【京のミュージアム#15】京都文化博物館 見て興奮 さらに知りたくなる 特別展「知の大冒険-東洋文庫 名品の煌めき-」4月9日まで

『大日本全図』(部分) 石川流宣 1720(享保5)年刊 (3月19日まで展示) 以下いずれも「(公財)東洋文庫」所蔵

教科書や歴史の本で見たことがある書物や地図、絵画がずらり。100万冊と言われる東洋文庫(東京都文京区)の蔵書の中から、国宝や重要文化財を含む約120件の名品を展示する展覧会が、京都文化博物館で開かれています。
東洋文庫は1924年に東洋学の研究所として、三菱第3代社長・岩崎久彌によって設立されました。同分野ではアジア最大級、世界五大研究図書館の一つです。展示はプロローグ、エピローグと「東洋の旅」、「西洋と東洋 交わる世界」、「世界の中の日本」の3章。これだけ大規模な館外での展示は初めてということで、知的好奇心をかき立ててくれる展覧会です。

特別展「知の大冒険-東洋文庫 名品の煌めき-」
会場:京都文化博物館(京都市中京区三条高倉)
会期:2023年2月21日(火)~4月9日(日)
会期中に展示替えあり
開館時間:午前10時~午後6時(金曜日は午後7時30分まで)※入館はそれぞれ閉館30分前まで
休館日:月曜日
入館料:一般1400円/大高生900円/中小生500円/障がい者手帳をお持ちの方と付き添い1人まで無料
アクセス:地下鉄「烏丸御池駅」下車徒歩3分、阪急「烏丸駅」下車徒歩7分、京阪「三条駅」下車徒歩15分、京都市バス「堺町御池」下車徒歩2分
詳しくは博物館ホームページ

プロローグ

東洋学は東アジアだけでなく、現在の中東やエジプトまで広く対象としています。担当学芸員の村野正景さんは「東洋学という学問の広さと、教科書で習ったことの背景にあるものを感じ取ってもらえれば」と話します。

くさび形文字『ハンムラビ法典』ハーパー 1904年 シカゴ・ロンドン刊 1冊

最初に目に付いたのが『ハンムラビ法典』。古代メソポタミアのバビロニア王国ハンムラビ王(紀元前19ー18世紀頃)が制定した法典です。世界最古の文字の一つくさび形文字で書かれ、原文は石に刻まれています。「目には目を」の記述が有名ですが、これは「復讐」を意味するのではなく、同じ身分の者にのみ適応されることと、適応の上限を示したものなのだそうです。

トンパ文字『中央アジア・東アジアにおける文字のはじまり』 テリアン・ド・ラクペリ1894年 ロンドン刊 1冊

続いて古代エジプトのヒエログリフや、後漢時代に初めて作られた漢字の解説書、ハングル作成時の解説書などが並んでいます。その中であまり馴染みのないのが、中国雲南省に住む少数民族のナシ族に伝わる「トンパ文字」です。「生きた象形文字」と言われています。絵文字に近い字体で、動物や物など基が分かると思う字もあるのですが、真の意味は複雑で理解するのは難しいそうです。トンパと呼ばれる司祭によって受け継がれ、今では理解できる人はごく少数になってしまったということです。

チベット文字の「チベット大蔵経」もあります。チベットでは8世紀後半に仏教が国教となり、サンスクリット語を主とした仏典をチベット語に訳し集成、編纂します。展示されているものは、1915年にダライ・ラマ13世(1876ー1933)から僧であり仏教学者・探検家の川口慧海(えかい)に下賜されたものです。慧海は何年も掛けて鎖国状態のチベットに、日本人として初めて入り(ほとんど潜入)、チベット仏教を学んだ人です。

『大地図帳』 ウイレム・ブラウ、ヨアン・ブラウ 1648-65年 アムステルダム刊 9冊のうち1冊 会期中にページ替えあり

17世紀のオランダの黄金期を支えたのは、アジア諸国との貿易で莫大な富を得た東インド会社でした。同社公認の地図制作者だったブラウが、世界地理の集大成としての地図帳を作ります。画家のフェルメールにも影響を与えたと言われる豊かな色彩と豪華な装飾の地図は、一枚一枚めくりたくなってしまうほどです。

