話題の「大奥」のビジュアルを創造 清川あさみさんにインタビュー 「新しい時代の価値観と、変わらぬ心のレイヤーをアートとして表現」 意匠に込められた様々なメッセージとは

年明けからNHKドラマ10でスタート、その高い完成度で話題を集める「大奥」。アーティストの清川あさみさんが担当したキービジュアルやタイトルバックは、ドラマの世界観を強く視聴者に印象づけました。どういう狙いがあったのかを伺いました。(聞き手・美術展ナビ編集班 岡部匡志、撮影・青山謙太郎)
老若男女問わず賞賛
Q 放送開始から話題沸騰ですね。
A 行く先々で「大奥」が話題になり、多少なりともお役に立てて嬉しいです。歴史や美術を専門にする大学のご高齢の先生から、20歳代の若い層まで、お会いする方々から「分かりやすく丁寧に作られている」「ビジュアルがかっこいい」「毎週楽しみにしている」と好意的な感想を聞かせてもらっています。SNS上でもとても人気のようですね。
Q どういう経緯で「大奥」を担当したのでしょうか。
A 「べっぴんさん」(※)など以前からNHKでは沢山お仕事をさせていただいていて、今回も現場の担当の方から「ぜひ清川さんのイメージで」と声をかけてもらいました。良い作品を世に残したい、というスタッフの皆さんの熱意を強く感じました。

新時代の価値観、そして今も昔も変わらぬ「心のレイヤー」を表現
Q 「大奥」のストーリーについてはどう感じましたか。
A 今の時代に相応しい内容で、伝統の革新、ジェンダー、多様性など様々な社会的なメッセージを含んでいます。よしながふみさんの原作、森下佳子さんの脚本と、作品を貫く問題意識にとても共感しました。一方、「心のレイヤー」とでも表現したらいいのでしょうか。お花を見れば美しいと感じ、恋をすれば切ない、という時代を超えた普遍的な思いも描かれています。そうした感情は1000年前も1000年後も変わらないと思うのです。日本の文化を愛する者としてそうした要素も大切にしたいと考えました。
Q 今回は3組のカップルをビジュアルにフィーチャーしました。
A それぞれどうしてもうまくいかない、結ばれない感じがあって(笑)、でもそこに人間関係の面白さがあります。スムーズにいかないからこそ思考するきっかけになるし、問題があるのがある意味、当たり前ですから。嫉妬や情熱や孤独、悲しみといった切ない部分も表現したいと思いました。
Q 「円」と「流水紋」が統一したイメージとして登場していますね。
A 「円」はcircleの意味で囲われているイメージや、始まりや終わりがない永遠を表すイメージもあります。月のイメージなど日本らしさも表現したくて。流水紋は、時代が変わっても形を変えながら流れ続ける未来永劫の幸せなどを示す吉祥で、作品全体を貫くモチーフのひとつかもしれません。
花言葉、モチーフ、色彩…、デザインに込めた狙い
Q 最初に発表され、大いに話題になった<8代・徳川吉宗×水野祐之進編>のビジュアルです。冨永愛さん、中島裕翔さんの凛とした美しさが印象的でした。

A 吉宗をめぐるストーリーですし、力強い「革新」や「自立」といった言葉を真っ先に思い浮かべました。同時に、儚さや優しさもこの2人の関係には重要な要素なので、一晩しか咲かないことや、夜に咲くなど「強い意思」「はかない恋」「秘めた情熱」といった花言葉をもつ月下美人をあしらいました。自らの意思でそれぞれの人生を歩んでいくイメージを込めて、上と下へタテに伸びる構図を選びました。色彩は抑え加減ですが、これは吉宗の時代、倹約ムードで色の遣い方も控えめだったことを踏まえています。
Q 続いて<3代・徳川家光×万里小路有功編>です。2人の魂が徐々に惹かれていく様を思い出して感動的でした。

