【アーティスト・インタビュー】「VOCA賞」に輝いたのは、マタギでもあり、アーティストでもある永沢碧衣さん――上野の森美術館で3月16日から「VOCA展2023 現代美術の展望――新しい平面の作家たち」が開催

VOCA賞を受賞した 《山衣(やまごろも)をほどく》の創作意図を話す永沢碧衣さん

VOCA展2023 現代美術の展望――新しい平面の作家たち
会場:上野の森美術館(東京都台東区上野公園1-2)
会期:2023年3月16日(木)~3月30日(木)
アクセス:JR上野駅公園口から徒歩3分、東京メトロ・京成電鉄上野駅から徒歩5分
入館料:一般800円、大学生400円、高校生以下無料
※詳細、最新情報は、公式サイト(https://www.ueno-mori.org/)で確認を。

1994年にスタートした「VOCA展」は、絵画や写真などの「平面美術」を手がける若手作家を奨励する展覧会だ。出品できるのは、全国の美術館学芸員や研究者などから推薦された40歳以下の作家。30回目の開催となる今回は、永沢碧衣(ながさわ・あおい)さんの《山衣(やまごろも)をほどく》が最高賞のVOCA賞に選ばれた。今まさに命を落とそうとしている巨大なクマ。その体には人の住む里の風景が重なっている。なぜ、このような絵を描いたのか。この作品にはどのような想いがこもっているのか。永沢さんに話を聞いた。(事業局専門委員 田中聡)

「クマは“スピリット・アニマル”。マタギにとっても特別な存在です」と話す永沢さん

1994年生まれの永沢さんは、秋田県出身。子どもの頃から、「生活圏にクマがいるというか、クマの生活圏に人がいるような」地域で育ったという。「釣りをしたり、モノを作ったりするのが好きな父親の影響」で、子どもの頃から「モノ作り」が好きだった永沢さんは、高校を卒業後、秋田公立美大に進学するが、高校3年生までは看護師を目指していたそうだ。「でも、『自分はその仕事に向いているのかなあ』と疑問に思ったんです。周りを見渡すと、『好きなこと』を目指そうとしている人がたくさんいる。自分もそうするべきじゃないかな、と思った」と振り返る。ちょうど秋田公立美大が4年制になった時期でもあり、そこに進学することを決めた。

大学では、アーツ&ルーツ専攻だった。〈この専攻では、ちょうど植物が地中に根を生やすように、地域の文化資源・歴史・伝承といった「根っこ」から新しい表現を汲み上げることを目指します〉。秋田公立美大のホームページでは、こんなふうに説明されている。大学卒業後、アーティスト活動を始めた永沢さんの活動は、このメッセージの延長線上にあるといえそうだ。〈フィールドワークを通して見えてくる人間と生物の営みの狭間にある物語性や、それぞれの関係や境界線から生まれる風土、その先の変化に着目した絵画作品を制作する〉。プロフィルには、自分の制作姿勢についてこう書いている。約5年前からは「マタギ」の生活に興味を持ち、3年前には狩猟免許も取得している。《山衣をほどく》は、そんな背景の中から生まれたモノだ。

永沢さんの「マタギライフ」(上、下とも。狩猟仲間より提供)

自ら猟銃を持ち、動物を撃つマタギの生活に身を投じたのには、理由がある。

「マタギの取材を始めたころ、実際にクマの巣穴に近づく際には、同行させてもらえなかった。『危ないから、離れていて』という感じで。自分自身が立場を変化させなければ、本当にマタギが見ている世界や文化を理解できるとは思えない。そう思って、自分でも狩猟免許を取ることにしたんです」

現在は、マタギとアーティスト、ふたつの「ライフワーク」を両立させながらの活動。マタギの里である北秋田市の阿仁公民館では2021年に「霧中の山に抱かれて」という個展も開いている。マタギの文化に触れるにつれ、ツキノワグマは「動物の中でも特別な、スピリット・アニマルとでも言うべき存在」であることが分かったという。

「秋田のマタギ文化では、ウサギとかイノシシとかを撃った時は『獲った』というんですけど、クマは『授かった』というんです。他の動物とは違うとらえ方で、山の神に近い存在なんですね。動物と人間のかかわりについては、環境保護の立場、牧場などで飼育している人の立場など、いろいろな形があると思います。どの価値観も間違っているとは思いません。様々な立ち位置から、そのかかわりを考えて行ければいいんじゃないでしょうか」

「マタギ兼画家という自分の生き方でなく、作品そのものを評価されてうれしい」と永沢さん

人の里とクマの土地。それが交差するところにマタギの営みがあり、クマを「授かる」ことにもつながる。その「境界線が溶け込んでいるような感じ」が《山衣をほどく》に描かれている。現代に生き続けているアニミズム的な感覚。猟銃で撃たれて息絶えようとしているクマは、彼(?)が姿を現した人里と同化し、その風土を象徴するモノとして存在しているのだ。「この作品は、猟友会の有害駆除で撃ち取られたクマの皮から作ったニカワを使って、この絵を描きました」とも永沢さんはいう。「これまでウシやシカの皮から作ったニカワなどを制作に使用していたのですが、クマを描くのだからクマのニカワを使ってみよう、と思ったんです」。今後は、「本格的に『マタギの里』に暮らしの拠点を作って、多拠点生活を送りたいと考えている」ともいう。

マタギとアーティストの「二重生活」を送っている永沢さん。その「暮らしぶり」は、「何度も取材されてきた」という。だが、「作品そのものを本格的に評価してもらえるのはこれが初めて」。「それがとっても嬉しいですね」と受賞の喜びを話してくれた。

「VOCA展」の30周年を記念して、初回から2022年までの歴代VOCA賞受賞作品を集めた展覧会「VOCA 30YEARS STORY/KOBE」が神戸市の「原田の森ギャラリー」で開かれる。福田美蘭、やなぎみわなど最先端で活躍するアーティストたちの作品を一堂に会した、記念碑的な展覧会だ。開催要項は以下の通り。

VOCA30周年記念1994-2023 VOCA 30 YEARS STORY / KOBE
会場:原田の森ギャラリー(兵庫県立美術館王子分館) 神戸市灘区原田通3-8-30
会期:2023年3月9日(木)~3月25日(土)
休館日:月曜休館
アクセス:阪急電車王子公園駅から徒歩約6分、JR灘駅から徒歩約10分、阪神電車岩屋駅(兵庫県立美術館前)から徒歩約12分
入館料:一般800円、大学生400円、高校生以下無料
詳しくは※詳細、最新情報は、公式サイト(https://hyogo-arts.or.jp/harada/)で確認を。