【探訪】おしゃれを楽しむ江戸の人々の息遣い 「江戸時代の友禅染ー時代を変えた染めー」展 共立女子大学博物館 小説家・永井紗耶子さん

白縮緬地近江八景模様小袖(後期)女子美術大学美術館

特別展「江戸時代の友禅染-時代を変えた染め-」
会期:2023年1月10日(土)~3月4日(土)
前期:1月10日~2月1日(水)
後期:2月6日~3月4日(土)※展示替えあり
休館日:日曜、祝日、および1/13・14・23、2/2・3・4・28、3/1
会場:共立女子大学博物館(東京都千代田区一ツ橋2‐6-1 2号館B1F)
開館時間:平日10:00~17:00/土曜10:00~13:00
入場料:無料
アクセス:東京メトロ半蔵門線、都営地下鉄三田線・新宿線「神保町」駅下車A8出口から徒歩1分
東京メトロ東西線「竹橋」駅下車1b出口から徒歩3分
【入館方法】
<学外からお越しの方>
① 2号館入口警備室にお立ち寄りいただき、博物館の展示鑑賞の旨をお伝えください。
② 入館者票をご記入の上、来館者カードを受け取り地下1階までお越しください。
③ ご鑑賞後は、警備室へ来館者カードをご返却の上お帰り下さい。
公式HP:https://www.kyoritsu-wu.ac.jp/muse/

新刊『木挽町のあだ討ち』が好評の永井紗耶子さん。正月に相応しい展覧会に足を運んでいただきました。

江戸時代の友禅染にフォーカス

「着物」というと、みなさんはどんな時にお召しになりますか。
お宮参り、七五三、十三参り、そして成人式…といった人生の節目の晴れ着として着た方も多いかと思います。
また、お茶会や観劇、新年のご挨拶などで着る方もいらっしゃるかもしれません。
私も時々、気合を入れたい時に袖を通します。最初のうちはきつかったり、苦しかったりしたのですが、慣れて来ると、帯や小物と合わせることが意外と楽しいもので。
今回はそんな着物の中でも、江戸時代の友禅染を扱った展覧会。
共立女子大学博物館で開催中の「江戸時代の友禅染―時代を変えた染め―」展に行ってまいりました。

縹縮緬地桜蛇篭模様小袖(後期) 女子美術大学美術館

「一幅の絵」にこめられた町人のこだわり

博物館に一歩足を踏み入れて、ぱっと目に入るのは美しい小袖たち。
衣桁に掛けられた形で、一幅の絵になるように精緻にデザインされているのです。
ここで描かれるのは、花や鳥、流水といった自然の風景だけではなく、町の様子や人々の姿、舟といったものから、抽象的な絵柄まで様々。これらが友禅染によって描かれているのです。
友禅染とは、江戸時代の京都にいた宮崎友禅が創始したと言われていますが、はっきりとは分かっていません。糊や紐を用いて防染して、丁寧に描いていく技術のことです。
江戸時代のファッション誌ともいえる小袖雛形本「源氏ひいなかた」の中で、宮崎友禅の描く扇の絵が評判であったことから、「扇のみか小袖にもはやる友禅染」と書かれたことが「友禅染」の名前の由来であったという説もあるとか。
これが、当時の町人たちのファッションを彩っていきました。
武家や貴族といった特権階級だけだったら、或いは堅苦しい決まりきった模様だけだったかもしれません。しかしおしゃれにうるさい町人たちのこだわりが、その技術の発展を後押ししていったのかもしれない……なんてことを思いつつ、展示を拝見しました。
縮緬地に友禅染で花を描いた上に刺繍を施した小袖。光沢のある綸子の上に、友禅で模様を描き、更に染め分けをした小袖など、友禅染だけではなく、いくつかの技法を組み合わせることで、表現の幅が広がります。

黄縮緬地桜樹詠文字模様小袖(通期)女子美術大学美術館

ここまで技術が発展すると、「着るだけではもったいない」というところでしょうか。
今回展示されている友禅染掛幅にそれは表れています。
「花鳥図友禅染掛幅」などは、さながら若冲の絵のように、鳥の羽の一つ一つにまで細かく描き込まれています。また、「文読む美人図友禅染掛福」は、絵としてもさることながら、美人の纏う着物の柄にも思わず見入ってしまうほど。筆で描くのとはまた違う、独特の柔らかさを感じさせます。

「文読む美人図友禅染掛幅」(通期)共立女子大学博物館

一枚に秘められたドラマを想像する楽しみ

絵としても優れた技術を持つ友禅染ですが、やはり着物は「着て」楽しむものです。
衣桁に掛けられても美しい小袖たちですが、身にまとった時にも物語が見えるよう、裾や袖など、はっきりと絵が見えるところには工夫が凝らされています。そして、襟元や曲線になる部分には、抽象的な絵柄を配したり……と、立体的に見ても楽しめるのです。
「果たしてどんな人が、どんな風に、どんな時に着ていたのかしら」
と、思いを馳せると、一枚一枚に多くのドラマが隠されているように思えます。
今と昔、着物の着こなしや生活の中での向き合い方は大きく変わっています。しかし、「小袖」の形は、あまり大きく変わっていません。「雛形」を見て、「あ、こういうのが着てみたい」とか、実際に展示されている着物を見て「これにはどんな帯を締めよう」なんて、想像を巡らせてみるのも楽しいかもしれません。
「江戸時代の友禅染」展からは、今と変わらず、おしゃれを楽しむ江戸の人々の息遣いが伝わって来るようです。

染分け綸子地橘貝桶模様小袖(通期)女子美術大学美術館

今回お邪魔した共立女子大学博物館は、「和と洋が出会う博物館」というコンセプトの元、様々な文化の歴史と美に触れられる展覧会が企画されています。
「きもの」は、共立女子大学博物館でも、主要な収蔵品で、江戸時代中期から昭和に至るまでのコレクションがあるとのこと。今回も見ごたえ十分な展覧会でした。
博物館は大学の二号館の中にあります。通常の博物館とは異なり、チケット販売などはありません。大学二号館の入り口にいる守衛さんにひと声かけて、受付で名前を記載。博物館に向かうエレベーターのパスキーになる入館証を受け取って入るというスタイルです。
ちょっと大学生時代の気分を味わえるのも、楽しいと思います。

永井紗耶子さん:小説家 慶應義塾大学文学部卒。新聞記者を経てフリライターとなり、新聞、雑誌などで執筆。日本画も手掛ける。2010年、「絡繰り心中」で第11回小学館文庫小説賞を受賞しデビュー。著書に『商う狼』『大奥づとめ』(新潮社)、『横濱王』(小学館)など。第40回新田次郎文学賞、第十回本屋が選ぶ時代小説大賞、第3回細谷正充賞を受賞。『女人入眼』(中央公論新社)が第167回直木賞候補に。新刊『木挽町のあだ討ち』(新潮社)。