【亀蔵 meets】①三菱一号館美術館「芳幾・芳年展」その1-芝居とも関連深い2人の絵

歌舞伎役者・片岡亀蔵さんが様々なアートの現場を訪れる「亀蔵 meets」のシリーズ。記念すべき1回目の訪問先は、三菱一号館美術館で2月25日から開かれている「芳幾・芳年-国芳門下の2大ライバル」展だ。落合芳幾、月岡芳年は、江戸時代末期から明治時代にかけて活躍した歌川国芳門下の浮世絵師。時に残酷、時に甘美なその作品を見て、亀蔵さんは何を感じたのだろうか。
(事業局専門委員 田中聡)
亀蔵さんは1961年9月、歌舞伎俳優・五世片岡市蔵の次男として東京で生まれた。65年12月に歌舞伎座で片岡二郎の名前で初舞台。69年11月に四代目片岡亀蔵を襲名した。ギョロッとした大きな目、面長の顔立ちは、いかにも歌舞伎俳優という佇まいである。兄は歌舞伎俳優の六代目片岡市蔵さん、姉の夫は落語家の春風亭一朝さん。父親の五世市蔵氏は、「片市さん」の愛称で知られた名脇役だったが、市蔵さん、亀蔵さんの兄弟も、現在の歌舞伎には欠かせないバイプレイヤーである。古典歌舞伎から新作歌舞伎、さらに現代劇まで、様々な舞台で活躍中だ。

今回、訪れた三菱一号館美術館は、英国人建築家ジョサイア・コンドルの設計による建物。「芳幾・芳年」展を最後に修繕工事のため長期休館することになっている。現在の美術館の掉尾を飾る展覧会の“主役”、落合芳幾(1833~1904)と月岡芳年(1839~1892)は、ともに江戸時代後期から末期にかけて活躍した浮世絵師・歌川国芳(1797~1861)の門下だ。師匠・国芳は、英雄たちの豪放な活躍を描く「武者絵」から世相を風刺した「戯画」まで、硬軟さまざまな作品を残した巨匠。芳幾と芳年は、幕府が瓦解し、明治の御代が始まる激動の時代に生きた絵師でもある。
亀蔵さんはいう。
「“最後の浮世絵師”と言われる芳年は、近年色々な展覧会で取りあげられていますからね。作品も沢山見ていますし、ウチにも画集があって、この取材の前日にもそれを見てきたばかりです。芳幾の絵は、残念ながらあまり観たことがなかったですね。どんな画家で、どんな作風だったのか、よく知りません。だから、この展覧会を楽しみにしてきました」
取材は2月24日に開かれた内覧会の場をお借りして行った。亀蔵さんにつきっきりで会場を案内してくださったのは、三菱一号館美術館の上席学芸員・野口玲一さん。「プロローグ:芳幾と芳年」から「エピローグ:月百姿」まで、展覧会は7つのパートに分けられ、200点近い作品が展示。お腹いっぱいのボリュームである。

「ああ、これこれ、この作品が見たかった。あって良かったですよ」
亀蔵さんが1枚の絵の前で立ち止まった。
「お目当て」だったのは、明治18(1885)年に制作された月岡芳年の「芳年武者无類 平相國清盛」。芳年の師匠・国芳が得意とした「武者絵」は、歴史や伝承、文学に残された英雄たちの事績を題材にしていたが、時に荒唐無稽になりがちだった。明治期に入って、より史実に忠実で、時代考証も正確にした「歴史画」を芳年は指向、「芳年武者无類」のシリーズもその流れの中で描かれた。

「3月に国立劇場で行われる歌舞伎公演の中で、ボクは『歌舞伎名作入門』というコーナーを受け持っているのですが、その中でこの作品を使っているんです」
にこやかに亀蔵さんは話す。国立劇場の「令和5年3月歌舞伎公演」(3月3日~27日)は『一條大蔵譚』と『五條橋』を上演。その2演目の前に、亀蔵さんのコーナーがある。
「オトナのための歌舞伎鑑賞教室、とでもいえばいいんでしょうか。今回の演目は、どちらも『源平合戦』にかかわるもの。そのあらましを伝える際に、この絵も使っているんです」
沈みゆく夕陽を自らの力で呼び戻そうとしている平清盛。「平家にあらずんば人にあらず」とまでいわれた権勢が凝縮された一枚。
「『イケイケ』だった清盛、『勝ち組』だったころの平家のオーラが、よく出てますよね。自分の公演は抜きにしても、印象に残る作品だと思います」
歌舞伎との関係が深い、といえば落合芳幾である。芳幾は1879年から発行された雑誌「歌舞伎新報」の表紙や挿絵を数多く手がけ、歌舞伎座の「絵看板」も作成した。今回、その「絵看板」を屏風にした作品も展示されている。描かれているのは、現在の歌舞伎でもおなじみ、『傾城反魂香』の一場面。
「この時の舞台の主役は、九代目市川團十郎。題字は福地源一郎、伊原青々園が所蔵していたものです」
と、野口さんは説明してくれた。九代目團十郎は、明治天皇の前で『勧進帳』を披露したことで有名な明治の名優。福地源一郎は福地桜痴というペンネームの方が有名だろうか。東京日日新聞の社長を務め、後には衆議院議員にもなった政治家・作家である。伊原青々園は明治から戦前にかけて活躍した演劇評論家。『團菊以後』という著書が有名だ。つまり、芳幾が交際していたのは、明治の歌舞伎界を支えた面々だったのである。

「芝居を描いた浮世絵は、今見ても参考になりますよ」と亀蔵さんはいう。
「どんな衣裳や持ち物を使っていたかが分かりますからね。それだけではない。題材となっている芝居が『どんな作品』として認識され、『どんな場面、どんな役者のポーズがお客さんの心に残っていたのか』が、絵の中から見えてくるんです」
舞台上からではなかなか見えない人気芝居の「キモの部分」、それが凝縮されているのが「役者絵」なのか。そう考えると、浮世絵と歌舞伎の関係は、なかなかに深いものがある。
「今でも浮世絵を芝居の参考にしている役者は少なくないはずです、ボクを含めてね」
歌舞伎俳優・片岡亀蔵にとって、美術館巡りは単なる「楽しみ」だけではない。
(つづく)

「芳幾・芳年-国芳門下の2大ライバル」展 |
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会場:三菱一号館美術館(東京都千代田区丸の内2-6-2) |
会期:2023年2月25日(土)~4月9日(日) |
休館日:3月6、13、20日は休館、会期中一部展示替えあり |
アクセス:JR東京駅(丸の内南口)から約5分、有楽町駅(国際フォーラム口)から約6分、東京メトロ千代田線二重橋駅(1番出口)から徒歩約3分、丸の内線東京駅(地下道直結)から約6分、有楽町線有楽町駅(D3/D5出口)から徒歩約6分、都営三田線日比谷駅(B7出口)から徒歩約3分 |
観覧料:一般1900円、高校生・大学生1000円、小、中学生無料 |
※詳細情報は公式サイト(https://mimt.jp/ex/yoshiyoshi/)で確認を |