「第95回アカデミー賞」6部門ノミネート! ケイト・ブランシェット主演『TAR/ター』 天才指揮者の欲望と狂気の行く末は? 5月12日公開

世界の映画賞で既に60受賞、289ノミネート(2023年3月1日時点)されている話題の映画『TAR/ター』。日本では、5月12日(金)に公開予定です。
第95回アカデミー賞でも、作品賞や主演女優賞(ケイト・ブランシェット)をはじめ、6部門にノミネートされ、注目を集めています。
追い詰められていく天才指揮者
ケイト・ブランシェットが演じる主人公は、天才指揮者のリディア・ター。世界最高峰のオーケストラの一つであるドイツのベルリン・フィルで、女性として初めて首席指揮者に任命されるなど、名声を欲しいままにしています。彼女は、作曲家としても才能を発揮して、エミー賞、グラミー賞、アカデミー賞、トニー賞の全てを制するなど、 音楽界で圧倒的な権力を握る存在です。そんな彼女を公私共に支えるのは、 ベルリン・フィルでコンサートマスターを務める妻のシャロン(ニーナ・ホス)。

そう、ターは、レズビアンとしてカミングアウトしているのです。 そして、彼女を仕事面で献身的に支えるのが、ターの副指揮者を目指していて、アシスタントとしても有能なフランチェスカ(ノエミ・メルラン)。
こんな盤石な体制を築き上げている天才指揮者は、毎日が華々しく、悩みなどないのではと一瞬思ってしまうのですが……。
実は大ありなのです。まず、 マーラーの交響曲第5番をライブ録音して発売する予定なのですが、ターが要求する水準が高すぎて、さすがのベルリン・フィルもなかなかついて来られないことに焦りを感じています。また、作曲も思うように進まず、彼女は、妙な音が聞こえたり、不可解な夢を見たりし始めます。そんな時に、以前指導した若手指揮者・クリスタが自殺。ターは疑惑をかけられてしまいます。
それをきっかけに、ターのプライベートも仕事もバランスを崩し始めて、精神的に追い詰められていく彼女は、狂気の領域にも突入していくのです……。
ターがもつ二つの欲望
ケイト・ブランシェットは、ターの人物像についてこう説明しています。
「ターには権威のある地位に就いている人特有の不可解さがある」
ターは、権力を濫用したあげくに転落していくという解釈もできますが、どうでしょうか? 確かにターは、圧倒的な権力を持つポジションにはありますが、 それを自覚的に利用して好き勝手をしてやろうといういやらしさは感じません。ただ、 彼女には二つの大きな欲望があって、その欲望のためには、 周囲の人の気持ちに無神経になってしまうところがあります。
その二大欲望とは、「最高の演奏を実現したい」ということと「美しく才能ある女性と一緒にいたい」ということ。ターがその欲望に素直に従ってしまい、そしてターの影響力が強大なために、 周りの人達は振り回されてしまうのです。
至高の芸術に身を捧げて

ターが「至高の芸術に身を捧げている」ことは、 その日常生活からも見て取れます。
世界的なスター指揮者で裕福であるにも関わらず、日々の活動はとてもストイック。簡単な食事を済ませては、 昼も夜も楽譜を読んだりピアノに向かったりして指揮の構成や作曲をします。体力作りのために、雨の日ですらジョギングを欠かしません。音楽の完成度に関して、自らの才能や、地位に安住してはいないのです。
薄暗いなかで展開するストーリー
ベルリンだからということもあるのでしょうが、 天気は曇りや雨が多く、あまりカラっと晴れません。広々としたマンションで過ごすシーンも 照明が落としてあり、 暗めです。全体的に薄暗いトーンの情景が多いのは、ターが芸術家としてはまだ、暗中模索中だからなのかもしれません。
女性チェリストに惹かれるも…

そんな中、 若くて美貌の新人チェリストオルガ(ゾフィー・カウアー)と二人で練習するシーンは比較的明るいトーンになっています。オルガは稀有な才能の持ち主でもあるので、ターは惹かれていきます。オルガの気も引きたいし、演奏も刺激的にしたいということで、 彼女がソロ奏者になるような段取りを整えるターですが、ここでも元から在籍しているチェロの首席奏者を傷つけてしまいます。ターは、色欲と芸術的好奇心に素直に従ってしまっただけかもしれないのですが……。

まさに天才 まるで怪物 ターの指揮も印象的!
印象的なシーンは、マーラーの交響曲第5番を振る鬼気迫るターを、足元から見上げる角度からとらえた瞬間です。胸から顎の下、 そして鷲のように広げた両腕が画面いっぱいに広がり、 力強く指揮棒を振ると、 オーケストラから大音量が流れます。「まさに天才!」という迫力は感じるのですが、威圧感も大きく怪物のよう!
監督・脚本のトッド・フィールドが、「ケイト・ブランシェットに向けて書いた」と語っているだけあって、現代映画界を代表する俳優であるケイトの完璧を越えた役作りが、この『TAR/ター』を単なるサイコスリラー以上のものに高めていると言えます。
欲望を叶えたいあまり、団員の気持ちを忘れ、 様々な歪みを生む震源地となってしまっているマエストロの姿から、目が離せません。本来、マエストロは、自らの才能により団員を至福の音楽世界に導くことで、観客を感動の渦に巻き込む名演奏を実現する存在のはずなのに! 果たして、音楽の女神はターに微笑むのでしょうか?
そして、みなさんは、この欲望に素直な天才指揮者に嫌悪しますか? 共感しますか?ぜひ劇場で確かめてみてください。
(ライター・菊池麻衣子)
『TAR/ター』 |
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監督・脚本:トッド・フィールド『イン・ザ・ベッドルーム』『リトル・チルドレン』 |
出演:ケイト・ブランシェット『ブルージャスミン』、ニーナ・ホス『あの日のように抱きしめて』、マーク・ストロング『キングスマン』、ジュリアン・グローヴァ―『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』音楽:ヒドゥル・グドナドッティル 『ジョーカー』(アカデミー賞作曲賞受賞) |
原題:TÀR/アメリカ/2022年 © 2022 FOCUS FEATURES LLC. |
配給:ギャガ |
5月12日(金) TOHOシネマズ日比谷他全国ロードショー |
公式サイト:https://gaga.ne.jp/TAR/ |
菊池麻衣子
東京大学文学部社会学科卒業。英ウォーリック大学修士課程修了、専攻は「映画論」と「アートマネジメント」。雑誌等で作品の見方や作家の活動を顕彰する美術記事を多数執筆。特に若手美術家の評価に力を入れている。アーティストと交流しながら作品の鑑賞・購入を促進する企画をプロデュースするパトロンプロジェクト代表を務め、2014年から展覧会やイベントを企画。著書に『アート×ビジネスの交差点』。