回は広島市現代美術館を紹介する。同館は建築家の黒川紀章が設計。老朽化した建物を改修し、3月18日に再開館する。同館主任学芸員の松岡剛さんと、改修設計を担当した黒川紀章建築都市設計事務所の藤澤友博さんに改修のポイントを聞いた。
改修で「変えたもの」「残したもの」

1 アプローチプラザ

<松岡> ここの屋根だけは張り替えませんでした。
<藤澤> 屋根と同じアルミ板を特注するのは、費用などを考えると難しい。あまり劣化していないので、防水対策にとどめました。
<松岡> 建築当初床に置かれた被爆石(茶褐色部)は、修復して再設置しました。
2 エレベーターの三方枠

<松岡> エレベーター工事のために、入り口の三方枠を取り外しましたが、素材の蛇紋岩(暗緑色の岩石)はまだ使える状態で。
<藤澤> その蛇紋岩を砕き、セメントと混ぜて作った「テラゾータイル」が、再び三方枠として同じ場所に戻ってきました。
3 増築部分

<松岡> 約200平方メートルのスペースを増築。ワークショップなどを行う多目的スペース「モカモカ」や、カフェとして活用します。
<藤澤> 建物の中からは外の自然が、外からは中の様子が見えるよう、ガラス張りに。既存の建物との連続性も意識しました。
4 公衆電話ブース
<松岡> 蛇紋岩をふんだんに使った美しいブースでしたが、最近はあまり使われていません。
<藤澤> そこで、ガラスを前面に配置し、ブースをディスプレイとして再活用。「使われる側」から「見られる側」へと、解釈を転換しました。
5 ピクトグラム
Uや〇など建物の形を組み合わせ、多様性にも配慮したピクトグラム。館内の随所に登場。
※このほか、展示室は照明をLED化し、一部の壁を強化した。
◇黒川紀章(1934~2007年)
戦後日本を代表する建築家。広島市現代美術館は黒川が理想とした「共生の思想」に基づき、「自然と建築」「過去と未来」などの共生を表現。建物中央にある「アプローチプラザ」の屋根の切り込みは、原爆の爆心地を指す。

黒川紀章の代表作を改修 「調和と挑戦」

――広島市現代美術館は、黒川紀章の代表作です。改修で目指したものは?
<藤澤> 「調和と挑戦」をテーマに、改修をすすめました。「調和」とは、30年以上前に建てられた美術館を今の時代に合わせて使いやすくすること。「挑戦」とは、黒川紀章の作品をいかにして後世に残すかということです。
――あえて変えなかったところも多いのですね。
<藤澤> この美術館は、黒川が生涯にわたって提唱した「共生の思想」を実現した建築です。当時の設計思想や記憶を受け継ぐために、劣化が著しいところ以外は残す方針にしました。
<松岡> 今では手に入らない素材や再現できない技術が詰まった建物でもあります。柱から床のタイル、壁の石まで、「変えるもの」と「残すもの」をひとつひとつ選別しました。

――新たに加えたものもあります。
<藤澤> 建物は、各時代を生きる人に使われることで残されていくものなので、今の時代に利用者が求める機能を加えることは必須です。ただ、その加え方が黒川の意図から外れてはいけないし、もとの意匠をコピーするのも違う。そこで、ピクトグラムや増築部分など、各所で意匠の「進化」と「深化」を狙いました
――広島市現代美術館にとってこの建物の価値は?
<松岡> さまざまな素材や文化をまとめあげた建物で、まさに多様な価値観を体現しています。多様性が重要になるこれからの時代に、お客さまとさまざまな関わり方をしていく当館にとって、大切な存在です。
<藤澤> 公衆電話ブースを活用した作品が生まれるなど、建物と作品の境界があいまいであることも、この美術館の面白さです。
――再開館後、どんな美術館にしたいですか?
<松岡> 展覧会はもちろん、カフェと連携したイベントなど、多彩な企画を実施したいです。「お客さまに楽しみ方を選んでいただける美術館」を目指します。
(聞き手・美術展ナビ編集班 美間実沙)
公立初の現代美術専門
1989年、公立館としては日本初の現代美術を専門とする美術館として開館。標高約70メートルの小高い丘・比治山の尾根に位置する。JR広島駅から直線距離で約1キロ・メートル。
「第2次世界大戦以降の現代美術の流れを示すのに重要な作品」「被爆都市としてのヒロシマと現代美術の関連を示す作品」「将来性ある若手作家の優れた作品」を中心に収集。2020年12月に休館し、約2年3か月にわたる改修工事を実施した。「鶴見分室101」を開設するなど、休館中も館外で展示やイベントを行った。
もっとも大きく高額な作品 寺口淳治館長

この建物は、当館にとってもっとも大きく、高額な作品です。「スクラップ・アンド・ビルド」を繰り返すこの国で、この建物を残せたことは、私たちにとって大きな意味を持ちます。
当館は開館当初から、お客さまに親しんでいただける美術館を目指してきました。一方で、ポピュリズム(大衆迎合主義)には同調しないよう、肝に銘じてきました。この方針はリニューアルオープン後も変わりません。建物を含め、当館の作品を後世に繋いでいきます。
出来事の前と後 考える 特別展

再開館初日の3月18日、「リニューアルオープン記念特別展 Before/After」が開幕する。
改修工事で生じた「前/後」を足がかりとし、劣化、再生、原子力、爆発、夢、楽園など、様々な出来事を機に生じる「前/後」について、作品をとおして考える。出品作家は、第6回ヒロシマ賞受賞作家のシリン・ネシャットをはじめ、オノ・ヨーコ、河原温など45人/組。
同館のコレクションを中心に、本展のための新作も含む約100点を、展示室にとどまらず全館を活用して紹介する。
(※)美術館連絡協議会
1982年、全国の公立美術館が連携を図り、芸術、文化の向上および発展に資することを目的に設立された。読売新聞社などの呼びかけに賛同した35館で発足、現在は47都道府県の149館が加盟している。
創立40周年の節目を迎えるにあたり、2022年4月に前文化庁長官の宮田亮平氏を会長に迎えた。今後も美術館の発展を通じて、広く市民が芸術に親しむことができるよう、様々な取り組みを進める方針。
美術館連絡協議会のホームページ(https://birenkyo.jp/)
(この記事は、2023年2月22日の読売新聞朝刊に掲載された「美術人ナビ」の記事をリライトしたものです)