第1章 東洋の旅

中国から朝鮮、東南アジア、インド、イスラームと東洋各地の文化や風土を紹介する百科事典や歴史書、地理書、探検記などが展示されています。日本で唯一、世界的にも珍しいものが少なくない貴重な所蔵品の数々です。

『大清聖祖仁皇帝実録』 1731年(清代) 1冊

皇帝実録とはその皇帝の在位中の政務、時事、事件などを年代順に記録したものです。次の皇帝の命によって作成されます。日本でも平成26(2014)年に『昭和天皇実録』が刊行されています。康熙こうき帝(在位1661-1722)は中国最後の王朝・清の基盤を固めたと言われる第4代皇帝です。装幀などの異なる何種類かの本が作られるのですが、これは大紅綾本という紅色の雲鳳紋綾で装幀された最高ランクのものだそうです。

『殿試策』 金榜筆 1772年 (清代) 1帖

中国では隋(581-618)時代から官僚を試験で選ぶ科挙という制度がありました。これは清の乾隆帝時代、1772年に最終試験である殿試(でんし)で首席合格した人の答案です。字の巧拙も評価の対象になるため、非常に美しい字です。罫線も無いのに縦横に揃っています。しかも熟語が改行で別れないように、皇帝を表わす言葉が行の一番上に来るよう配慮しているそうです。驚くばかりです。文学的素養も必要で、官僚に高名な詩人が多いのも分かります。競争率は最盛期には3000倍になったそうです。そのため幼少時から猛勉強が必要で、富裕層でなければ受験できなくなりました。それでも合格は至難の業で、カンニング用にびっしり文字を書いた下着も残っています。

『朝鮮風俗図』 江戸時代後期 1巻 (3月12日まで展示)

江戸時代に将軍の代替わりごとに、朝鮮王国から外交使節団である「朝鮮通信使」が日本にやって来ました。室町時代に始まったものが、豊臣秀吉の朝鮮出兵で途絶え、江戸時代に復活しました。正使を筆頭に輸送係、医師、通訳、軍官、楽隊など約500の人数になったそうです。そこに出迎役である対馬藩の案内役や護衛ら約1000人が加わりました。この人数が対馬から江戸まで街道を歩いたのです。その時の使節団の服装や武器、旗、乗り物などを記録した絵です。詳細まで正確に描かれています。よく見ると何か発見がありそうです。

第2章 西洋と東洋 交わる世界

『東方見聞録』 マルコ・ポーロ口述、ルスティケッロ著 1601年 サラゴサ刊 1冊 前期展示(3月19日まで)

ここでは西洋の人が東洋を訪れて、見聞きしたり体験したりしことを記した書物を中心に紹介しています。関心の的は『東方見聞録』でした。「黄金の国ジパング」と日本を紹介し、ヨーロッパの人々の日本への関心を一気に高めた本です。コロンブスの航海もジパングを目指したものだと言われています。ヴェネツィアの商人マルコ・ポーロが商売のため、父と叔父と東方を旅した際の見聞の口述を小説家がまとめたものです。東洋文庫には出版年や出版地、言語など異なる80種類の『東方見聞録』があり、刊本では世界最大のコレクションだそうです。

『イエズス会士書簡集』 1780-83年 パリ刊 26冊のうちの1冊

フランス王妃マリー・アントワネットが所有していたとされる本です。16ー19世紀に世界中で布教活動をしたイエズス会士の書簡をまとめたもので、実際に現地で見聞した会士による貴重な報告書です。長崎の地図や日本に関する記述もあります。この本はマリー・アントワネットのために、表紙をえんじ色の美しい革張りと、フルール・ド・リスという紋章をあしらったものにしたと考えられます。王妃が手に取って見ていたと想像するだけでも楽しいかも。信長や秀吉のことを書いたルイス・フロイスの報告書も、こうした書簡の一つだったのでしょう。秀吉は彼らを追放しますが、日本の政治の舞台裏を含む詳細な報告がされたことに警戒したとも言われています。

