【毒展図録開封の儀】美しい装丁で豊富な情報量が魅力の特別展「毒」の図録を紹介

特別展「毒」はもうご覧になりましたか? 大好評の毒展は、国立科学博物館で2月19日まで開催中です。まもなく会期終了ですが、3月18日から5月28日まで大阪市立自然史博物館 ネイチャーホールに巡回します。私も会場展示を拝見しましたが、多くの専門家が結集して「毒とはなにか?」という果てしなき問いに全力で答えた展示は、観る者の知的好奇心を大いに刺激する内容でした。
図録も魅力的で、美しい装丁のデザインは長く手元に置いておきたい逸品です。ただ今回私が推したいのは中身の充実ぶり。この図録を熟読すれば、毒の主要な論点はカバーできるでしょう。「毒のセレクトショップ」とでも形容したくなる本図録の魅力を3つ、厳選して紹介します。(ライター・佐藤拓夫)
全部読みたくなる理由は章立てにあり
毒展図録の大きな魅力はたくさんあるのですが、私が最も感心したのは、毒に関する重要な論点を網羅しているにもかかわらず通読可能なボリュームにまとめていることです。
毒に特化した展覧会は多くはありません。毒を科学的に正しく解説するためにはきわめて高度な知見を要するからでしょう。今回の毒展でも、国立科学博物館の動物学、植物学、人類学、理工学、地学の研究員が監修し、さらに国内外からたくさんの研究機関や研究者が協力しています。

もっとも本展は、一般向けの展覧会です。展示のボリュームの制限がある中で、科学の専門知識をもたない人にも平明かつ面白く紹介することに、担当者の方々がどれだけ苦心したかは、図録の章立てをみればよくわかります。
「毒の世界へようこそ」と題する第1章で読者を毒の世界へいざなうと、続く第2章「毒の博物館」では毒のバリエーションの豊富さをテンポよく紹介します。ここまでが基礎であり、お膳立てです。
応用となる第3章「毒と進化」以降では、人間や生物が毒をどのように受容してきたかを説き、続く第4章「毒と人間」で毒を利活用する人間の知恵を語ったら、毒と人間の不即不離の関係に触れる終章「毒とはうまくつきあおう」で締めくくります。つまり毒展および図録は断絶した章が一つもなく、全体を順に通覧することで毒をめぐる共通知を把握できるのです。
読者の理解をサポートしようという狙いは、本文(基礎)とコラム(応用)という二段構えの編集にも。1度目は本文だけ。2度目はコラムも併せて読むというように情報のグレードを区別しながら読めるので、読者のレベルに応じて毒の世界を学ぶことができます。

毒と上手に共存してきた人類の歴史をスケッチ
動物や昆虫や植物が毒を獲得したのは、端的にいうと「生きるため」です。攻撃のためか防御のためかという選択はありますが、毒の持つ力で自らの命を守り、食料を確保し、子孫を遺すために毒を活用します。つまり、どこまでも「自分本位」なのです。
しかし、人間が毒を利用する場合、獲物の狩りや、身を守るために相手を殺すといった目的で毒を使う場面はごく一部。毒性のある原料から薬やワクチンをつくったり、プラスチックを発明して金属の代用品にしたりと、人間は社会生活の利便性を高める手段として毒や毒性のある物を利用してきたことが分かります。

きのこやフグのように日本人が好んで食べる食材もその延長線上にあります。安全に食べるための知恵を広く共有できるまでには、誰かが勇んで口にして体調を崩したり命を落としたりの受難が無数にあったことでしょう。
なぜ人間はそうまでして毒との共存を選んだのか。そのヒントが、第4章「毒と人間」をはじめ、図録全体に散りばめられています。終章でも触れているように、毒は相対的なものであり、絶対悪ではありません。「毒とはうまくつきあおう」という章題は、なるほど自然なことだといえます。
毒の理解の解像度がアップ
「毒」とはあまりにもあいまいな言葉なのです。一口に毒といっても様々なバリエーションがあることはいうまでもありません。わかりやすい例が、毒の強さ。その点で注目したいのが「シュミット指数」です。会場でも多くの人が足を止めて注目していました。

シュミット指数が示すように、毒には弱毒から強毒までグラデーションがあります。例えば毒きのこの場合、間違って食べたときに下痢や腹痛ですむものから、内臓の細胞が破壊されて死に至るものまで、様々な段階があるのです。中には「カエンタケ」のように、近づくことさえ憚られる毒の完全体もあったり……。

毒きのこだけでなく、他の毒でも毒性には段階があります。したがって私たちが毒を正しく恐れ、適切に利用するためには、解像度の高い情報を知っておく必要があるわけです。
図録では、血液毒・神経毒・細胞毒それぞれの化学的なメカニズムのほか、警告色や擬態といった有毒性を示すデザインについても、多くの図版を使いながらわかりやすく解説しています。
箔押し・フルカラーの美麗なデザインと充実した解説で毒の魅力を余すところなく網羅した公式図録で展覧会の後も毒展を楽しんでください。価格は2400円です。(2月13日~3月17日(金)23:59まで期間限定でネット販売中。販売サイトはこちら)
1972年生まれ、宇都宮市在住のライター。美術好きで図録コレクターだった亡父の影響で、“図録道”の沼にはまる。展覧会会場では必ず図録を購入し、これまでに2000冊以上を読破。購入した図録を眺めては悦に入る時間をこよなく愛する、自称「超図録おたく」。