【レビュー】開館10周年記念展 第1部「若冲と一村 ―時を越えてつながる―」岡田美術館6月4日まで 描くことだけに情熱を注いだふたりの豪華共演

開館10周年記念展 第1部「若冲と一村 -時を越えてつながる-」 |
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会場:岡田美術館(足柄下郡箱根町小涌谷493-1) |
会期:2022年12月25日(日)〜2023年6月4日(日) |
休館日:12月31日、1月1日、展示替期間 |
開館時間: 9:00〜17:00(入館は16:30まで) |
観覧料金:一般・大学生2,800円 小中高生1,800円 |
詳しくは(https://www.okada-museum.com/)へ。 |
開館10周年の記念展開催中
岡田美術館は箱根の地に2013年10月に開館し、今年開館10周年を迎えます。これまでの展覧会で特に人気が高かったのは、伊藤若冲、田中一村、喜多川歌麿、葛飾北斎、4人の画家です。開館10周年記念展として、このうち2人ずつ 2部に分けて記念展が開催されます。現在、第 1部「若冲と一村 -時を越えてつながる-」が開催中です。2人の作品を同時に鑑賞できる興味深い展覧会を取材しました。

若冲と一村、艶やかな豪華共演
江戸時代の伊藤若冲(1716~1800)と昭和時代の田中一村(1908~77)、2人とも近年大変人気の高い画家です。生涯独身で描くことだけを生き甲斐にした2人。ほかにどんな共通点があるのでしょうか。
伊藤若冲は、京都高倉錦小路の青物問屋の長男として生まれました。40歳の時家督を弟に譲り画業に専念します。墓碑銘によれば、初め狩野派に学ぶも飽き足らず、中国の古画の模写へと進み、さらに「実際の物を描くしかない」と結論して、数十羽の鶏を飼って何年も写し続け、対象を花や鳥獣虫魚へと広げて、迫真の絵を描く名家になったといいます。50歳で父の27回忌に《動植綵絵》(全30幅のうちの)24幅と《釈迦三尊図》3幅を、55歳で《動植綵絵》6幅を追加し寄進しました。85歳で亡くなるまで石峯寺の《五百羅漢石像》などの作品を残しました。
田中一村は、栃木県栃木町(現栃木市)の彫刻師の長男に生まれ、幼いころから絵に才能を発揮。南画を描き、「神童」と呼ばれました。17歳で東京美術学校(現在の東京藝術大学)日本科に入学、同期には東山魁夷らがいましたが、2か月で退学してしまいます。29歳で千葉市に移住、独学で制作を続け、画材のため何種類もの鳥や植物を育てました。日展や院展に作品を出品しますが落選を繰り返し、中央画壇に見切りをつけ50歳で奄美大島に移住します。紬工場で働き制作資金を調達すると画業に専念、亜熱帯の生き物を題材に描き、69歳で亡くなりました。

今回の展覧会では若冲7件(うち1件「雪中雄鶏図」は3月10日から展示)、一村7件の作品が出展されています。「若冲と一村その1 色あざやかな生き物たち」の展示室に入るとまず右側に若冲、左側に一村の着色画作品が並びます。若冲が着色画を描いたのは主に40代とその前後、一村が奄美大島で絵に専念したのは10年ほどと言われています。ともに短い期間に描かれ、残された作品は決して多くはありません。2人の作品が同時に鑑賞できるのは貴重な機会で、絹地に岩絵の具が煌めく光景は非常に心躍ります。

2人は、描く対象をじっくりと観察し写生を徹底したこと、彩色が緻密で艶やかであること、花鳥画を好んで描いたことなど作風に似通う点が認められます。岡田美術館・小林館長は、一村を「昭和の若冲」と称しています。 生き物に対する目や生き方、作品全体を通じ、共通点を見出すことができます。