A 家光が「男女逆転」ストーリーの始まりなので、春より前、という文脈を込めて梅の花をまず考えたのです。調べてみると梅の花言葉は「上品」「高潔」「忍耐」「忠実」といったものでした。
Q この2人そのものの花言葉ですね。
A そうなんです。不思議な符合に感動してしまいました。撮影現場も見せてもらったのですが、2人が佇んでいる姿を見るだけで、猛烈なエネルギーが伝わってきて泣けてしまって。堀田さんは一見、可愛らしいイメージですが、役に入り込んだ時の迫力など演技力に圧倒されました。福士さんも素晴らしい空気感を醸し出していました。
Q 最後に<5代・徳川綱吉×右衛門佐編>。こちらは一転、豪華です。

A この2人は様々な駆け引きのある大人の恋のイメージなので、あえてモダンなバラを散らしました。
Q 蝶々も印象的ですね。
A 蝶々は華麗に滅び、美しく神秘的に再生したり、何かを探したりしているイメージがあります。目標を探し、彷徨うイメージもあります。今作の綱吉はとても華やかで美しいのですが、一方で様々な悲しみや立場上の辛さを抱えて、自分の人生の行方をあてどなく探している存在でもあります。そうした文脈で選んだモチーフです。
アート作品としてのこだわり
Q 印象的なタイトルバックも担当しました。
A 最近AI技術などの進化と同時に、神話や命、人の心を意識して作品を考えています。タイトルバックに使用した「Serendipity(セレンディピティ)」という作品は、情報の森に飛び込んだわたしたちは、いつしかこの時代にいることも忘れそうで、月の光を頼りに夜の森をさまよい歩きながら新しい神話を紡いでゆく印象があり制作しました。この新作がちょうど、「大奥」というドラマの持つ革新性や新しい時代性と符合するように感じたので、その映像を使ってまとめることができました。

Q ドラマに使われるこうしたビジュアルを制作する仕事について、どう考えていますか。
A 私は、コマーシャル的な意味だけのイメージで作らないようにして、まさに今を現す作品だと考え、普段の作品作りと全く同じように取り組んでいます。今回のドラマのスタッフやキャストの皆さんと同じように、長く語り継がれるものを作りたいと常に願っています。自分のビジュアルがドラマに関心を持ってもらうきっかけになれば、とても嬉しく思います。(おわり)
2月23日(木)に、東京・天王洲のMAKI Galleryで開幕する清川さんの個展「Mirror World」について詳しくはこちら↓
(※)「べっぴんさん」 芳根京子さんがヒロインを務めた2016年度下半期の連続テレビ小説。清川さんはポスターやオープニング映像などを担当した。
<清川あさみさんのプロフィール>
1979年、兵庫県・淡路島生まれ。東京を拠点に活動。服飾を学ぶと共に雑誌の読者モデルをしていた2000年代より”ファッションと自己表現の可能性”をテーマに創作活動を行う。雑誌やSNSなど、人々が日々関わる情報メディアやシステムが拡張する社会で、個人のアイデンティティを形成する”内面”と”外面”の関係やそこに生じる心理的な矛盾やギャップなどを主題とする。
偶然「糸」が写真の上に重ねて置かれたのを見たことから着想し、モデルとなる人物を撮影して、その写真に直接刺繍するという独自の手法をはじめる。「糸」と写真のほかに、雑誌や本、布やキャンバスなど、ミクストメディアによる多様なビジュアル表現を展開する。
代表作として「美女採集」「Complex」「TOKYO MONSTER」などがあり、人がそれぞれ持つ人生のストーリーや、心の状態と社会状況の関係を作品化してきた。水戸芸術館(2011年)、金津創作の森美術館(2015年)、東京・表参道ヒルズ(2012年、2018年)にて個展・展覧会を多数開催。アートディレクターとして広告のビジュアルやグラフィックデザインに携わると共に、空間デザインやCM映像の制作も行う。
また絵本作家としての活動も続けており、作家・谷川俊太郎氏と 『かみさまはいるいない?』を共作。児童書の世界大会の日本代表にも選ばれている。2020年より淡路島の地方創生事業に南あわじ市地域魅力プロデューサーとして関わる。
2022年4月より、大阪芸術大学の客員教授に就任。