【ONI展】堤大介監督にインタビュー 「アメリカで感じたよそ者としての経験、創作の出発点に」 ウクライナの子どもにも届いた作品の普遍的なメッセージ

堤大介さん

PLAY! MUSEUM(東京・立川)で開催中の「ONI展」=4月2日まで=で、展覧会のテーマとなった3DCGアニメーション『ONI ~ 神々山のおなり』を監督した堤大介さんに「美術展ナビ」がインタビューしました。若くして渡米、ピクサーなどアメリカの最先端の映像制作現場で長く活躍してきた堤さんにとっても、今作は監督として初めて挑戦した長編。「鬼」や「妖怪」など日本ならではのモチーフをふんだんに取り込み、一見、ローカルな作品にも思えますが、現代社会を見据えた普遍性のあるメッセージが広く世界に受け入れられました。(聞き手・美術展ナビ編集班 岡部匡志)

「ONI展」開幕で、アメリカから会場に駆け付けた堤さん(中央)。PLAY!プロデューサーの草刈大介さん(左)、展示の空間デザインを担当した菱川勢一さん(右)とともに、記者発表に臨みました。(1月20日の内覧会で)

大きな可能性を感じる展示。「丁寧に制作した甲斐あった」

Q ご自身の作品が日本の美術館で展覧会になりました。こういう展開は予想していましたか?

A これまで小さめのギャラリーで作品を紹介する展示などはありましたが、今回はスケールが大きいですし、映像を元の作品とは違う見せ方をして展覧会になるとは全く予想していなかったので、嬉しさと驚きが重なりました。

雲に乗り、勇壮に大空を駆け巡る「なりどん」と「おなり」の親娘。家のモニターで見るのとはまた違う迫力です

Q 改めて展示全体をご覧になった感想は。

A 映像を作る人間にとって、大きな可能性を感じる展示になっています。私たちは例えば映画作品なら、映画館で見てもらうことを考えて作品を作ります。今回はネットフリックスによる公開なので、家庭のテレビやiPadなど小さなモニターで鑑賞する状況をイメージして制作しています。それが今回、リアルな環境で見てもらことになるので、果たして大丈夫だろうかと思ったのですが、PLAY!MUSEUMのスタッフの方々や、(空間デザインを担当した)菱川勢一さんは「細部まで手仕事の行き届いた作品だからこそ、どんな形でも人に届く」と言ってくれました。

映像の世界だと、ディテールでつい手を抜いてしまうことがないわけではないですが、私たちは今作で相当のこだわりをもって、鑑賞環境が小さくとも細部までしっかり作っているという自負はありました。結果として、それがこうしたリアルの鑑賞でも耐え得る作品になったということでしょう。丁寧に作った甲斐がありました。

『ONI ~ 神々山のおなり』の場面から。風神雷神や天狗、カッパなど日本人にはおなじみの面々が登場します。Ⓒ 2022 Tonko House Inc.

「鬼」は「心の中に抱えている闇」、世界に通じる問題意識

Q 『ONI ~ 神々山のおなり』は、「鬼」や「妖怪」、「神々」といった日本の文化や民俗をベースにしていて一見、ローカル色が強い作品と感じられます。こうした作品を、全世界の視聴者を対象にするネットフリックスで公開まで持っていくのは、大変な道のりだったのではないですか?

A タイミングや幸運が重なった部分もありますし、ローカルな設定でありながら、テーマがとても大きく、普遍性のあるということをネットフリックスが評価をしてくれて、実現したのだと思います。日本の民話が元になっていて、日本が舞台のお話なのに、テーマは「心の中に抱えている闇が鬼なんだ」というものだったり、「知らないこと、見えないこと、分からないことを怖がる。その気持ちに打ち勝たないといけないんだ」ということだったりします。そうしたテーマは国境をまたいで、文化をまたいでも通じるものだと信じていましたし、ネットフリックスも分かってくれました。ただ、僕も完成から少し時間が経過して振り返ってみて、「よく作らせてくれたなあ」とは思いましたけど(笑)

『ONI ~ 神々山のおなり』の場面から。可愛らしいキャラクターたちにいやされます。Ⓒ 2022 Tonko House Inc.

Q 大規模な戦争が終結する気配もなく、社会の分断が進んでいる現代にあって、『ONI』は楽しいだけでなく、時事性に富んで、深い示唆も含んだ作品です。ただ、企画段階で、世界がこんな状況になっていると予想していましたか。

A 想像はしていませんでしたが、すでに世界各地で排他的な流れが急激に進んでいました。つまり自分たちではない、外側の人たちを除外していく、という考えが数年前から起きていて、エスカレートする一方でした。結果的に分かりやすく、とてもタイムリーな作品にはなりましたが、大きな時代の流れはずっと続いているものだと思います。

短編『ダム・キーパー』でアカデミー賞にもノミネートされました。「トンコハウス」の仲間たちとオスカー授賞式の会場で(2015年)

アメリカで「よそ者」である自分 創作の出発点に

Q そうした時代状況も踏まえて作品を構想したのでしょうか。そもそも「鬼」というモチーフに関心を持ったのはどうしてですか。

A 僕が30年前、アメリカにわたってからですね。自分が外国人になったことで、『鬼』というのもの原点が気になるようなりました。

Q 自分が異邦人になったことが、「鬼」への関心の始まりだったのですね。

A 僕が初めてアメリカに渡ったとき、小さい田舎町から始まっているんですが、レストランなどで、「誰?」「何?」みたいな視線をまともに受けました。あれがまさに「鬼」なのか、という体験でした。鬼はこういうことなんだ、ということをいつか表現したいと思っていました。

