【探訪】白い劇的な世界に生きる:北海道立北方民族博物館(網走)

オホーツク海沿岸の街、網走には2月になるとロシアのアムール川から流氷が漂着する。マイナス20℃になるこの季節、流氷と共に見たいのが、北海道立北方民族博物館だ。

北方地域とは、東はグリーンランドから西はスカンディナビアまでを指し、アメリカ、カナダ、ロシア、北欧諸国などから集められた約8500点の収蔵品(常設展示は約900点)を通して北方の諸民族の文化と北海道のオホーツク文化を紹介する。

一年の大半を雪と氷に閉ざされ、気温が氷点下数十度にもなる北方地域で、人間はどのような暮らしをしてきたのか。ぜひ、一面に広がる真っ白な大雪原を体感しつつ訪れたい。

北海道立北方民族博物館の外観

1991年、北方地域を専門とする日本で唯一の民族博物館として開館した北海道立北方民族博物館。

網走市内の南西、標高207メートルの天都山の中腹に位置する。博物館の建物全体は羽を広げた水鳥、エントランスホールは北方地域に広く見られる円錐形のテントが、それぞれイメージされている。

見応え十分の常設展は、民族ごとの展示ではなく、さまざまな北方民族の衣食住や精神文化、生業などのテーマごとに分けて展示されている。

動植物を素材とする北方民族ファッション

北西海岸インディアン儀礼用衣装(左)、カナダのイヌイトの女性用衣装(右)

注目すべきは、極寒の中での北方民族ファッション。素材は、主に動植物。左側は、北西海岸インディアン(アメリカ)の中でも北部のグループ(トリンギット)に特徴的なマント型の衣類。儀礼の際に身分の高い人が纏ったもので、制作にはベテランの女性でも1年はかかるという。たて糸はヒノキ科の樹木シダーの樹皮を芯にシロイワヤギの毛のみ、植物や鉱物など天然の染料で色をつけている。右側は、北アメリカの野生のトナカイの皮で、内側に毛を向けて作られた衣装。大きなフードは子供を背負ったままかぶることができる。

アラスカのエスキモーやカナダのイヌイトによるさまざまな腸製パーカ

シベリア東端から西アラスカまでのベーリング海地域で多く使われたパーカは、防水性の高いアザラシやセイウチなどの海獣の腸や内臓膜で出来ている。縫い目から水が染み込まないように、つなぎ方や縫い方には高度な技術が必要だという。

グリーンランド・イヌイト女性用衣装

ビーズのケープは18世紀半ば以降に北欧(ノルウェー、デンマーク)からの宣教師や交易者との交流が深まる中で生みだされた。伝統では、ブーツの上部のように小さく切った皮を縫い付けてモザイク状の紋様を作る技法があり、のちにビーズや刺繍に発展したという。パンツとブーツはアザラシ皮製。

北方民族の信仰

中央にあるのは北方海岸インディアン、トリンギットのトーテムポール。トリンギットの彫刻家ウェイン・プライス氏による

北方の人々は漁労、狩猟採集、トナカイ飼育などから生きていくために必要なものを得ていた。厳しい自然環境や動植物との共生の中で、彼らは動植物や無生物に至るまで全てが霊魂を持つという「アニミズム」の信仰を持っていた。

カナダのクワキウトルの仮面、写真中央はワタリガラス、写真左はサンダーバード(想像上の生き物)、右はワシをモチーフとしている。

赤、白、黒の鮮やかな仮面(写真中央)は、北西海岸インディアンのクワキウトルの仮面。神話の中で世界の創世に関わるワタリガラスをモチーフにしている。「冬の儀式」の際に踊り手がかぶる。

樺太のウイルタの木偶

とぼけた表情が可愛い木偶もくぐうは主に樺太東岸に居住しているウイルタの病気治療のお守り。双子の木偶は双子が亡くなった時に作り祀られた。同性の双子が生まれると狩猟や漁労がうまくいくと信じられている。

北方民族のくらし

北方民族のさまざまな形のスプーン

北方に暮らす人々は、長い冬に備えて食糧を蓄えていた。特に夏の間に、主に女性が低木や草木になる小さな果実ベリーを集める。スプーンは、ハンノキやカツラの木製やトナカイの角やアザラシの皮で作られている。

