【レビュー】「甲斐荘楠音の全貌―絵画、演劇、映画を越境する個性」京都国立近代美術館で4月9日まで 圧倒的な個性と存在感を味わう回顧展

右から《春宵(花びら)》1921(大正10)年 京都国立近代美術館蔵、《横櫛》1918(大正7)年 広島県立美術館蔵(展示期間:3月12日まで)、《横櫛》 1916(大正5)年頃 京都国立近代美術館蔵

大正から昭和にかけての日本画家で映画人でもあった甲斐荘かいのしょう楠音ただおと回顧展が京都国立近代美術館にて開催中です。タイトルに「越境する個性」とあるように、作品を観ていると日本画から演劇、映画と分野を横断しながらも、楠音にしかない強烈な個性をいかんなく発揮していたことがわかります。その人生を辿っていくと、楠音が追い求めていた美意識が浮かび上がってくるようです。

京都国立近代美術館で楠音の回顧展が開催されるのは1997年以来、2回目になります。前回は日本画を中心にした展示構成でした。今回は初期の日本画から、映画の世界に転身して担当した衣裳・風俗考証や、亡くなるまで描いた作品までを一挙に公開し、人生の全貌が明らかになるような構成になっています。

リアルで美しい女性を描く

右から《秋心》1917(大正6)年、 《毛抜》1915(大正4)年頃、 《露の乾ぬ間》1915(大正4)年 いずれも京都国立近代美術館蔵

楠音は京都御所の近くの裕福な家庭で育ちました。幼い頃より病弱で家の中で過ごすことが多く、人形や羽子板など雅なものに親しんでいたと言われています。華やかな女物の着物が好きだったそうですが、父・正秀はそんな楠音を咎めることなく、むしろその美しさを愛でていたとか。楠音の類まれな個性が育まれたのはおおらかな家庭環境が土壌になっていたようです。絵画に目覚めた楠音は京都市絵画専門学校を卒業。日本画家としての活動を始めます。

《横櫛》1916(大正5)年頃、絹本着色、195.0×84.0cm、京都国立近代美術館蔵

初期の日本画で目にとまったのは一見おどろおどろしい女性の絵。岸田劉生が「デロリとした絵」と評したことも頷けます。しかし、よく観ていると女性の表情や、体の動きはリアルで、まるでそこに実在しているかのようです。

《春》1929(昭和4)年、絹本金地着色・二曲一隻、95.9 × 151.4 cm、ニューヨーク、メトロポリタン美術館蔵 Purchase, Brooke Russell Astor Bequest and Mary Livingston Griggs and Mary Griggs Burke Foundation Fund, 2019 / 2019.366

映画の衣装に芸術性をもたらす

子どもの頃から歌舞伎が好きだったという楠音。南座に通いつめ、後年「南座で見た歌舞伎が私を成長させてくれたんやと思うてます」と語るほどでした。例えば、楠音と歌舞伎との関係にスポットを当てる「演じる人」の章では、楠音が自ら歌舞伎の女形に扮した写真が展示されており、「演じる」ことに夢中になっていた様子がうかがえます。また観劇した演目についてはスケッチなどでその詳細を記録していて、その情熱が映画界での活躍の源泉となっていたことが分かります。

アカデミー賞衣装デザイン部門にノミネートされた映画「雨月物語」にまつわる品々が並ぶ会場

映画監督の溝口健二と知り合ったことがきっかけとなり、楠音は活動の場を映画界に移し、風俗考証や衣裳デザインに携わります。携わった映画はなんと200本以上にものぼります。映画「雨月物語」ではアカデミー賞衣装デザイン部門にノミネートされますが、楠音が映画界で活躍したことは、本展まであまり注目されてこなかったそうです。

会場風景

「越境する人」である楠音がデザインした衣裳が、その映画のポスターと共にずらりと並んでいる様は圧巻です。

楠音は大衆の時代劇映画に考証を加え、古典的な柄に斬新なデザインを施し、観客が見て楽しめる衣裳を創り出しました。当時の映画を見た人がその時代性や芸術性を楽しめたように、2023年の今でも、見てもうっとりする衣裳の数々で、映画も見たくなります。

未完の大作に圧倒

《畜生塚》、1915(大正4)年頃、絹本着色・八曲一隻、194.0×576.0cm、京都国立近代美術館蔵
《虹のかけ橋(七妍)》、1915-76(大正4-昭和51)年、絹本着色・六曲一隻、180.0×370.0cm、京都国立近代美術館蔵

映画の仕事をしながらも、楠音は絵を描き続けていました。最後に展示されている《畜生塚》と《虹のかけ橋(七妍)》は思わず息をのむほどの圧倒的な存在感をもって、見る人に迫ってくる未完の作品です。《畜生塚》は豊臣秀吉が豊臣秀次の妻や妾子を処刑した事件に由来し、処刑前の女性たちを描いています。今にも嘆きの声が聞こえてきそうです。レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロの作品を見て描いたともいわれています。

《虹のかけ橋(七妍)》は7人の太夫を描いた作品。その制作期間はなんと大正4年から昭和51年。長きにわたり、筆を入れ続けていましたが、完成には至りませんでした。ただ、若い頃に描こうとしたものを晩年になっても大切にし続けてきたことは確かでしょう。

絵画、演劇、映画の世界を、自らの個性と美意識で華麗に越境し、芸術とともに人生を全うした甲斐荘楠音。彼が追い求めていた美とは何か、ぜひ会場でご覧ください。(ライター・若林佐恵里)

甲斐荘楠音の全貌―絵画、演劇、映画を越境する個性
会場:京都国立近代美術館(京都市左京区岡崎円勝寺町)
会期:2023年2月11日(土・祝)~4月9日(日)
開館時間:10:00~18:00(金曜日は20:00まで、入館は閉館30分前まで)
休館日:月曜日
観覧料:一般 1,800円、大学生 1,100円、高校生 600円
詳しくは同美術館サイト(https://www.momak.go.jp/)へ。
東京ステーションギャラリーに巡回(7月1日~8月27日)