【レビュー】「杉本博司―春日神霊の御生(みあれ) 御蓋山そして江之浦」春日大社国宝殿で3月13日まで 春日信仰とアートが奈良で融合

十一面観音立像 平安時代 木造 小田原文化財団(前田青邨・白洲正子旧蔵)と春日大社の国宝・鼉太鼓(だだいこ)

特別展「春日若宮式年造替奉祝 杉本博司―春日神霊の御生(みあれ) 御蓋山そして江之浦」
会場:春日大社国宝殿(奈良市春日野町160)
前期:2022年12月23日(金)〜2023年1月29日(日)
後期:1月31日(火)〜3月13日(月)
開館時間:10:00~17:00(16:30受付終了)
※会期中、延長開館をおこなう場合あり
休館日:1月30日(月)
料金:一般1000円、大学生・高校生600円、中学生・小学生400円
詳しくは春日大社国宝殿展覧会ページ:https://www.kasugataisha.or.jp/museum_exhibitions/11762/

「世界中で100回以上、展覧会をおこないましたが、今回が一番しっくりくる展示になりました」
ニューヨークを拠点に活動する世界的な現代美術作家・写真家の杉本博司氏がそう語るほど、渾身の特別展「春日若宮式年造替奉祝 杉本博司―春日神霊の御生みあれ 御蓋山そして江之浦」が春日大社国宝殿(奈良市)で3月13日まで開催中です。特筆すべきは、春日信仰と美術が一体となった展示。かつての神仏習合を感じさせるお堂の中のような空間から、すべての作品が信仰の対象であることが伝わってきます。「ここに神意を感じる」という本展を杉本氏と春日大社・花山院かさんのいん弘匡ひろただ宮司の言葉とともにご紹介します。

杉本博司氏と花山院弘匡宮司(若宮社殿で)

開催に至る2つのきっかけ

本展開催には、2つのきっかけがあります。ひとつは、2022年10月に春日大社の本社本殿と同格である摂社「若宮」が20年に一度の式年造替しきねんぞうたい(社殿の修復をおこない、神宝や調度品を新調すること)が復活した奉祝記念。もうひとつは、2022年3月、杉本氏が設立したアート施設「江之浦測候所」(神奈川県小田原市)に春日大社から御祭神を勧請かんじょうし、「甘橘山 春日社」が創建されたことです。
仏教美術や神道美術のなかでも、特に春日美術への造詣が深く、春日明神の崇敬者として知られる杉本氏。氏の蒐集品の3分の1が「春日美術や春日若宮美術」であることからも、その篤い信仰心が伝わってきます。そのため、本展のために撮り下ろした新作だけでなく、コレクション(春日関係の古美術)が春日の地に戻った点に注目です。

春日舎利厨子 鎌倉~南北朝時代 常実坊

全国に(春日大社を総本社とした)春日神社が3000社以上ありますが、昭和50年頃を最後に近年の勧請はおこなわれていませんでした。花山院宮司は、「最初は、基本的にできないことをお伝えしました。しかし、杉本さんの並々ならぬ熱意もあって、甘橘山 春日社には、専任の神主が常駐し、月に一度は月次祭つきなみさいをおこなうとの申し出があったのです。そのため、この度、特別にご関係を持たせていただきました」と説明。「春日の信仰をさらに広めてくれる御師のような方」と杉本氏の思いを受け止め、実現しました。

「これを撮れ」杉本氏の新作屏風

杉本博司 『春日大宮暁図屏風』六曲一隻 2022年
杉本博司 『春日大社藤棚図屏風』六曲一隻 2022年

国宝殿に入ると最初に出迎えるのは、最新作である6曲1隻の屏風『春日大宮暁図屏風』と『春日大社藤棚図屏風』です。
特に春日の霊木「砂ずりの藤」が神々しい『春日大社藤棚図屏風』の撮影では、邂逅かいこうがあったといいます。藤が満開となる前夜の朝日が昇った直後に撮影した際、「鎌倉時代のような状況が突然現れ、これを撮れとご神託があったかのようでした」と思い返します。