雪用のサングラス。上は木製の雪眼鏡(エスキモー、アラスカ)、1890年から1930年頃使用されていたもの、下はトナカイの角と腱でできた雪眼鏡(イヌイト、カナダ)

暗い冬が終わって陽が高くなると、雪原の照り返しが強くなる。このような季節に雪盲を防ぐため、紫外線から目を防ぐ目的で使われたのが木やトナカイの角でできた雪眼鏡。旅行や狩猟で長時間、雪原や氷上を移動する際、使用された。

樺太のウイルタの人形(左)、カナダのイヌイトの人形(右2体)

人形は、子供の玩具であったが、服を作ることによって裁縫を覚えるという教育的な要素もあった。右側の2体は、20世紀初頭にカナダ、北極中央地方で作られたもので顔は牙製。それぞれの上衣と男性のズボンはトナカイの毛皮で、それぞれの靴と女性のズボンはアザラシの皮でできている。

紀元6世紀から11世紀オホーツク文化:モヨロ貝塚

網走市内モヨロ貝塚で出土した女性像(複製)、鯨の牙製

まさに「オホーツクのヴィーナス」とでもいうべき鯨の牙でできた女性像は網走市内のモヨロ貝塚で出土した。紀元6世紀から11世紀にかけて北海道の北部から東部にかけて、主にオホーツク海沿岸で活動した文化が遺跡から発見された。このオホーツク文化は海獣狩猟や熊をめぐる儀礼や精神文化など、アイヌ文化の母体ともなった擦文さつもん文化に影響をもたらしたと言われている。

企画展「川と魚と北方民族」:生きた展示

企画展「川と魚と北方民族」
会場:北海道立北方民族博物館(北海道網走市字潮見309-1
会期:2023年2月4日(土)~4月2日(日)
開館時間:午前9時30分~午後4時30分(7-9月は午前9時00分~午後5時00分)
休館日:2月は無休。3/6(月)、3/13(月)、3/20(月)、3/27(月)
常設展示観覧料:一般550円、高校生・大学生 200円(企画展は観覧無料)
詳しくは、同館公式サイト
ダウリアチョウザメ 年齢2歳 性別不明 標津サーモン科学館提供

現在、特別企画展「川と魚と北方民族」が4月2日まで開催中。北太平洋沿岸やオホーツク海に注ぐアムール川の流域などの河川における漁労文化を紹介する。見どころは、生きたダウリアチョウザメ(2歳)の展示。チョウザメの一種でアムール川の淡水域からオホーツク海、日本海、北海道周辺の海域にもまれに来遊する。かつては北海道の河川にも遡上していたと言われるが、現在日本では絶滅したとされる。長生きで80年生きる個体もいる。

白い劇的な世界

オホーツク海沿岸の大雪原

マイナス20℃のオホーツク海沿岸、厳しい環境ではあるが長い間、人間が暮らしてきた土地でもある。一面に広がる白い風景のイメージは一見「ばえない」、何もないように見える。しかし、ここには写りきらない劇的な出来事が秘められている。衣食住、生業、信仰、娯楽、愛情、友情。かつて人々は暮らしに応じて地球上の土地を移動し、国境などなかった時代もある。北方民族は、現代の地理的な枠組みで言うと、デンマーク領であるグリーンランド、アメリカ、ロシア領千島列島(北方領土を除く)やサハリン(樺太)、日本の北海道、スカンディナビア諸国など広い地域にまたがって生活していた。白い世界にはつい見逃してしまいそうなカラフルな光の世界がある。(キュレーター・嘉納礼奈)

かのう・れな 兵庫県生まれ。フランス国立社会科学高等研究院 (EHESS)博士号取得(社会人類学及び民族学)。パリ第4大学美術史学部修士課程修了。国立ルーブル学院博物館学課程修了。国内外で芸術人類学の研究、展示企画、シンポジウムなどに携わる。 過去の展示企画に、「偶然と、必然と、」展(アーツ千代田33312021年)、“Art Brut from Japan(プラハ、モンタネッリ美術館、2013年~2014年)などがある。ポコラート全国公募のコーディネーター(2014年~)。共著に「アール・ブリュット・アート・日本」平凡社(2013年)、“ lautre de lart ” フランス・リール近現代美術館(2014年)