【レビュー】感性の導くままに歩んだ稀代の表現者 フェミニズムの観点でも注目 「合田佐和子展 帰る途(みち)もつもりもない」 三鷹市美術ギャラリー

時代の寵児として、激動の戦後を奔放に駆け抜けた美術家、合田佐和子(1940~2016)の没後初となる本格的な回顧展が故郷の高知県立美術館でスタートし、東京に巡回してきました。既成の美術史の枠組みに当てはまりにくい多彩な活動で、コマーシャリズムに積極的に関わったこともあり、現代アートとしてスポットが当たることは少なかった作家。しかしその軌跡を振り返ると一貫して高い力量を感じさせます。ジェンダーやフェミニズムの観点も含めてもっと注目され、再評価されてほしい存在、と思わせる有意義なキュレーションです。(美術展ナビ編集班 岡部匡志)
「奇怪な作品を作る美貌の美術家」をセルフプロデュース
合田佐和子は高知県生まれ。上京して制作活動に入ると、美術界に大きな影響力のあった評論家の瀧口修造らが高く評価。瀧口に後押しされる形で1965年に個展を開催し、キャリアをスタートさせました。


フェミニストの先駆けとしても知られる詩人の白石かずこ(1931~)らとも深く交流。時代の先端を行くアーティストとしてメディアにも頻繁に登場するようになりました。シングルマザーとして子育てをしつつ、家事の合間に制作に取り組むスナップも印象的です。担当学芸員の富田智子さんは「当時のアート界は圧倒的な男性優位の社会。そこで生き抜いていくためにも、奇怪な作品を作る美貌の美術家、というセルフプロデュースを戦略的に行っていたのでしょう」と話します。


初期の創作は立体中心だった合田はその後、独学で油彩画を学び、家事の合間にイーゼルに向かう生活が始まります。映画スターのブロマイドや映画のスチルなどをモチーフにした、耽美的でかつ退廃的な作品が登場。当時の雑誌や広告などにも広く用いられ、合田作品を代表するイメージのひとつです。

小人症の役者一家、マリリン・モンロー、キャサリン・ヘップバーンなどを組みあわせたキッチュな構図が印象的です。

豊かな実り、寺山修司、唐十郎とのコラボレーション
アングラ演劇で一世を風靡した「状況劇場」の唐十郎、「天井桟敷」の寺山修司という両氏との協働作業は、今みても鮮烈なものです。60年代から70年代にかけて、時代の最先端だった小劇場の隆盛にあたって、あの特異な演劇空間の重要な部分を合田の才能が担っていました。これらの業績は、演劇史的にみても長く記憶されるべきものでしょう。いわゆる「パルコ文化」とも深く関わります。




唐と寺山では、合田に対する依頼の内容も違っていたそうです。唐の場合は制作内容の指示が具体的で、依頼も公演ポスターの原画が中心。一方、集団制作を重視する寺山は、芝居などの世界観を構築するところからの参加を求めました。富田学芸員は「日本古来の土着性と西洋のバタ臭さを融合させた寺山の感性は、合田の世界観と近く、相性が良かったのでしょう」と見ます。
演劇や広告の分野での華々しい活躍は、アート界における評価という点ではマイナスに働いたのかもしれません。しかし、作家本人はそうした事に一切、拘泥する性格ではありませんでした。「感性のままに、自分がしたいことに取り組んだ人。他の分野に知人が多く、美術界にあんまり友人はいないの、と笑っていたそうです」(富田学芸員)。
「見る」「見られる」への強い意識
1985年、合田は以前から念願だった憧れのエジプトに移住。様々な問題もあって1年で帰国しましたが、その作品は技法、色彩感ともさらに深化しました。

何のツテもないまま、娘2人を連れてアスワン近くの小さな村に移り住みました。住民には溶け込み、人気の存在だったようです。思うところに突き進むキャラクターを想像させます。



またそのキャリアの中では一貫して、「眼」、あるいは「見る」ということをモチーフにした作品が印象に残ります。大型の作品もあります。


2001年に高知県立美術館で開催された「森村泰昌と合田佐和子」展に出品するために制作された大作。
クローズアップレンズを通してみた世界を描くなど、「視覚」そのものに強い関心がありました。若いころから様々なルッキズムに晒されたでしょうし、作家にとって「見る」「見られる」は大きなテーマだったでしょう。消費されてしまう見られる存在から、主体的に見る側へ、という意思を感じます。
「帰る途(みち)もつもりもない」人生の道行き


展示の結びは晩年の初公開作品など。体調を崩して入退院を繰り返しつつ、最後まで色鉛筆は手放さず、様々なかたちを描き続けました。思わせぶりな展覧会のタイトルは晩年、合田がノートに何度か記した言葉から取っています。生涯、表現に賭けた人を象徴するような一節です。
「喜びの樹の実のたわたにみのるあの街角で出会った私たち
もう帰る途もつもりもなかった」
会場は多くの来場者でにぎわっていました。高齢者から若者まで年齢層も性別もさまざま。「中高年層は、状況劇場や天井桟敷に夢中になった方が多いようです。若い方は合田さんのことは知らなかったけれど、ポスターなどのビジュアルを見て、『あっ』と惹かれた方々のようです」(富田学芸員)。

合田佐和子展 帰る途(みち)もつもりもない
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会期
2023年1月28日(土)〜3月26日(日) 前期(~2月26日)、後期(2月28日~)で展示替えあり -
会場
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観覧料金
一般600円/65歳以上・学生(大・高)300円
*中学生以下および障害者手帳等をお持ちの方は無料
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主催
三鷹市美術ギャラリー・(公財)三鷹市スポーツと文化財団 -
休館日
月曜日
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開館時間
10:00〜20:00 (入館は午後7時30分まで) -
特別協力
高知県立美術館(公益財団法人高知県文化財団) -
協賛
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