【レビュー】「エゴン・シーレ展」東京都美術館で4月9日まで 強烈なアイデンティティの表現を求めて

東京都美術館で4月9日まで開催されている「レオポルド美術館 エゴン・シーレ展 ウィーンが生んだ若き天才」。レオポルド美術館はオーストリアのウィーンにあり、世界有数のシーレ作品のコレクションで知られる美術館です。本展は同館の所蔵品を中心に、夭折の天才エゴン・シーレの画業を紹介します。さらに彼を取り巻く同時代の作家たちにも光を当てることで、革新的なウィーンの美術界における近代化の空気を体感できる、層の厚い構成となっています。
全14章の特徴ある章立て

本展は全14章で、シーレを軸にオーストリアを代表する同時代の画家の作品が約120点展示されています。そのうちシーレの作品は、油彩やドローイングを含め50点が来日。ここまでまとまった数が一堂に会するのは、およそ30年ぶりです。
さて、全14章というと、ひとつの展覧会としてはかなり細かい章立てに見えます。これはシーレの画業のみが14に分けて紹介されているのではなく、先に述べたように同時代に活躍したグスタフ・クリムトやコロマン・モーザー、オスカー・ココシュカなどが“周辺画家”として一括りにされず、独立した章を用いて語られているためです。

こういったかたちで紹介されることで、近代化の中でウィーン分離派が生まれて以降、ウィーンの美術界が保守的な体制から転換をしていった変遷を、作品を通じて感じることができます。また多くの作家と見比べることで、シーレが独自に追究したものが自然と浮き彫りにされていくのも興味深いです。
シーレが追究したもの──その中で突出しているのは「アイデンティティ」ではないでしょうか。
表現主義へ至るまで
「自画像」という言葉を目にした時、連想するのはどのような画家でしょうか。
レンブラント、デューラー、ゴッホ、ムンクなど、多様な画家が自身をモチーフに描いた作品を残していますが、シーレもまた多くの自画像を制作しています。最初期のものは15~16歳頃、そこから晩年(といっても彼は28歳でこの世を去ってしまうのですが)まで200点以上もの自画像を描いており、それらには生々しいまでのアイデンティティが塗りこめられています。

幼いころから絵の才能に長け、ウィーン美術アカデミーへ入学。学校の成績が芳しくなく、この道へ進まざるを得なかったとはいえ、最年少の16歳で難関を突破しているところは彼の画力の高さを物語ります。
在学中、当時既にウィーン美術界の中心的人物であったクリムトと出会い、感銘を受けたシーレは26歳年上のクリムトを師のように慕いました。同時に保守的なアカデミーの教育に辟易した言葉を残しており、のちに退学もしています。
シーレはクリムトの影響を大いに受け、しばらくはその様式を取り入れていましたが、やがて「クリムトは知り尽くした」と表現主義の道へ進んでいきました。

ここから彼の作品は一般的に知られる特徴的な作風となっていきますが、それでも随所にクリムトの影響が見え隠れしているように感じます。クリムトと決別したわけではなく、その後も交流が続いていることから、クリムトの様式がシーレの血肉の一部となったということなのでしょう。
とはいえ人間の内面における不安や怒り、恐れを描いた表現主義は、クリムトの作品にみられるアール・ヌーヴォーや象徴主義的なイメージとは一線を画しました。どちらかと言えば醜く、不気味で不穏、攻撃的な印象を見るものに与える絵画です。そしてシーレはその様式を用いて自画像を描きました。
強烈なアイデンティティ

生まれながら才能に恵まれ、生活が困窮することもあったけれど人の縁にも恵まれ、パトロンもついたシーレ。何より早くから作品を評価され、画家としての地位を築きました。
一方で幼くして敬愛する父を亡くしたこと、母親と折り合いが悪かったこと(父の亡きあと経済的に厳しくなった中で、節制する母と浪費癖のあるシーレは暫し対立しました)、スキャンダルを起こして移住を余儀なくされたり投獄されたりしたこと、ウィーンという大都市ならではの喧騒や人間関係に心底嫌気がさしたことなど、鬱屈した感情が彼の中に蓄積されていったことは大きく影響を与えました。

もとよりナルシシズムなところがあり、彼のポートレートからも自身をどう見せるか強く意識しているのが伝わってきます。自分は才能に満ちた選ばれし人間であるというプライドの高さと、それに反した拭いきれない負の感情。シーレの自画像はそうした相反する複雑な心境を隠すことなく、むしろどうしたらより露骨に表現できるかを模索しているように見えます。

そういった鋭い観察眼や内面を表現する力は、自画像のみならず他社の肖像をはじめとする他の作品にも用いられています。とりわけヌードは、そのセンセーショナルなポーズからシーレの代名詞のように語られることもありますが、ここで注目したいのは身体表現です。
「ジョジョの奇妙な冒険」シリーズで知られる漫画家・荒木飛呂彦にも強い影響を与えたとされるシーレの作風は、エロティシズムだけでなく、骨格や筋肉、脂肪、そして皮膚が、いかに雄弁であるかを独特な線と色彩で活写しています。
夭折の天才──その強烈な軌跡をぜひ会場で
1915 年、シーレはモデルでありパートナーとして共に歩んできたワリー・ノイツェルと別れ、家柄の良さを主な理由に中流階級のエーディト・ハームスと結婚。この頃より表現主義的な作風から離れるようになり、エーディトを描いた作品にもそれまでの強い挑発や、不穏といった雰囲気は感じられなくなります。

結婚してすぐシーレは第一次世界大戦に招集されますが、前線配属を免れたこともあり、兵役中も制作を続けました。そうした活動の末、1918年の第49回分離派展にて経済的な大成功を収めるも、その年の10月にスペイン風邪に罹患。妊娠中の妻エーディトが他界した3日後に、シーレも息を引き取りました。この時28歳でした。
真の芸術とアイデンティティを追究し、大きな成功を手にした直後に惜しくもこの世を去ったエゴン・シーレ。
「戦争が終わったのだから、僕は行かねばならない。僕の絵は世界中の美術館に展示されるだろう」
彼は最後にこの予言めいた言葉を残していますが、その言葉のとおりシーレの作品は、こうして世界中の人々の目に触れることになります。彼の遺した強烈な軌跡を、ぜひ会場で体験してください。
(ライター・虹)
レオポルド美術館 エゴン・シーレ展 ウィーンが生んだ天才 |
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会場:東京都美術館(東京都台東区上野公園8-36) |
会期:2023年1月26日(木)~4月9日(日) |
観覧料:一般2,200円/大学生・専門学校生1,300円/65歳以上1,500円 ※チケットは日時指定制 |
開室時間:9:30~17:30、金曜日は20:00まで(入室は閉室の30分前まで) |
休館日:月曜 |
アクセス:JR上野駅公園口から徒歩7分、東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅から徒歩10分、京成電鉄京成上野駅から徒歩10分 |
詳しくは公式サイト(https://www.egonschiele2023.jp) 公式Twitter:@schiele2023jp 問い合わせは050-5541-8600(ハローダイヤル)へ ※全日9:00~20:00 |