【探訪】「絵馬と富士山―スタール博士と九十九黄人のタイムカプセル」(奈良市・東洋民俗博物館/静岡県富士山世界遺産センター)

東洋民俗博物館(奈良・あやめ池)の絵馬

東洋民俗博物館@奈良あやめ池

年のはじめは、展覧会の初詣として縁起物の絵馬と富士山にまつわるコレクションをご紹介。

絵馬も富士山も、奈良市あやめ池で創立95年を迎える博物館、東洋民俗博物館で収集・保存されていたコレクション。現在、絵馬は奈良の同博物館で常設展示され、富士山関連のコレクションは静岡県富士山世界遺産センターの企画展「博士の愛した富士山」で2月5日まで展示されている。

展示室の概観(左)とステンドグラス(右)建物の内部からはステンドグラスもよく見える。中央部には当時の「モダンガール」の足がデザインされている。

「東洋民俗博物館」という名は、一見お堅くまたは、平凡な響きを放つ。しかし侮ってはいけない。とんでもなく個性的な博物館なのだ。1928年の創設当初、日本には私設の博物館は極めて少なく博物館としても先駆け的な存在であった。収集品は中国やインド、チベットの仏像、パラオ諸島の石の貨幣から中国の花嫁行列人形、リマ市から来た五千年前のミイラの男性器に至るまで数万点の民俗資料が収蔵されている。珍品の数々はここでしか見られない唯一無二の組み合わせで展示され、木製の陳列ケースや展示形態は、ほぼ開館当初のまま。95年前の博物館にタイムスリップして世界旅行できるという不思議な体験を味わえる。

フレデリック・スタール博士(左)と九十九黄人(豊勝)(右)(東洋民俗博物館蔵)

コレクションは、初代館長の九十九黄人つくもおうじん(1894-1998)が人類学者のフレデリック・スタール(1858—1933)の調査に同行した際に、あるいは、スタール博士の呼びかけによって集められた日本やアジア、欧米や南米、アフリカの民俗学関係の資料からなる。また、九十九がスタール博士の収蔵品を引き継ぎ、自らも収集を続けた民具や性崇拝の品などもある。

フレデリック・スタールは、米シカゴ大学人類学専攻の教授で、1904年にアイヌ研究のため初来日。1933年に東京で他界するまで計16回来日した。スタール博士の日本研究のテーマはアイヌ、謎々、絵解き、納札、達磨、将棋、河童信仰など多岐に渡った。また、自らの名前をもじった「寿多有」(スタール)と刷った納札(千社札)を日本各地の神社仏閣に貼ってまわったことから「お札博士はくし」という異名で親しまれ、新聞連載や書籍の出版などで評判を得た。

九十九黄人(豊勝)は、早稲田大学在学中に新聞広告でスタール博士の助手兼通訳募集の記事を見て弟子入り。中学時代からスタール博士にファンレターを送り文通していた間柄でもあった。兵庫県三木市の浄土宗の寺に生まれた九十九は幼児期に大阪の薬問屋に養子に出され、許嫁と薬問屋を継ぐ前提で大学に通っていた。ところが、スタール博士との出会いにより進路を変更し、人生の舵を大きく切ったのだった。東洋民俗博物館初代館長就任後の40代に自ら名前を豊勝から黄人と改名した。館長になるまでは英語教師で生計を立てていた本人曰く、英語のイエローマンの「イ」をとったら「エローマン」になると語ったそうだ。

東洋民俗博物館の外観と地図『あやめ池遊園地・温泉場ご案内』、東洋民俗博物館蔵(静岡県富士山世界遺産センター提供)

東洋民俗博物館は、近鉄の前身である大阪電気軌道株式会社によってあやめ池遊園地の一角に建立された。1926年、大阪電気軌道は沿線開発の第一号としてあやめ池遊園地を開園し、6万坪の公園内には上池と下池を中心に飛行塔や回転ブランコ、温泉場などがあった。残念ながら2004年、あやめ池遊園地は閉園してしまうが、東洋民俗博物館は財団法人化され九十九の遺族により現在も引き継がれている。

