【レビュー】「インドネシアの絣・イカット~クジラと塩の織りなす布の物語~」たばこと塩の博物館 で4月9日まで

インドネシアの島々で見られるかすりの織物「イカット」。主に内陸部で農業などを生業にする人々によって織られることの多い布ですが、本展では、ジャワ島より東の地域にある島々で暮らす「海の民」のイカットが取り上げられています。漁民の集落でイカットが織られる例は他に知られておらず、この大変珍しいイカット作りの背景にある「海の民」と「山の民」の交易にスポットを当てています。
漁業の村で一枚の手織りの絣が出来上がるまでに、クジラ漁や、クジラ肉の保存、それに必要な塩の生産、またそうした産物を抱えて山間部へ何キロも歩いて物々交換をしに行くという人々のストーリーがありました。その中で特に、女性たちが受け持つ仕事の数々が印象深いです。
30年にわたって、この小さな島、レンバタ島に通って調査を続けてきた民族考古学者の江上幹幸ともこ氏のイカットコレクションを中心に、海の恵み、山の恵みを上手に生かして必要なものを自分たちの手で作り出す人々の力強い生活の一端を見ることができます。

江上幹幸コレクション インドネシアの絣・イカット ~クジラと塩の織りなす布の物語~
会期: 2023年1月21日(土)~4月9日(日)
会場:たばこと塩の博物館 (東京都墨田区横川1-16-3
開館時間:午前10時~午後5(入館は午後430分まで)
観覧料: 大人・大学生100円/ 小・中・高校生、65歳以上の方(要証明書)50
休館日:月曜日
アクセス:東武スカイツリーライン「とうきょうスカイツリー駅」より 徒歩8分
詳しくは同館の展覧会HPへ。

400年の歴史を持つレンバタ島の「イカット」

レンバタ島の「海の民」が暮らすラマレラ村のイカット

イカットは、経糸や緯糸を染め分けて模様を浮かび上がらせる絣の綿織物の総称です。インドネシアの島々では、その織物を継ぎ合わせ、筒状に縫い合わせて腰衣として着用します。スカートのようにはいて腰のところで折り返して固定するようになっているのですが、上の写真の一番長いものは2メートル近くあります。いったいどのように着用するのでしょうか。
実は、この長いイカットは、婚姻の際、結納の返礼品として女性側が男性側に贈るもので、実際に着用されることはないのだそうです。婚礼という人生の特別なイベントに合わせて手間暇かけて作られ、嫁いだ先でも大切に保管されて、場合によってはその家の娘が嫁ぐ際にまた相手の男性に贈られることもあるという非常に儀礼的な織物です。一方、右端のものは140㎝程度で、晴着として実際に着用するためのものです。

イトマキエイやクジラの文様

一番左のイカットは、長さはそれほどではありませんが、手の込んだ文様の結納返しの品です。文様部分を拡大してみると、特徴的な図柄が見えてきます。ひときわ暗く見える幅の広い横縞の部分に、三角形に見えるものは何だか分かりますか?

レンバタ島ラマレラ村で1980年代に結納の返礼品として織られたイカット(部分)。イトマキエイの柄が見える

上の写真の右の方に見える2つの三角形は、イトマキエイの一種(マンタ)の文様です。二つの二等辺三角形の頂点から外へ向けて2本の角のような物が出ているのがマンタの頭(頭鰭)、底辺から斜めに出ている細長い線が尾を表しています。

クジラと船の柄の晴着(部分)。1990年頃 薄茶の帯にはマンタも多数

現在ではマッコウクジラを中心に漁を営んでいるレンバタ島のラマレラ村の人々ですが、約400年前と伝えられているこの島への移住の前には、主にイトマキエイ類を獲って生活していたと考えられています。伝統的に非常に大切な獲物だったため、イカットの文様にも使われ、漁に際しても、捕獲したイトマキエイを引き上げる時には、クジラの時にはない特別な舟歌を歌う慣習があるのだそうです。

イカット作りの担い手

レンバタ島のイカット作りには特別な職人が存在するわけではなく、女性の仕事として誰もが日常的に行っています。

印象に残ったのは、上の写真の紡錘車。どのように使うのだろうと思っていると、実際に糸を紡ぎながら歩く女性の写真が展示されていました。

撮影:江上幹幸

運搬する品物を頭に載せて、移動しながらも常に手を動かしているのです。この紡錘車は、そうした女性たちのたくましい仕事ぶりを象徴しているように思えました。

広いインドネシアの他の地域で類を見ないレンバタ島の海の民によるイカット作りは、婚姻や交易による集落間の交流により技術が山の民から伝わったと考えられています。海の民はクジラ肉、海水から作った塩やサンゴを焼いて作られた石灰(藍染料の調整に使う)を、山の民はトウモロコシやバナナ、綿、染料の藍や茜をと、両者の社会は、日常的な物々交換でお互いに必要な資材を調達しあって成立しています。

捕鯨の村

海の民の男性たちは、村の氏族ごとに所有する船でマッコウクジラを中心に漁を行います。各氏族に属する約12人の漁師は、それぞれ船上での役割を持って乗り組みます。捕獲したクジラの分配法は厳しく決められていて、もりを構えて体ごとクジラめがけて突入する世襲の銛打ち役や船長ら船の乗組員だけでなく、船に食料を届けた協力者や、槍や銛の作り手、船大工など、捕獲に関わった人たちすべてにいきわたるようになっているそうです。

プレダンと呼ばれる木造の捕鯨船の模型

別の島のイカットとの違い

手前半分ほどがフローレス島のイカット。奥はティモール島のイカット

ここまではレンバタ島のイカットを紹介しましたが、会場では西にあるフローレス島や南にあるティモール島のイカットも展示されています。一見、似ているようにも思えますが、たばこと塩の博物館の高梨浩樹主任学芸員は、それぞれの島のイカットには特徴があると言います。

ティモール島のイカット

例えば、大きな島であるティモール島のイカットは、染料に黄色いウコンを使ったり、複雑な織り技法を組み合わせたりすることも多く、鮮やかな色と模様が特徴です。それに比べるとレンバタ島のイカットは地味な印象も持ちますが、それはレンバタ島の基本的な経済活動がほぼ島の中だけで完結していることも意味します。

レンバタ島の素朴でありながらも力強い暮らしが、どれだけ手間と時間を掛けているかという点に注目することで、私たちが普段買っているものも、誰かがどこかで作ったものなのだと考えるきっかけになればと、高梨さんは話していました。

ミュージアムショップには、現地で実際に使われていたイカットや、そこから作られた様々な小物が並んでいます。レンバタ島で島外の人にイカットを売ったお金は、ほぼ唯一の現金収入として、子どもたちの学費などに充てられているそうです。(ライター・片山久美子)