【レビュー】色彩でたどるローランサンの魅力!Bunkamura ザ・ミュージアム「マリー・ローランサンとモード」 4月9日まで

左:マリー・ローランサン「サーカスにて」 名古屋市美術館 1913年頃 油彩・キャンヴァス 右:マリー・ローランサン「舞踊」1919年頃 油彩・キャンヴァス マリー・ローランサン美術館

マリー・ローランサンの芸術を軸として、ココ・シャネルやポール・ポワレなど、両大戦間のファッションをテーマにした展覧会「マリー・ローランサンとモード」が、Bunkamura ザ・ミュージアムで4月9日まで(※)開催されています。

※ 京都市京セラ美術館(4月16日から)と名古屋市美術館(6月24日から)に巡回します。

美術展ナビでは、すでに展覧会速報や、グッズ開封特集などが公開されています。今回は少し視点を変えて、ローランサンの「色彩」に注目して、展覧会をもう一度チェックしてみましょう。

色彩を獲得していく歴史に着目

ファッションと絵画のマリアージュが本展の最大の見どころですが、実はもう一つ面白い鑑賞のポイントがあります。

それが、ローランサンの画業の変遷が楽しめる展覧会であるということです。画業初期の1910年頃から円熟期の1930年代まで、幅広い時代の作品が出展されているため、「時代別に見比べる楽しみ」が味わえるのです。

展示は必ずしも時系列順には並んでいないので、まずはザーッと最初から最後まで見て、各作品のキャプションから、制作年代を逐一チェックして、頭の中で作品を初期から晩年まで並べ直してみましょう。すると、面白いことがわかってきます。

左:マリー・ローランサン「黒いマンテラをかぶったグールゴー男爵夫人の肖像」1923年頃 油彩・キャンヴァス
右:マリー・ローランサン「ピンクのコートを着たグールゴー男爵夫人の肖像」1923年頃 油彩・キャンヴァス ともにパリ、ポンピドゥー・センター

それは、ローランサンの画業をたどると、彼女が色彩を徐々に獲得していく歴史が見えてくるということです。ほぼ灰褐色に覆われた初期作品(本展では出品されていません)から、色調の違うグレーを使い分けながら、ピンク、青、緑、黄色、赤がバランスよく配された晩年へと、画面がどんどん明るくなっていくのです。

それでは、ローランサンの色彩獲得の歴史を、展示作品をみながら振り返ってみましょう。

基本の色彩は「ピンク」「グレー」「青」の3色

マリー・ローランサン 「ニコル・グルーと二人の娘、ブノワットとマリオン」 1922年 油彩/キャンヴァス マリー・ローランサン美術館 © Musée Marie Laurencin

ローランサンの初期作品では、抽象的なかたちや暗めの色調が目立ちます。これは、彼女がピカソやブラックといった、当時最先端の前衛芸術だったキュビスムの画家たちの影響もありました。「色」よりも「かたち」の面白さを追求するキュビスムの画家たちは、画面を一様に褐色や灰色で描くことが多く、彼女もまた仲間たちの作風から大きな影響を受けていました。

しかし、ローランサンは1913年頃からキュビスムの影響を脱して、独自の絵画世界を志向するようになります。画面も徐々に色づき始めました。本展では、彼女が色彩に目覚め始めた時期の代表作が展示されています。作品からは、キュビスム風の抽象的なかたちや、グリッド状の太い輪郭線が残りつつも、「ピンク」や「青」といった色彩が画面を華やかに彩っていることがわかります。

左:マリー・ローランサン「サーカスにて」1913年頃 油彩・キャンヴァス 名古屋市美術館
右:マリー・ローランサン「舞踊」1919年頃 油彩・キャンヴァス マリー・ローランサン美術館

以後、彼女の作品には、グレーの背景に「ピンク」と「青」の2色のどちらか、あるいは両方が多く取り入れられるようになりました。特に灰色がかったピンクは、ローランサンのトレードマーク的な色彩として広く認知されるようになりました。一方、「青を好むのは高貴な人」と自著に書き著したように、「青」は彼女が一番好きな色でした。ピンク同様、少しくすんだ薄い「青」が、鑑賞者の心を落ち着かせてくれます。