若宮社のみを描いた唯一の「春日若宮曼荼羅」

中央:春日若宮曼荼羅 鎌倉時代 小田原文化財団

本展は、杉本氏の春日美術コレクションのなかでも「若宮」に関するものが多く展示されており、いにしえ人の若宮への篤い信仰が分かります。

若宮は、平安時代(長保5年)に春日大社本社本殿の4柱のうち、第三殿の天児屋根命あめのこやねのみこと、第四殿の比売神ひめがみとの間に生まれた御子神みこがみ様で、神仏習合に基づく本地垂迹ほんじすいじゃくでは、文殊菩薩が本地仏です。神体山・御蓋山みかさやまとその奥山の春日山は、奈良盆地の水源地であるため、若宮は、水神であり、五穀豊穣の神として信仰されています。

春日若宮曼荼羅(部分) 左下の僧侶は誰なのか?

なかでも注目は、若宮社だけを描いた唯一の春日宮曼荼羅である「春日若宮曼荼羅」。若宮奉祝として本展を開催するきっかけとなった杉本氏の蒐集作品です。

「重要文化財級のものです。文殊菩薩から経典を渡されている興福寺のお坊さん(画像左下)は誰か?と議論が盛んですが、興福寺の僧侶は、信円しんえんか、信円に近しい人物かと思われます」(花山院宮司)
元の持ち主が、僧侶として、藤原氏として篤く若宮を信仰していたことが分かります。
※信円。興福寺別当として南都焼討からの復興に尽力し、現在の興福寺の基礎を築き上げた中興の祖。摂政関白太政大臣藤原忠通の9男。

展示ケースに畳が敷かれている意味は?

春日若宮騎獅像 南北朝時代 個人蔵

また、展示ケース内に畳が敷かれているのは、「美術品としてではなく、かつてのように床の間で、生活の中の信仰の対象として、拝観しているように感じていただけたら。掛け軸が御神体であると分かります」との杉本氏の考えから。

地蔵菩薩立像・神鹿像 鎌倉時代 個人蔵

どれも小品ながら、精緻な工芸細工のすばらしさに圧倒されます。
「小さい仏様の方が個人の実際の生活の中での信仰としての密度が深く、自分を守ってくれるので、すばらしい仏様が多いのです。本来、神様は見えないので、心の中で感じていたのですが、神仏習合により、見えないはずの神様が仏様の姿として見えるようになったのです」(花山院宮司)

里帰りした神遊びの仮面

古作面「児屋根命」南北朝時代 小田原文化財団

若宮は、水神、五穀豊穣の神であるだけでなく、芸能の神でもあります。日本最大の古典芸能祭典として知られる毎年12月の若宮の例祭「春日若宮おん祭」からも分かります。

注目の古作面「児屋根命」は、春日大社第三殿にまつられ、天岩戸神話にも登場する天児屋根命あめのこやねのみことの古面です。
「非常に珍しい類例がない面で、春日に里帰りしました」と杉本氏。

初の試み 春日若宮と現代美術のコラボ

杉本博司 『甘橘山春日社遠望図屏風』八曲一隻 2022年

展示は、国宝殿だけではありません。杉本氏が「私の作品が若宮をお参りしている」と語るように、若宮境内の日本最古と伝わる神楽殿(重要文化財)に 『甘橘山春日社遠望図屏風』が展示されています。若宮で現代アート作品の展示は初の試み。小田原の甘橘山春日社に春日御神霊が勧請され、そこから伊豆大島を望み、御神気が海へと広がり伝わっていくかのような作品です。

杉本博司 『日本海 隠岐』 1987年

「私達日本人が自然とともに暮らすメンタリティが神道であり、そのスピリットを現代芸術でいかに表現するか」と語る杉本氏の思いが帰結した本展。まさに春日信仰と作品が融合した杉本氏の集大成といえる壮大な展覧会です。(ライター・いずみゆか)