会場に展示された様々な鬼の面。私たちの内面にある、知らないものに対する恐れや差別の気持ちこそ「鬼」なのかもしれません。

Q とてもパーソナルな経験が作品のベースにあるのですね。

A 僕が作品作りで大切にしているのは、世界のことはもちろん大事なんですが、まず自分が一番わかる、自分の体験を元にしよう、ということです。私は外国人としてアメリカで長年、暮らしていますが、ずっと「よそ者」なんですね。自分には11歳の息子がいるんですが、やはり彼はアメリカに住む日本人として、「よそ者感」を背負って生きてきているわけです。まず自分が抱えているテーマを表現するというのが、自分の中では大事です。それがユニバーサルにも共感できることになっているのではないかと思います。

友人の「痛み」、アメリカで知る

Q 物語の途中で、現代の日本社会が描写されているパートが興味深く、単に「日本がいい」というだけではない深みがありました。

A (妖怪や神々が住む)山がすぐ隣にある、という設定なので、東京のど真ん中でもちょっとおかしいいので、ちょっと郊外の駅前の街、ということにしました。

主人公の「おなり」に寄り添うカルビンのキャラクター資料。妖怪オタクという設定にも意表を突かれました。

Q 日本社会の問題点も指摘されていて、説得力がありました。

A 重要な登場人物で、日本在住のカルビンというアメリカ人のハーフの男の子が出てきます。自分が日本にいた時の友達が投影されたキャラクターで、その彼はやはりお父さんが黒人のアメリカ人で、お母さんが日本人でした。長い付き合いの大親友なんですが、彼が日本社会で感じていたであろう「痛み」が、当時は分かっていませんでした。日本に住んでいるのに「よそ者」になってしまうというような。

自分がアメリカ社会によそ者として入って、マイノリティになったことで、彼の痛みに少し気づくことができました。これはどこかで自分が映像表現していかないと、消化できないな、という気持ちをずっと抱えていたのです。作品の説得力はそういうところから生まれてくるのだと思います。

「空気」を映す映像作りに苦心

Q 堤さんといえば、映画ファンにとってはあの『トイ・ストーリー3』や『モンスターズ・ユニバーシティ』などピクサーでの活躍が印象的です。こんなこともアニメーションで表現できるのか、という驚きの映像美でしたが、『ONI』で日本の風土を映像化するのはまた別の難しさがあったようですね。

A コンピューターグラフィックで、自然な森を表現することはとても難しいのです。正直、ピクサー時代も挑戦して、うまくいかなかったテーマでした。今回、この作品で本当にできるのかな、とドキドキしていたのですが、メインのパートナーとして日本の「メガリス」が素晴らしい映像表現をしてくださって、相棒であるロバート・コンドウも日本の森をしっかり観察して、プロダクションデザインを考えてくれました。とても自然な表現が実現できました。

和紙に映し出される『ONI』の一場面。繊細な水や空気の表現に魅せられます

Q 空気や水蒸気が見えるようでした。

A 光を表現するにあたり、CGで一番忘れてしまいがちなのは、「空気」なんです。ピクサーでやっていたら、ああいう表現は「ダメ」と言われたでしょう。ピクサーはとてもドライな空気のカリフォルニアにある会社なので、はっきり見えるものを作りたがるんです。僕は自分が育ってきた、ぼやけた、湿気がある空間の表現にこだわりました。

ウクライナの子どもも「わっしょい!」と喜んだ!

Q 『ONI』について、世界的にどういう反応があるのでしょうか。

A いろんなところで評価してもらっています。視聴率なら日本よりアメリカやヨーロッパのほうが高いなど、とても面白い数字が出ています。僕が一番、感動したのは、ウクライナからビデオを送ってきたくれたお父さんがいて、6歳ぐらいの娘さんがストーリーのクライマックスで登場する「どんつこつこつこ わっしょい! わっしょい!」という掛け声を真似して、作品の登場人物たちと同じように手足を伸ばして楽しそうに踊っているんです。さすがに心配になってお父さんとは少しやり取りして、「大丈夫ですか?」と尋ねました。そのお話だと、戦場になっている場所よりは遠いけど、電気や水が止まるストレスフルな状況で、こういう作品をみて娘が元気になって助かっている、というお話でした。これは本当に嬉しかったです。

展示会場では、クライマックスの「どんつこつこつこ わっしょい! わっしょい!」の場面も表現されています

Q 日本語でも伝わるんですね。

A 「どんつこつこつこ わっしょい わっしょい!」というクライマックスのかけ声だけは、翻訳せずにどの言語の放送でも日本語をそのまま使いました。細かいことは分からなくても、大事なところは汲み取ってくれたと思いました。日本の文化に興味を持ってもらえれば十分です。

Q 今後、どういう方向へ進もうと考えていますか。

A 「トンコハウス」がこれだけ大きな作品を作ったのは初めてでしたが、「一緒にやろう」という方が次々に声をかけてくれます。やはり日本を題材にした作品はまた作りたいです。それは自分にしかできないことだし、日本の外で活動しているからこそ、見える「日本」というものもあるでしょう。(おわり)

展示会場で「映像作りの過程も詳しく紹介しています」と語る堤さん(右)

<堤大介氏のプロフィール>東京都出身。スクール・オブ・ビジュアル・アーツ卒業。ルーカス・ラーニング、ブルー・スカイ・スタジオなどで『アイスエイジ』や『ロボッツ』などのコンセプトアートを担当。2007年ピクサーに招聘され、アートディレクターとして『トイ・ストーリー3』や『モンスターズ・ユニバーシティ』などを手がける。2014年7月ピクサーを去りトンコハウスを設立。初監督作品『ダム・キーパー』は2015年の米アカデミー賞短編アニメーション賞にノミネート。2021年には日本人として初めて米アニー賞のジューン・フォレイ賞を受賞。