博物館の建物は世界的に当時の流行であったアール・デコ風で、屋根のすぐ下のフリーズと呼ばれる部分には幾何学文様が施され、左右対称のデザインになっている。昨年3月、現存する昭和初期の貴重な建造物として、奈良県の有形文化財に指定されている。

絵馬:1928年以前の人々の願い

絵馬のコレクション

絵馬のコレクションは展示室内の壁一面に約180点並んでいる。

絵馬の起源には諸説あるが、元来は神社に奉納された生きた馬から土や石、木でできた馬の像になり、その後は馬の絵と変化を遂げ、さまざまな図柄を派生するようになったと言われている。世相の変化とともに人々の願いと絵馬に描かれる絵のバリエーションが増えていったという。

1928年以前の人々の願いは一体どのようなものだったのか。

「断ちもの」あるいは「鍵もの」と言われる絵馬には、断ちたいことや封じたい事物に鍵をかけた図柄が描かれた。酒樽の横で手を合わせる男性の絵馬(左)には「五年間禁酒」と期間を決めて封じることが書かれている。「心」という文字に鍵をかけている絵馬には、和洋酒を断つことや「妻より他の女禁ズ」と誓願されている。

百足(むかで)図絵馬(左)と右2枚は、縁切りの絵馬

お椀の中に百足(むかで)が描かれている絵馬(左)では、お金がたくさん貯まりますようにという願いが込められている。その隣にある背を向けた男女が描かれている絵馬では男女の縁切りが願われている。こうした絵馬には、匿名で年齢、性別、生まれた年の干支しか記されていないことが多い。

体の一部分が描かれた絵馬

男性の体の腰から下が描かれた絵馬はその部分の病気の治癒祈願とされている。また、「め」と書かれているのは眼病治癒祈願。左右に書かれた「め」の文字が向かい合うように書かれている。

藁をもすがる思いでの神頼みもあれば、普段は自由気ままに好き放題生きているが、いざ「苦しい時の神頼み」の場合もある。神様に伝える暗号のように描かれた絵と文字には人々の本音が垣間見える。いつの世も神様に呆れられないようにだけは心がけたい。

コレクションを守る執念

B29 太平洋戦争中に役場や学校に配布されて、注意を喚起したB29の模型

農具や魔除け、土俗人形などの民俗学資料の中に「第二次世界大戦」のコーナーもある。

児童など広く市民にB29がどのようなものであるかを伝えるために作られたB29の木の模型。

学校や公民館に配布され、避難の注意を促すために使用された。

鐘、オーストラリア軍の起床ラッパ(日本海軍の大砲の薬莢の転用)

日本海軍の大砲の薬莢で九十九がオーストラリア軍の司令官から譲り受けたものだという。起床ラッパの代わりに用いられていた。

コレクションと博物館を助けたタバコの吸い殻

戦前から昭和30年代までは、博物館の展示物にも公然わいせつ陳列罪を適用すべく行政や警察の目があった。九十九は自らの性崇拝のコレクションを「奥の院」と呼ばれる部屋で特別な会員だけに見せていた。検討局や警察官が取り調べに来た際には、この吸い殻をみせ、「これはあなたたちの上司の県知事や警察署長の吸ったタバコの吸い殻だ」と上司たちが奥の院に出入りしていたことをほのめかし、難を逃れたという。吸い殻は九十九が最後まで捨てきれなかった思いが込められている。

供出を免れたスタール博士の胸像「御札博士銅像」

もう一つ九十九が守ったものは、和服を着たスタール博士の銅像である。同博物館の建物の左脇に鎮座する胸像は、1930年に全国からの寄付金で建立された。戦時中は、軍部に見つかるとアメリカ人の胸像であることと金属として供出される恐れがあることから、九十九は物置の奥深くに隠していたという。

東洋民俗博物館
住所:奈良市あやめ池北1-5-26
開館時間:10;00~16:30
休館日:不定期
入館料:大人 500円、小人300円
訪問の際は、事前に電話(0742-51-3618)が必要

「博士の愛した富士山」@静岡県富士山世界遺産センター

スタール博士と九十九豊勝の富士登山・山頂久須志神社前(静岡県富士山世界遺産センター蔵)富士山登山の様子、スタール博士は富士山山頂へ5回登山している。後列右から2人目がスタール博士、3人目が九十九