1920年代にパレットに加わった「緑」

左:マリー・ローランサン「牝鹿と二人の女」1923年  油彩・キャンヴァス ひろしま美術館
右:マリー・ローランサン「フランシス・カルコの手書きの詩が書かれた牝鹿のスケッチ」
スケッチ:1923-24年頃/詩:1930年 水彩、色鉛筆、インク・紙 マリー・ローランサン美術館

第一次世界大戦が勃発すると、開戦直前にドイツ人の夫と結婚していたローランサンはフランス国外への退去を余儀なくされます。戦後落ち着くまでの間、スペインからドイツへと目まぐるしく生活の拠点を移しましたが、夫の故郷デュッセルドルフに移住した際に彼女が触発されたのが、ドイツ南西部に広がる深い森の「緑」でした。

マリー・ローランサン「ヴァランティーヌ・テシエの肖像」 1933年 油彩/キャンヴァス ポーラ美術館

これをきっかけとして、ローランサンのパレットに「緑」が加わります。アンニュイな表情の女性たちが、森の「緑」を背景に描かれた作品は、ローランサンの作品に新たな深みを与えました。優美さの奥に退廃的なニュアンスを含ませた画風が完成し、ローランサンの描く肖像画は社交界の女性たちに大人気となっていきました。

1930年代に獲得した「赤」と「黄」

左:マリー・ローランサン「シャルリー・デルマス夫人」1938年 油彩/キャンヴァス マリー・ローランサン美術館
右:マリー・ローランサン「ばらの女」1930年 油彩/キャンヴァス マリー・ローランサン美術館

パリの芸術にとって黄金時代となる1920年代が終わり、世界恐慌とともに戦争の足音が聞こえ始める1930年代に入ると、ローランサンの作品にも変化が現れます。暗く沈んでいく時代の雰囲気を振り払うかのように、ローランサンのカンヴァスには「赤」と「黄」の2色が加わり、鮮やかさを増していくことになります

左:マリー・ローランサン「アンドレ・グルー夫人(ニコル・ポワレ)」1937年 油彩・キャンヴァス マリー・ローランサン美術館右:マリー・ローランサン 「鳩と女たち」1919年 油彩・キャンヴァス パリ、ポンピドゥー・センター

特に注目したいのは「黄」です。マリー・ローランサンはもともと「黄」に苦手意識があり、長い間ずっと「黄土色」で代用していました。しかし粘り強く研究を続けた結果、晩年には大胆に黄一色で表現できるようになったのです。

新たな色彩が加わった晩年の画面からは独特のけだるさ、頽廃さが後退した反面、優美な華やかさで覆われることになりました。ふっくらとして、幸せそうなオーラをまとった肖像画が増えていきます。

展示会場でも「赤」「黄」の2色が加わった1930年代の佳作が展示されていますが、ぜひ、1920年代以前の作品と見比べてみてください。

左:マリー・ローランサン「帽子を被った自画像」1927年頃 油彩・キャンヴァス マリー・ローランサン美術館
右:マリー・ローランサン「ターバンをかぶった女」1922年 油彩・キャンヴァス マリー・ローランサン美術館

ローランサンは、画業の発展とともに徐々に色彩のバリエーションを増やしていきました。ピンク・青 → 緑 → 赤・黄という色彩獲得の歴史を頭に入れておくと、鑑賞がもっと楽しくなるはずです。色彩の変遷とともに、眼の描き方や線描の強さなどに着目してみるのもいいですね。

ぜひ、ローランサンの画業を一望できる本展で、自分だけの鑑賞ポイントを見つけてみてください。

(ライター・齋藤久嗣)

【3月26日まで】撮影可能エリアが追加に!

本展では「エントランス」と「エピローグ」のみ写真撮影が可能ですが、3月26日(日)までの開館時間中、撮影可能エリアが追加になります。詳しくは公式サイトをご覧ください。

マリー・ローランサンとモード
会場:Bunkamura ザ・ミュージアム
会期:2023年2月14日(火)~4月9日(日)
入館料:当日一般 1,900円、大学・高校生 1,000円、中学・小学生 700円
問い合わせは050-5541-8600(ハローダイヤル)
詳しくは展覧会HPへ。