【レビュー】「巡りゆく 遠藤彰子展」2月12日(日)まで、長野・サントミューゼ 上田市立美術館で

① 「鐘」2007~08年 333.3×745.5

「巡りゆく 遠藤彰子展」
会場:サントミューゼ 上田市立美術館(長野県上田市天神3-15-15 ℡0268-27-2300
会期:20221216(金)~2023212日(日)
休館日:毎週火曜日
開館時間:午前9時~午後5時(最終入場午後430分)
観覧料:一般800円、高校・大学生400円、小・中学生200
詳しくは、館公式サイト https://www.santomyuze.com/museum/
「巡りゆく 遠藤彰子展」を開催中のサントミューゼ上田市立美術館

「体感する絵画」 深遠な物語への誘い

壮大な画面に自然や生命の循環という根源的テーマを描き続ける遠藤彰子の展覧会が信州・上田で開催されている。遠藤画伯の作品群は「体感する絵画」とも称され、見る者に時空を超えた物語の世界に迷い込ませる。本展では、近作や半世紀に及ぶ画業の原点となった「楽園シリーズ」、名を画壇に知らしめた「街シリーズ」、代名詞ともなった500号超の「大作シリーズ」などから優品約60点を展示。存分に遠藤ワールドを堪能できる構成になっている。ここでは画伯が「美術展ナビ」のために選んだ作品に焦点を当て、画伯の言葉(本展会場に掲示。一部抜粋)を織り交ぜながら展覧していく。また「美術展ナビ」のインタビューに創作の秘密を明かしてくれているので、それも紹介する。

※作品サイズは全てcm(㌢・㍍)表示。所蔵先の記述がないものは作家蔵。

開幕にあわせ展示会場を訪れた遠藤彰子画伯

「楽園」「街」「大作」 次々と新境地

遠藤画伯は1947年東京・中野区に生まれた。69年武蔵野美術短大を卒業。結婚を機に神奈川県相模原市に移り、アトリエを構える。翌年、描くことの喜びを童画風に表した「楽園シリーズ」に取りかかり、70年代後半からは都会に生きる人間に漂う不安を「街シリーズ」に描いた。

89年からは500号の大画面に多視点、螺旋らせん構成などをとり入れた「大作シリーズ」でみたび独自の境地を開拓。2000年代に入ると、500号を結合した1000号、1500号の超大型作品を次々に発表し、現在に至る。

この間、女流画家協会賞(80年)、安井賞(86年)、芸術選奨文部科学大臣賞(2007年)などに輝き、画壇での地歩を築くとともに、武蔵野美術大学の教壇に立つなど、後進育成にも努めてきた。

 「自らの絵画観・死生観を問いただす」

「鐘」 2007~08年 333.3×745.5

最初に見るのは「鐘」(200708)。本作は展示会場で真っ先に展覧者を出迎え、稀有壮大な画面と物語で圧倒する。

本作に遠藤画伯が寄せた言葉は「食する人。私はそのエネルギーを大宴会の形で集団のダイナミズムとして、一度描きたいと思っていた。死を底流のリズムに響かせ、宴に興ずる人を」(中略)「いつの時代も人はものを食べ、笑い、悲しみ、人を恋する。そんな普遍的な繰り返しの中で生きるに人間に、敬意と衝動を大地の上に込めて描いた作品である」

―『AkismVol.0032007年)より

「炎樹」 2017年 333.3×497.0

続いては「炎樹」(2017年)。大樹が燃え盛り、天を焦がす様子が描かれている。嵐のような炎の下、黎明を見つめる少女にも目が行く。「プロメテウスの火がもたらすものの行く末を案ずる少女は、陽の光を見つめ何を想うのか。樹は生命の象徴。炎は希望であり、また、抑えることのできない欲望としても捉えられる。大画面にシンプルかつ根源的な要素を用いて世界観を構成することによって、自らの絵画観・死生観を問いただそうと思った」

「アトリエで過ごしていた頃と重なる」

「部屋」 1976年162.0×130.0

「部屋」は、遠藤画伯が妊娠中に描いた「楽園シリーズ」の一作。広い空間を描くことに抵抗を感じ、一日一部屋ずつ日記風にアパートの部屋を描いたという。「人々は、同じ箱の中に居ながら、互いの結びつきを失っている。自分のからに閉じこもることによってしか心を開放できず、その現実から常に抜け出したいと願いながら、踏み出すことができないでいる。そんな矛盾した心境を描いた。いつもアトリエの中で過ごしていたこの頃の私自身と重なり合う」

「街」 1979年 182.5×217.5

1970年代後半、作風は大きく変化する。生後8か月の長男が生死をさまよう重病にかかったことがきっかけだった。「誰にも突然やってくる『死』という絶対的な存在を重く実感させられた。

この件から、より現実に目を向け、街に住む人間の不安におののきながらも、希望に向かって生きていく姿を描くようになり、本格的に『街』という大きなテーマが私の中から芽生えていった」

「絵の中の人たちと旅を始めた」

「私の街」 1981年 194.0×259.0

「私の街」では、回廊や階段など建築物がいびつな楕円形の螺旋をつくっている。人々の顔もよく見えないし、言葉も聞こえてこない。日が差してはいるが、暖かさはない。見る者に不安を感じさせる。「迷路のような街の中で、絵の中の人たちと一緒に旅を始めた。心のように見えないものを、象徴や寓意として表にあらわすことを考え始めた」

「みつめる空」1989年 248.5×333.3 (相模原市蔵)