スタール博士と九十九の民俗学の収集品の中には富士山関係資料も数多く含まれていた。ただ、東洋民俗博物館のコレクションには含まれずに、九十九氏の個人所蔵のコレクションとして九十九氏の私邸の裏山に建てられた富士文庫と呼ばれる建物に保管され、一般公開はされていなかった。九十九はスタール博士の死後も富士山関連資料の収集を続けた。総数2600点以上にも及ぶそれらの資料は、静岡県富士山世界遺産センターへ寄託されることとなった。

静岡県富士山世界遺産センター

今年で「富士山 – 信仰の対象と芸術の源泉」がユネスコの世界文化遺産に登録されて10周年を迎える。2017年に開館した静岡県富士山世界遺産センターは、富士山を多角的に紹介する拠点施設として、富士山麓の街・富士宮市の富士山本宮浅間大社のすぐ近くに建てられた。建築家の坂茂氏設計の建物は「富士ヒノキ」の木格子でできた逆円錐状の「逆さ富士」になっていて、富士山の湧水を利用した水盤に映り込む仕組みになっている。

「博士の愛した富士山」展で展示されている「マネキ」

現在、静岡県富士山世界遺産センターの開館5周年記念展として企画展「博士の愛した富士山」が開催され、九十九の富士山関連資料のうち140点が展示されている。

大正末期の「マネキ」がカラフルで美しい。マネキとは、特定の信仰のもとで行われる富士登山のために組織された一団「富士講」が製作した布や紙、板でできたもので、講の名前や役職についている人の名が記されている。道中で宿泊する旅館や休憩する茶屋に奉納し、また旅館や茶屋は歓迎の意味を込め、軒先や店頭に掲げた。

富士山と夫婦岩 富士文庫開扉記念品(1942)

九十九の私邸敷地内の「富士文庫」が開設された際の記念品である富士山と夫婦岩。

富士山の前面には宝船に乗せられた夫婦岩と夫婦岩の間に昇る太陽が見受けられる。丹波の稲畑人形の手法で製作されたのではないかと推測される。

タイムカプセル

パラオ諸島の石貨(東洋民俗博物館展示室)、石貨1枚の価値は豚20頭分だった

正月ゆえに、絵馬と富士山という縁起物を求めて東洋民俗博物館と九十九黄人のコレクションにたどり着いた。奈良は空襲にも遭わず、建物も展示室も開館当初のまま。スタール博士や九十九黄人も、ひょっこり現れそうな気がする。

人が生きている間、当たり前すぎて注目もされなかった物や事はガラクタとして断捨離されていく。奇跡的にそれらが100年後に違う世代の人々の眼前に現れた場合、誰も知らない完全に忘れられた謎の遺品となる。

そういった当時の「当たり前」を収集し、保存したスタール博士と九十九の執念に敬意を表したい。そして、タイムカプセルのように時代を生き残ることができた東洋民俗博物館の奇跡は、我々にまだ多くの謎を投げかけてくる。(キュレーター・嘉納礼奈)

開館5周年記念展「博士の愛した富士山‐フレデリック・スタールと九十九コレクション‐」

会場:静岡県富士山世界遺産センター2階企画展示室(静岡県富士宮市宮町5−12)
会期:2022年12月23日(金)~2023年2月5日(日)
休館日:毎月第三火曜日、施設点検日
開館時間:午前9時~午後5時(最終入場は午後4時30分
観覧料:一般 300円、15歳未満・70歳以上・学生・障がい者等 無料(要証明)
詳しくは、同館HP
かのう・れな 兵庫県生まれ。フランス国立社会科学高等研究院 (EHESS)博士号取得(社会人類学及び民族学)。パリ第4大学美術史学部修士課程修了。国立ルーブル学院博物館学課程修了。国内外で芸術人類学の研究、展示企画、シンポジウムなどに携わる。 過去の展示企画に、「偶然と、必然と、」展(アーツ千代田33312021年)、“Art Brut from Japan(プラハ、モンタネッリ美術館、2013年~2014年)などがある。ポコラート全国公募のコーディネーター(2014年~)。共著に「アール・ブリュット・アート・日本」平凡社(2013年)、“ lautre de lart ” フランス・リール近現代美術館(2014年)