若冲の着色画は、《花卉雄鶏図》、《梅花小禽図》、《孔雀鳳凰図》が並びます。
《梅花小禽図》は梅とメジロが水墨画に近い表現で描かれています。メジロはそれ以前の絵には珍しい鳥ですが、若冲は季節感を表現するため身近なメジロを描きました。若冲のメジロと言えば《海棠目白図》(泉屋博古館蔵)の丸々とした姿が浮かびますが、こちらのメジロはスリムで梅の枝の印象的な構図に絶妙なバランスで描かれています。
《孔雀鳳凰図》は、向かって右に松と牡丹と白孔雀、左に松と桐と鳳凰の2幅からなる大作です。《動植綵絵》のうちの《老松孔雀図》と《老松白凰図》の習作的作品と位置付けられます。孔雀の白い羽は絹地の光沢と胡粉の塗り重ねにより王者の風格と細やかさが表現されています。鳳凰は青、茶、緑、白、赤、金泥など色も細やかに描かれ尾羽の赤いハートが華やかで躍動感にあふれます。それぞれの頭部も細密に描かれ、目やくちばし、舌、トサカなどぜひじっくりと表現の違いを観くらべていただきたいところです。単眼鏡をお持ちの方は是非お持ちください。

左に目を向けると田中一村の《熱帯魚三種》と《白花と赤翡翠》が並びます。奄美大島に移住後一村は紬工場で働き、制作費用が貯まると画業に専念、また資金が不足すると紬工場で働きました。一村は「誰も私の絵を評価してくれないが、50年後、100年後に評価されるだろう」と語ったそうです。小林館長は、一村が亡くなった時の絵具箱は、230種類もの岩絵の具が薬缶に少しずつ入り感動的と語ります。高価な岩絵の具を少しずつ大事に大事に使い、何色も塗り重ねて描いた作品は胸を打つものがあります。
《熱帯魚三種》は、亡くなる数年前のもので新境地を切り開いた作品です。地元の鮮魚店でスケッチをさせてもらったり、漁師や同僚から魚を譲り受けて描いたりしました。鋭い観察眼と卓越した色彩が素晴らしく、近くで観ると何色もの絵具を少しずつ丁寧に塗り重ねているのがわかります。手前に描かれた白い花が幻想的な雰囲気を醸し出しています。
《白花と赤翡翠》は、画面に大きく描かれた白いダチュラの花と緑の葉、赤翡翠の色の対比が鮮やか美しいです。右に垂れ下がるのはガジュマルの気根です。印刷などでは、この赤い鳥はやや平板に観えるのですが、実物は絵具が何層にも塗り重ねられ非常に深みがあります。赤翡翠は一村の《ビロウとアカショウビン》や《崖の上のアカショウビン》にも登場します。横向きで遠くを見つめる鳥は一村の化身であるという人もいます。非常に思慮深い表情をして何を見つめているのでしょうか。

若冲と一村、墨絵も味わい深く
卓越した色彩感覚を持つ若冲と一村は、墨絵でもその才能を発揮しています。
若冲の《月に叭々鳥図》と一村の《紅海棠に叭々鳥》(個人蔵)、同じ画題を描いた作品が並んでいます。若冲は急降下する叭々鳥を描いています。単純でありながらスピード感があり、鳥の顔はどこかユーモラスな作品です。一村の作品は2羽の叭々鳥が紅海棠に止まり毛づくろいする様子を観察眼鋭く巧みにとらえています。


そのほか若冲の《三十六歌仙図屏風》、一村の《瀑布》などが並びます。

豪華屏風の世界と2人と同時代の画家たち
そのほか「花鳥画の世界」として屏風の数々、「同時代の画家・学んだ画家」と題し、2人と関連のある画家たちの作品が並びます。若冲と同時代に生きた池大雅と円山応挙、与謝蕪村、一村と同時代の東山魁夷や川合玉堂、日展の出票に門人と書いていた松林桂月などの作品が並びます。私がとりわけ楽しみにしていたのは円山応挙《群犬図》。ころころとしたかわいい子犬たちに親犬の優しいまなざしを観て、思わず目を細めます。そうそうたる画家たちの作品が展示されていますのでじっくりとご覧ください。
その他同時開催中の「【特集展示】生誕360年記念 尾形乾山」や常設展など見どころがたくさんあります。岡田美術館はわざわざ訪れる価値があります。会期も長いので機会を見つけてぜひお出かけください。




(ライター・akemi)
【ライター・akemi】
きものでミュージアムめぐりがライフワークのきもの好きライター。
きもの文化検定1級。Instagramできものコーディネートや展覧会情報を発信中。コラム『きものでミュージアム』連載中(Webマガジン「きものと」)。
展覧会に合わせたコーディネート。田中一村は奄美大島に移住すると大島紬の工場で働きました。今回は大島紬に一村の作品のアダンを意匠化した帯を合わせて。若冲も一村もきものや帯の意匠として大変人気があります。