30年以上続く「大作シリーズ」の起点となった作品。様々な形状の階段を人が上ったり下りたりしている。休む母子もいる。時間の推移や感情、運命のアップダウンを感じる。「この作品は1988年から89年にかけて制作をしていた。ちょうど東西冷戦が終わりを迎え、これまでの価値観の破綻と、変化とともに流動性が増してきた時代だった。見上げる空と落ちていく空。この二つの空を、間断のない連続した流れの中で、一つの画面におさめることによって、不確かで不安定なその時代の空気みたいなものを表そうと思い描いた」

 「時のうつろいを表したいと願った」

「いくとせの春 春」2009年 333.3×497.0

画伯は2008年から11年まで毎年、四季それぞれをテーマに描いた。「いくとせの春」では、手前から奥へと桜吹雪が螺旋状に流れ、絵に動きの気配を与えている。色彩的には墨絵の黒白をイメージさせる。

「夜の桜の精たちは、さまざまな人たちの記憶の中を巡り巡る。日本では、古くから、桜の咲き誇る姿より散る姿に、美意識を感じてきた。それは、この世の栄枯盛衰のことわりを暗示しているからだと思われる。人は生まれ、育ち、最盛期を迎え、やがて老いて、死に逝く。人が現れては消え、現れては消えていく、時のうつろいを表したいと願った」

「織られし白き糸 夏」2011年 333.3×497.0

真夏に繁茂する植物とその上に巣を張り巡らす巨大なクモ、左右に分断され互いに救いを求めているかのような人間たち。それらを映す鏡が突然ひび割れを起こした。

「すべての大作に言えることだが、大構図には、誰にも変えられないような大きな物語を示し、細部には個々の人生のような小さな物語を描いている。細部は、私が日常で感じたような個別的、断片的な世界が描かれているのだが、細部を見ていくことによって、作品全体の表情が変わるような感覚があると思う。現実においても、社会の大きな流れと、個人としての終わりなき日常を生きているような感覚が共存している。細かい部分には、このような世界でも普通の生活を送っている人がこっそり描かれたりしている」

「感情の深いところから突然現れた」

「在り過ぐす 秋」2010年 333.3×497.0

「在り過ぐす」というタイトルは、今まで在ったものが消え、別のものに変容しながらも存在し続けるという意味で付けた。古今和歌集の頃から使われていた言葉だという。

「森は葉を落とし海は黄昏時。潮騒の響きが高まり、波が揺れ、異形のモノの出現とともに、その手によって人は翻弄されるというような寓意を込めた。いくつもの異なった時間を、一つの画面の内に封じ込めることによって、能の舞台ではないが、彼岸と此岸を行きつ戻りつしているような感覚を出せたらと考えた」

「白馬の峡谷 冬」 2008年 333.3×497.0

雪山の稜線は白馬の群れに変貌し、そこに過去のこだまが深く響きあっている。山頂を凝視すると、凍った白馬が重なり合い、その周りを過去の人たちが死を祝いながら再生に向かって輪舞している。

「この作品は、私の感情の深いところから突然現れた。そして、私自身がその情景の一部として体感させられているような感覚があった。私の神経一本一本が樹々の枝々となり、終始、張り詰めた感覚に支配されながら描いた。描かれているものは、すべて抽象的なイメージに仮託して描いている。それぞれのモチーフが画面の中で呼応した時に、これまでの思考の枠組みを超えるかのような感覚が生まれるのではないかと感じている」

「永遠に変わらないものはない」

「山鳴りひびく」 2022年 333.3×497.0

画伯の最新作(全5作の中の1作品)。本稿2番目に紹介の「炎樹」の次の場面を描いた。「生命が終わりを迎え、大地へと還っていき、乾いた音が山に鳴り響くさまを表しました。シリーズを通じて、世のすべてのものは移り変わり、また生まれては消えゆく運命を繰り返し、永遠に変わらないものはないということを表現できればと願っております」

展覧者と作品について語る遠藤画伯

「絵が悲しみをまとう」「どの絵にも私がいる」

壮大かつ細密な筆を駆使している作品群を見ているうちに大きな疑問が湧いた。「いったい、制作に取りかかった遠藤画伯はいつの段階で『よし完成した』と判断するのだろうか」。

本展開幕にあわせて来館した本人に聞いてみたところ、少々意外な答えが返ってきた。「画面全体がかなしみをまとったとき、必ず筆をおくことにしています」。たしかに作品の随所で歓喜や希望が盛り込まれているが、全体的な印象は「悲しみ/哀しみ」で通底する。

画伯が続けた言葉もミステリアスだった。「何度も繰り返し『なぜ、かなしみなのか』と自問してきたのですが、わからないのです。私の心の中の大きな謎です」。

アトリエで制作中の遠藤画伯

面白い話も打ち明けてくれた。「絵には数えきれないくらいたくさんの人間が登場しているけれど、実はどの絵にもどこかに私がいるの」といたずらっぽい笑顔で語った。「でもどれが私かは秘密。誰にも教えないことにしています」

そう言われると見つけたくなる。そこで改めていくつかの作品の前に立ち、人間一人ひとりを凝視してみた。すると画伯ではなく、〈あの時の自分〉が次々に見つかった。笑ったり、怒ったり、叫んだり。「俺もあんなふうに歓喜したり苦悶したりしたことがあったな」。遠い記憶や感情がよみがえり始めた。「あすの俺はどれだ」と想像が走った。そうして、ぐいぐいと絵の中に引きずり込まれていった。

遠藤作品は「体感する絵画」と言われる。その体感の一つを味わった思いがした。(ライター・遠藤雅也)