【プレビュー】「甲斐荘楠音の全貌―絵画、演劇、映画を越境する個性」京都国立近代美術館で2月11日から 東京ステーションギャラリーで7月1日から

《幻覚(踊る女)》 1920(大正9)年頃、絹本着色、京都国立近代美術館

甲斐荘楠音の全貌―絵画、演劇、映画を越境する個性
京都会場:京都国立近代美術館(京都市左京区岡崎円勝寺町)
会期:2月11日(土・祝)~4月9日(日)
開館時間:10:00~18:00(金曜日は20:00まで、入館は閉館30分前まで)
休館日:月曜日
観覧料:一般 1,800円、大学生 1,100円、高校生 600円
詳しくは同美術館サイト(https://www.momak.go.jp/)へ。
東京会場:東京ステーションギャラリー
会期:7月1日(土)~8月27日(日)
開館時間:10:00~18:00(金曜日は20:00まで、入館は閉館30分前まで)
休館日:月曜日(7月17日は開館)
観覧料:未定
詳しくは東京ステーションギャラリーのサイト(https://www.ejrcf.or.jp/gallery/)へ。

様々な領域を越境した表現者・甲斐荘かいのしょう楠音ただおとの生涯にわたる創作の全貌を回顧する展覧会「甲斐荘楠音の全貌―絵画、演劇、映画を越境する個性」が京都国立近代美術館で2月11日から4月9日まで開催されます。7月1日~8月27日には東京ステーションギャラリーに巡回します。

大正期から昭和初期に日本画家として活躍し、革新的な日本画表現を世に問うた美術団体「国画創作協会」の会員としても知られる甲斐荘楠音(1894〜1978年)は、美醜相半ばする人間の生々しさを巧みに描写し、戦前の日本画壇で高く評価されました。

《横櫛》 1916(大正5)年頃、絹本着色、京都国立近代美術館

しかし、1940 年代初頭に画業を中断した後は映画業界に転身。稀代の映画監督を支えた風俗考証家として、歌舞伎など演劇を愛好し、自らも素人芝居に興じた趣味人として活動しますが、それらの活動は画家としての評価の影に隠れ、長らく顧みられることはありませんでした。

甲斐荘を「複雑かつ多面的な個性をもつ表現者」と再定義することを目的とした本展では、スクラップブック・写生帖・絵画・写真・映像・映画衣装・ポスターなどの資料を幅広く展示。甲斐荘の多岐にわたる興味と欲望が交錯する様や、創造に至る複雑な内面世界を垣間見ることが出来るでしょう。

「太夫に扮する甲斐荘楠音」 ガラス乾板からのプリント、京都国立近代美術館

描く人

甲斐荘の画家としての側面が紹介される本章では、「何をどのように描いてきたのか」、そして、「どのような画家であると見られてきたのか」を数々の代表作を通じて、たどっていきます。

《娘子》 1927(昭和2)年、絹本着色、京都国立近代美術館
《秋心》 1917(大正6)年、絹本着色、京都国立近代美術館

こだわる人

動作に対して執拗なほどのこだわりと、探求心を見せた甲斐荘は裸を「肌香」と言い表すなど、形だけではなく香りや動きをも捉えようとしました。本章では、日本画、スケッチ、写真資料から、甲斐荘の動作に対するこだわりに迫ります。

《籐椅子に凭れる女》 1931(昭和6)年頃、絹本着色、京都国立近代美術館
「力士の頭部スケッチ集」 スケッチブック、京都国立近代美術館
「歌妓のポーズをとる友人」 ガラス乾板からのプリント、京都国立近代美術館

演じる人

甲斐荘は幼少から歌舞伎の観劇を好み、芝居に対して特別な感情を抱いていました。自ら女形として舞台に立つこともあり、それらの活動は絵画制作にも影響を与えました。本章では扮すること、演じることへの思いを、様々な資料から浮かび上がらせていきます。

「《畜生塚》の前でポーズをとる甲斐荘楠音」 ガラス乾板からのプリント、京都国立近代美術館
「道行の女性に扮する甲斐荘楠音」 ガラス乾板からのプリント、京都国立近代美術館
《道行》 1924(大正13)年、絹本着色、京都国立近代美術館

越境する人

甲斐荘は1940年代初頭に画業を中断し、映画の世界へ身を投じました。古今の服飾に関する見識を買われ、時代劇の風俗考証を手がけるようになると、好みの美男美女たちが演じる情念のドラマを、画家ならではのセンスで華やかに彩りました。太秦の東映京都撮影所に保管されていた市川右太衛門の衣裳を中心に、甲斐荘の映画人としての側面を紹介します。

『旗本退屈男 謎の暗殺隊』衣裳、衣裳製作者:三上剛、東映株式会社京都撮影所蔵 ©東映 (映画公開:1960年、監督:松田定次、製作会社:東映株式会社、衣裳着用者:市川右太衛門)

数奇な人

大正期、人間の生々しさを巧みに描いた日本画家としての活動を経て、昭和初期には映画界で活動するなど、数奇な人生を歩んだ甲斐荘。映画人として活躍する間も、絵画への思いは続いていました。青年期から晩期まで制作し続けた未完の大作からは、絵画や演劇・映画を越境して展開された表現への意欲を強烈に感じることが出来るでしょう。

《虹のかけ橋(七妍)》、1915-76(大正4-昭和51)年、絹本着色・六曲一隻、京都国立近代美術館
《畜生塚》、1915(大正4)年頃、絹本着色・八曲一隻、京都国立近代美術館

(読売新聞デジタルコンテンツ部美術展ナビ編集班)