【探訪】「佐伯祐三 自画像としての風景」ヴァイオリンも弾いた早世の画家 彼の絵は当時のパリを再生できる「楽譜」?【ライター・菊池麻衣子が語る】

左:《レストラン(オテル・デュ・マルシェ)》 1927年 大阪中之島美術館蔵 右:《テラスの広告》1927年 石橋財団アーティゾン美術館蔵

「佐伯祐三  自画像としての風景」が、東京ステーションギャラリー(JR東京駅丸の内北口)で4月2日(日)まで開催されています。アートライターの菊池麻衣子さんに、佐伯祐三の魅力を語ってもらいました。

みなさん、「佐伯祐三」と聞いてパッと思い浮かぶイメージはありますか?
「もちろんパリの風景でしょう」なんて言えるあなた、ツウですね。

佐伯祐三(1898~1928年)は、大正・昭和初期に活躍した洋画家。大阪、東京、パリの3つの街に生きましたが、画家としての短い活動期間の大部分をパリで過ごし、30歳で客死しました。

会場のパネル写真より。私が佐伯祐三と聞いた瞬間に浮かぶイメージは、彫の深いイケメンぶり!

躍動感や生命感の秘密は「描くスピード」に?

国内外で高い評価を集めている佐伯の絵は、やはり2度のフランス渡航で描いたパリの風景。特に、踊り狂っているかのようなアルファベットが描きこまれた2度目のパリの風景です。燃えるような興奮状態で描いた文字いっぱいの作品は、彼が肺結核で亡くなる1年前に集中しています。そのうえ、体調を崩しながらも1日に4枚完成させるほど、描くスピードが速かったそう。その「速描きぶり」には、里見勝蔵や木下勝次郎ら周囲の画家たちも驚いていたようです。

《ガス灯と広告》 1927年 東京国立近代美術館蔵

「佐伯祐三 自画像としての風景」展を担当した東京ステーションギャラリー館長の冨田章さんは、展覧会公式図録の中で、佐伯が意識的に速く描いていたことを強調しています。

「佐伯自身が描くスピードに意識的であったことは、同じ題材を、描く速度を変えて描き分けた例が複数あることで分かる。(中略)明らかに佐伯は、描くスピードの違いによる絵の効果を確認しようとしているのだ。(中略)第二次渡欧時代は確信をもって速いスピードで描くことを選択した、ということが考えられるのである。」(展覧会公式図録181ページ)

速く描くことで生まれた躍動感や生命感が、佐伯の絵の大きな特徴であり、最大の魅力の一つになっているというのです。
本当にそうだな~と思いながら眺めているうちに、躍動する文字や線から、リズムや音楽が感じられてきました。もしかしたら、作品を描く佐伯の頭の中には、色々な音楽が流れていたのでは? ここで、佐伯はヴァイオリンも弾いていたという逸話を思い出しました。

クラシック音楽を愛した佐伯

左:《カフェ・タバ》1927年 個人蔵(大阪中之島美術館寄託) 右:《ピコン》1927年 個人蔵

佐伯は、14歳の頃にヴァイオリンに興味を持ち、23歳の頃にヴァイオリニストの林龍作と交友。展覧会公式図録(197ページ)には、2度目の渡仏時、「(前略)林龍作の影響で再びヴァイオリンに熱中し、林のヴァイオリンを20号の風景2点と交換してフランス人ヴァイオリニストに師事。林とシャトレ劇場で『シェエラザード』の演奏を聴いて感動する」とあります。

「シェエラザード」! 「千夜一夜物語」の語り手である美女シェエラザードの美しい声を表現するモチーフがヴァイオリンソロで何度も登場する、作曲家・リムスキー=コルサコフの傑作です。

『もっと知りたい佐伯祐三』の著者である熊田司氏は、「自らヴァイオリンを弾き、リムスキー=コルサコフやストラヴィンスキーを愛聴した佐伯の絵には、バッハ、モーツァルトなど作曲家の名もたびたび書き入れられています」と指摘。クラシック音楽を聴くのも大好きだったのですね。

佐伯の作品は「楽譜」?

そしてまさに、ヴァイオリンに熱中してクラシック音楽をよく聴いていた時期が、文字いっぱいのパリの広告を速いスピードで描いていた1927年と重なっています。描きこまれたアルファベットは、パリの音や空気をはらんで踊っている生き物のようでもあり、佐伯が目の前の一瞬を音楽とともに伝えようとして開発した音符のようにも見えてきました。その音符は、100年後に誰が見ても、自分の感性で再生できるような仕掛け。もしかしたら、佐伯の作品は、絵の顔をした楽譜なのかもしれません。

左:《レストラン(オテル・デュ・マルシェ)》1927年 大阪中之島美術館蔵 右:《テラスの広告》1927年 石橋財団アーティゾン美術館蔵

不思議なのは、相当な速さで描かれている異国のアルファベットが、一つの間違いもなく流麗であることです。一方で、佐伯がパリから日本へ送った自筆の葉書を見ると、ひらがなや漢字がぎこちなく、たまにぐしゃぐしゃと消して書き直されていることがわかります。これは、母国語を、意味のある「文字」として書いたからなのでしょうか。

パリへ渡る前に、下落合で描いた絵に登場する日本語の看板はこんな感じです。こちらは、実用的で意味もわかる看板そのもので、パリの広告のアルファベットから聴こえてくるような音楽は感じません。

《看板のある道》1926年頃 個人蔵

やはり異国の地・パリの、所々意味がわかったりわからなかったりするアルファベットだからこそ音楽を託すことができたのかもしれません。

壁と広告だけをクローズアップし、文字や線を躍らせるという表現は、当時の西欧人には思いつくことができなかった方法なのでしょう。その証拠に、佐伯の作品は、徐々にフランスでも注目を集めるようになります。冨田館長によると「通りで制作中の佐伯の絵を見た画廊から声をかけられ、『1ヶ月に100号(枚数は問わない)の絵を描いてくれたら数千フラン支払う』という契約を結びました」とのこと。ところが、程なくして佐伯は病床につき、30歳の生涯を閉じました。

一方で、彼が感じたパリの音色はしっかりと絵の中に生きていて、現在の私たちに向けて奏でられ続けています。もし展示会場で、作品のなかのアルファベットがリズムや歌詞に思えてきたら、心の中で歌ってみるのも良いかもしれません。

佐伯祐三 《レストラン(オテル・デュ・マルシェ)》 1927年 大阪中之島美術館蔵

(ライター・菊池麻衣子)

菊池麻衣子

東京大学文学部社会学科卒業。英ウォーリック大学修士課程修了、専攻は「映画論」と「アートマネジメント」。雑誌等で作品の見方や作家の活動を顕彰する美術記事を多数執筆。特に若手美術家の評価に力を入れている。アーティストと交流しながら作品の鑑賞・購入を促進する企画をプロデュースするパトロンプロジェクト代表を務め、2014年から展覧会やイベントを企画。著書に『アート×ビジネスの交差点』

佐伯祐三 自画像としての風景
会場:東京ステーションギャラリー(東京都千代田区丸の内1-9-1)
会期:2023年1月21日(土)~4月2日(日)
休館日:月曜休館、ただし3月27日は開館
アクセス:JR東京駅丸の内北口改札前
入館料:一般1,400円、高校・大学生1,200円、中学生以下無料
※障がい者手帳等持参の方は100円引き(介添者1名は無料)
※会期中一部入れ替えあり
※詳細情報はウエブサイト(https://www.ejrcf.or.jp/gallery)で確認を。