【BOOKS】長野まゆみ『ゴッホの犬と耳とひまわり』 謎や伏線が緻密に張り巡らされたアートミステリー!

ゴッホといえば「ひまわり」など数々の名画で有名ですが、家族や友人に数多くの手紙を書き、800通以上にわたる膨大な書簡が遺されていることも知られています。

長野まゆみ『ゴッホの犬と耳とひまわり』(講談社)は、ある実業家一族が所蔵するゴッホの手稿の謎を追うアートミステリーです。古いフランス製の家計簿に書き込まれた膨大なメモと「Vincent van Gogh」の署名。これらは果たして、ゴッホ直筆なのか否か。真贋をめぐって、複雑な謎解きが展開されます。

物語は主人公の「ぼく」が遠い親戚筋にあたる文化人類学者の河島から、真贋判定を進めるために、家計簿の余白を埋め尽くす「書き込み」の翻訳を依頼されるところから始まります。「ぼく」は翻訳を進めながら、家族や協力者たちと検討を重ね、家計簿の用紙や印刷方法、インクの素材や匂い、来歴など手がかりを集めていきますが、謎解きのゆくえは「ぼく」をめぐるファミリーヒストリーの謎と一体となって、思いもよらぬ方向へ展開していきます。

読み終えてみて、まるで数千ピースの巨大なパズルを解き終えたような、心地よい疲れを感じました。

入り乱れる登場人物は20名以上。しかし主人公である「ぼく」が何者なのかはすぐには明らかにされず、名前すら中盤の入り口までわかりません。次々と登場する「ぼく」の家族や仲間たちとの関係性のなかで、ぼやけていた輪郭が少しずつ見えてくる仕掛けが実に巧妙です。また、各登場人物との会話はゴッホの手稿の真贋からどんどん脱線し、一見関係なさそうに思える話が延々と続きます。「ぼく」の家族は揃いも揃って知的好奇心が旺盛で饒舌なのです。読み手は、提示される圧倒的な情報の海をかきわけ、謎解きに必要な情報はどこにあるのか?ゴッホの手稿と「ぼく」の家族の関係性はどこにあるのか?この小説の謎解きはどこへ向かうのか?と、錯綜した思いを抱えながら、劇的な結末が待つ終盤まで読み進めることになるでしょう。

筆者が2周目に臨んだ時に取ったメモ。気になる情報や手がかりを書き出してみると、謎解きが一気に捗りました。

1度読んだだけではすべての謎の構造を把握しきれないかもしれません。そんな場合は、ぜひ2度、3度と読み返してみてください。伏線はすべて文中に登場します。各登場人物について気になる情報をメモに取り、人物相関図を書きながら精読してみると良いでしょう。筆者は初回読了時は消化不良気味だったので、悔しくてすぐに2周目に突入。要点を紙に書き出しながら再読したところ、霧が晴れわたるようにスッキリ謎を理解することができました。

ちなみに、語り手や登場人物の話が次々に飛躍していくなかで披露されるトリビアの数々は、アートファンにとっては非常に興味深い話ばかりです。ゴッホにまつわる逸話も盛りだくさんで、線を引いて読みたくなる箇所が数多くありました。

謎を解く醍醐味に重点を置いた個性派アートミステリーです。読み込むほどに、味わい深さを感じられるでしょう。ぜひ、著者が張り巡らせた叙述トリックをかいくぐって、謎解きに挑戦してみてください。

定価は2,200円。購入は書店や講談社書籍ポータルサイト「BOOK倶楽部」から各オンライン書店にて。

(ライター・齋藤久嗣)