【レビュー】「中国」は「江戸」の「最先端」だったのだ――太田記念美術館で「浮世絵と中国」展 1月29日まで

展示風景

浮世絵と中国
会場:太田記念美術館(東京都渋谷区神宮前1-10-10)
会期:2023年1月5日(木)~1月29日(日)
休館日:月曜休館。ただし1月9日は開館し、翌日の10日が休館
アクセス:JR山手線原宿駅から徒歩5分、東京メトロ千代田線・副都心線明治神宮前駅から徒歩3分
観覧料:一般800円、高校生・大学生600円、中学生以下無料
※最新情報は、公式HP(http://www.ukiyoe-ota-muse.jp/)で確認を。問い合わせはハローダイヤル(050-5541-8600)へ。

極東の島国であるニッポンの人々は、昔から「舶来品」が大好きだった。「自分たちが文化の中心ではない」という意識が強いからだろうか、とにかく「海外の先進国」の文物や習慣を「ありがたがって」きたのである。明治の「文明開化」以降、その視線の先は西欧に向けられているが、それ以前を省みると「あこがれ」の対象はお隣の大国、中国だった。浮世絵専門の太田記念美術館、今回の企画は、その中国を浮世絵がどのように描いてきたかがテーマである。

展示風景

18世紀の浮世絵と中国」、「19世紀の浮世絵と中国」、「見立てと戯画」――展示は3つのパートに分けられる。学芸員さんの説明を聞いて「なるほど」と思ったのは、中国の白話文学が「輸入」され「普及」したのが最初のパートの時代だったということだ。『三国志演義』『水滸伝』『西遊記』はこの時代の最先端、最新のカルチャーだったのである。さらに言えば、西洋の透視画法の影響を受けた中国版画も輸入され、その技法を真似た「浮絵」も誕生した。そんな時代の浮世絵に描かれる中国は、どこか雅で品がある。

鈴木春信「林間煖酒焼紅葉」

おそらくそれは、18世紀の江戸文化を築き上げていた環境が影響しているのだろう。この時代、江戸のカルチャーは、大田南畝ら武家階級の人々と裕福な町人たちによるサロンが牽引していた。中国、日本の古典などの「教養」をベースに庶民の活力を加えた「雅と俗が融合した」文化だったのである。上に挙げた鈴木春信の「林間煖酒焼紅葉」を見ていただけると、雰囲気が分かっていただけるだろうか。

田村貞信「浮絵中国室内図」

そのサロン文化が崩れるもとになのが、17871793年にかけて老中・松平定信が推し進めた「寛政の改革」である。倹約を旨とし、厳しく風紀引き締めが行われる中、武士階級の人々は「本来の」仕事へと戻り、文化サロンから離れていった。この結果、19世紀の江戸文化はより大衆的な「町人文化」になっていった。2つめのパートは、その時代の浮世絵を扱っている。

葛飾北斎『絵本忠経』の展示
歌川国芳「通俗水滸伝豪傑百八人之一人 浪裡白跳張順」

ここの部分でフィーチャーされるのは、化政期の代表格・葛飾北斎と、幕末の大物・歌川国芳。19世紀になって、庶民の人気を集めたのが曲亭馬琴らによる「読本」で、北斎は『椿説弓張月』などの挿絵を手がけ、さらに中国を題材にした絵本も多く手がけている。文化の担い手が庶民に移った時代だけに、エネルギッシュで動的、よりダイナミックな表現が増えてくるのが展示から見て取れる。その典型が国芳だろう。出世作の「通俗水滸伝豪傑百八人之一人 浪裡白跳張順」を春信の作品と比べると、その特徴がよく分かる。明治に入ってからの月岡芳年の「月百姿」シリーズは西洋的なタッチで孫悟空などを描いており、江戸時代とはまた違った「和魂洋才」な味わいがある。

月岡芳年「月百姿 玉兎 孫悟空」

最後のパート、「見立てと戯画」は、その中国文化のパロディーの世界。『三国志』などが庶民に深く浸透した結果、それを下敷きにした「遊び」の絵も数多く描かれており、それらがまとめて紹介されている。面白いのは、とにかく「女体化」の作品が多いこと。『三国志』の英雄のひとり、劉備が諸葛孔明をリクルートする「三顧の礼」の物語も、古代中国の奇人・寒山拾得の姿も、取りあえず若い女性に置き換えてしまうのである。「ウマ娘」とか「艦コレ」とか、現代のポップカルチャーにも重なるこの感覚。「舶来モノ」好きといい、「女体化」好きといい、結局、日本人は今も昔も変わらないのかな。微苦笑しながら、そんなことを思ってしまった。

(事業局専門委員・田中聡)

歌川国貞「玄徳風雪訪孔明 見立」