第3章 世界の中の日本

重要文化財『論語集解』 何晏編 1315(正和4)年書写 10帖のうち1帖

論語集解ろんごしっかい』とは『論語』の注釈書です。中国の後漢時代に紙が発明されるまでは、文章は木簡に書かれていました。そのため文章は短く難解でした。後世、数多くの解釈が生まれ注釈書が書かれることになります。『論語集解』は三国時代に編纂されたもの。東洋文庫が所蔵するものは鎌倉時代の書写をさらに書写したもので、全巻を完備した『論語集解』としては最古の写本だそうです。私事になりますが、学生時代にこれを(もちろん印刷物です) 読んだのですが、注釈部分を見ても難しかったことを思い出しました。

国宝『文選集注』 10-12世紀(平安時代)書写 7巻のうち1巻

文選集注もんぜんしっちゅう』は長く知識人の教養書とされたものです。『文選』は6世紀前半の南北朝時代に、中国南朝「梁」の皇太子・簫統しょうとうが編纂した詩文集。800余の作品を収録しています。日本伝来は7世紀(飛鳥時代)頃と考えられます。「集注」とは代表的な注釈を集めて再編集したもので、平安時代に日本で書写されました。『文選集注』は全120巻あったとされますが、現存するのは24巻。東洋文庫は7軸を所蔵しているそうです。公家や僧などの知識人は、ここに載った詩文は常識として知っておく必要があったのでしょう。

『日本動物誌』 フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト 1833-50年 ライデン刊 4冊のうち1冊 会期中にページ替えあり

オランダ商館の医師として長崎に滞在したシーボルトが、『日本植物誌』とともに日本の動物を系統立てて分類、紹介した欧文の図鑑です。ほ乳類から鳥類、は虫類、魚類、甲殻類に及ぶ膨大な動物が図版とともに紹介されています。図版はシーボルトに帯同した画家に加え、日本人絵師にも描かせた下絵を基に彩色を施しています。新種や新亜種として記載、命名されたものも多いそうです。

『大日本全図』 石川流宣 1720(享保5)年刊 1枚  (3月19日まで展示)

江戸時代のベストセラー地図と言ったらいいのでしょうか。絵画的な表現に華やかな色彩。情報量の多さは驚くばかりです。それぞれの藩の藩主とその石高、主要な街道、宿場、名所などなど。宿場間も距離まであります。改版を重ね、その度に新しい情報を載せています。「忠臣蔵」で有名な赤穂藩が改易になった翌年には、もうそれを反映した地図が作られていたとか。形がデフォルメされたり、実在しない島があったりはしますが、1600年代の初版から約100年この地図は売れ続けたそうです。

エピローグ

今に残っている書籍や地図、絵画は経年劣化や災害、戦乱などの危機を乗り越えてきたものです。ここでは水に濡れた資料や高潮からの復旧作業記録など、関係者の努力の跡を見ることができます。

歴史的資料を目の前にして興奮し、さらに知を深めたくなる展覧会でした。

◆京都文化博物館

京都の歴史と文化を分かりやすく紹介しようと、昭和63(1988)年に平安建都1200年記念事業として開館した。4階での特別展のほか、2・3階の総合展示室では平安から昭和までの京都の歴史や、京都ゆかりの優品を紹介している。3階では京都府所蔵の名作映画の上映も。京都の町家格子の街並みを再現した1階の「ろうじ店舗」では、食事やショッピングもできる。また赤レンガ造りの別巻は、明治39(1906)年建築の旧日本銀行京都支店で、代表的な近代洋風建築として重要文化財になっている。

★ ちょっと一休み ★

博物館から通り1本下った所にある「ブルーボトルコーヒー 京都六角カフェ」。熟練のハンドドリップで、本格的なコーヒーを飲ませてくれる店だ。関東、関西を中心に展開するグループの直営店。3種類のオリジナルブレンドと、中南米やアジアなどの契約農場産の豆を使った数種類のシングルオリジン。それぞれローテーションで、1日1種類ずつを提供する。もちろんカフェラテやカプチーノなども楽しめる。

頼んだのはしっかりした苦みが特徴のブレンド、ジャイアント・ステップス(550円)。学生時代に馴染みの喫茶店で、マスターがいれてくれた珈琲(この字を使いたくなる)の味を思い出した。京の町家を利用した太い柱や梁の見える店内に、木製のテーブルと椅子、落ち着いた音楽。透明なカップの中でコーヒーが輝いて見える。営業時間は午前9時から午後7時。年末年始を除き年中無休。
(ライター・秋山公哉)

「京のミュージアム」は今回で終了します。ご愛読ありがとうございました。